第3話 帰路

 「そうそう!もう少しで立てたんだよ、マギー!さっすが、いい子だ!」


 「励ましは不要だが感謝する。」


 「さあ、もう一回立ち上がろう!」


 ジョーは倒れている黒髪の少女に手を差し出すと、彼女はすんなりとそれを受け入れた。ジョーは彼女をグイッと引き上げると、腰に手を当てて支え、彼女が左足で、次に右足で、慎重に一歩ずつ前へと踏み出す様を、ヒヤヒヤしながら見守った。


 彼女は激しくふらつきながらも、今度は何とか倒れないようにしていた。不安定に一歩ずつ歩み出すにつれ、不器用だった足取りが少しずつまっすぐになっていくのがわかった。


 数分後、彼女は自信を持ったのか、優雅に滑るようにして闊歩ができるまでに成長した。ジョーも満面の笑みを隠さず、さらに彼女を励ました。


 「ほら、歩くのもそんなに難しくないと言っただろ?」


 すると、マギーは気持ち程度ムスッとした表情で彼に言い返した。


 「汝はまた勘違いをしている。歩くことがいかに挑戦的な行為であるか、汝は理解していない。」


 少なくとも、その日まで生身の肉体を持たなかった宇宙生命体にとってはそうだった。


 片足を前に出すという単純な行為は、ジョーのような人間には簡単な行為にしか見えない。だが。


 実際には、活性化しなければならないシナプスと、完璧に調和して働かなければならないすべての筋肉の間でホメオスタシスを保持する行為に他ならない。マグラスラックがそれらをすべて把握するのに、1時間以上も費やした理由である。


 同様の現象が呼吸、会話、まばたきについても起こったが、それらの行為は歩行と比べると、はるかに簡単だった。


 「これらの生物学的な機能を満たす計算処理能力を考えると、なぜ人間が未だにダークマターの操作を理解できないのかが、理解できた。」


 「仕方がないさ、ほとんどの生物は宇宙から来た超生命体じゃないからね。新生児は喋ったり歩いたりできるようになるのに1年かかると聞いたことがあるが、君はそれをあっという間に理解したんだ。凄いな!」


 「お世辞を言っても無駄。が、汝の無駄な試みは愛おしくもある。」


 「アハハハ...母さんはいつも私のことを魅力的な男だと褒めてくれたが、母さんに同意してくれる人が君だけ、というのが残念だね。」


 厳密に言えばマギーもだから、実質0人という悲しい事実が成立するが、あえてマギーは指摘しなかった。マギーはできる女(上位者)である。


 「我の推理では、汝の『責任感』の欠如が、汝の求愛の難しさの、主な要因だと分析する。」


 やはり指摘せざるを得なかったらしい。マギーはできる上位者(女)である。


 「ははは...ははは...そうだね...間違いない...うん。」


 自分の欠点を直接的かつ大げさに言われたことで、単純な男のプライドは傷つき、彼の笑顔は歪み、気分も急落した。単純である。


 「大丈夫か?ジョー?」


 マギーは彼を見上げた。


 「表情の変化と心拍数が、汝が苦痛を経験していることを示唆している。」


 「うーん、まあね。私の短所を思いっきり指摘されて、ほんの少しだけ傷ついただけだ、うん。首吊ろ。」


 「そんなつもりはなかった。私の目的は、汝の欠点を指摘して、汝がそれを修正できるようにすることだった。汝の中身を攻撃することでは、決してない。」


 「いや、君の本心は分かっているさ。ただ、私たち男っていう生物は、厳しい真実を扱うのが、ちいっとばっかし苦手なんだ。(精神的に)死んじゃう。」


 「...ッ!了解した。」


 彼女の渦巻く虹彩は、その取るに足らない、確実に誤っているであろう情報を彼女の広大な意識の中に取り込むと、再びチラリと光った。


 「兎にも角にも、2足歩行をマスターしたからには、私の家に帰ろうか?」


 「ああ。汝がどんな環境で暮らしているのか、ぜひ視たい。」


 そう言って、マギーとジョーはついにカルト教団を後にし、メガシティ・デイブ156の街へと足を踏み入れた。この広大で莫大な密集街だけでも、バターポンド4の世界人口170億、その3分の1ほどの人間が住んでいた。


 名が示すように、この世界は白い星・バターポンドを公転する第4の世界であり、第3大英帝国(3BE)によって支配された86の星系のうちの1つである。この星間政府は、連合政府と呼ばれるより大きな組織の一部だった。


 しかし、ジョーにはほとんど関係がなかった。彼は自分の故郷に住まう、果てしなく続く集団の中の無作為な人間の一つに過ぎなかったのだ。少なくとも、マギーと出会う前はそうだった。


 青白い少女の肌をまとった宇宙的存在は、デイブ156であらゆる種類の視線を集めていた。彼らが裸でなかったことが、唯一の救いと言えよう。


 マギーは物質操作の技術を駆使して、死んだカルト教団のローブから、ジョーには赤と金のシャープなスーツを、自分にはお揃いのドレスを着せていた。


 ジョーは、ジョーJr.(陰)が風の中をブランブランと揺れなくても済むのは喜ばしいと思ってはいたが、今着ているこのフォーマルで格式ばったスーツに、あまり馴染めそうになかった。


 それでも、マギーは彼のためだけにこの服を作ってくれたのだ。理想を言えば、彼はカルト事件の前に着ていた古いRetroStyle™のTシャツとジーンズを着るはずだったが、どこぞの無神経な男が彼のロッカーにプラズマボルトを突き刺してしまったのだ。(第一話参照)








 ジョーはマギーとアパートに帰る途中、彼女が彼をじっと見つめているのに気づかずにはいられなかった。彼女の目と呼ばれる黒い穴が、昏く、魅惑的な渦を巻いているのは恐ろしくも美しかったが、その視線はジョーにちょっとした違和感を抱かせた。


 「まばたきをしてくれ、マギー 。」と彼は彼女に言った。


 「人間のように体を使うなら、正しく使う必要がある。」


 「将来的にはそうするよう努力する、ジョー。でも、今は忙しい。」


 「何をしているんだ?」


 「原子の数を数えている。」


 「原子が見えるのか?」


 「そうだ。」


 「それはすごいな!私のも数えられるのか?」


 「肯定。」


 「私のは何個あるんだ?」


 「それが私が今分析しようとしていることだ。」


 「そうか。でも、少しだけ観察を和らげてはくれないか?右目が腫れそうなんだ。」


  ジョーは頬の湿った部分を手で拭いた。


 「いや、待てよ。これ、血だ。マギー?」


 「謝罪する。」


  マギーは目をそらした。


 「研究に没頭して観察に力を入れすぎた。」


 「いいってことよ。そのために私がいるんだろ?」


 返答をする程ではなかったものの、マギーは彼の言葉を聞いて、少し嬉しく感じた。


 「私の原子の何が問題なんだ?全部数えられないのか?」


 「汝は原子を高速で失い続けている。」


 「ゑ。」


 「肯定。」


 「なななななななな何だって?私が原子を失い続けている?」


 「肯定。絶え間なく失われ続けている。壮観。」


 「それが普通なのか?」


 「他の人間を分析した限りでは。心配するな、ジョー。汝の生命に危害を及ぼすような速度ではないが、我の計算に誤差を起こすのに十分な変異だ。」


 「よかった。で、私はどんな原子を失っているんだ?」


 「肺から排出されるものと死んだ皮膚と一緒に剥がれ落ちるもの、その他大勢。心配するな、我は勝手にそれらを拾い集めている。」


 マギーは左手を上げると、彼女のほっそりとした青白い指の間でこねられた、茶色の小さな団子のようなものをジョーに見せた。


 「あー...ありがとう?嬉しいけど、ちょっと不気味だね。マジで止めてくれ。」


 「了解した。」


 歩き続けていると、ジョーはまたある視線を感じた。


 「マギー、私が言ったことを覚えてるか?」


 「まばたきをしているぞ。」


 「うん、でも、また私の原子を数えてるんじゃないよね?」


 「数えてない。今は汝の表情を研究しようとしているのだ。」


 呼吸、まばたき、歩行に続いて、表情筋をコントロールすることが彼女の自主トレの次のステップだったらしい。


「達人、かい?私はその気になれば、かなりキモいのもできるぞ。これみたいに。」


 そして、どこからともなく、ジョーは道のど真ん中で変顔を披露し始めた。彼は歯を見せてニヤニヤした顔をして、まるで便秘とくしゃみを我慢しているかのような、この上なく気色悪い顔をした。


 さらに、舌を出して目を横にしてから、錯乱した精神病患者に匹敵する顔も作った。軟弱な表情筋の『達人ぶり』を誇示しようとした彼の試みは、石仮面のような真顔に僅かな笑みという名のヒビを入れるという、マギーの独特な反応を引き出すことに成功した。


 「私の勉強を手伝おうとする汝の努力は評価するが、必要ない。我はそのような高度な技術に移る前に、まず基本的な表現を学ばなければならない故。」


 「アハハ...。」、とジョーは恥ずかしさを笑い飛ばした。


 「まあ、走る前に歩くことを覚えよって言われるからね。頑張れ!」


 「...ふむ。」


 「あ、走ってみたいんでしょ?」


 「ああ。」


 「はぁ。」とジョーはため息をついた。


 「それは少し休んでからにしよう、いいね?今日は大変な一日だったから、休みたい。」


 「了解。」


 奇妙なカップルにつかの間の静寂が訪れ、彼らはゆっくりと歩き続けた。その時間が3分ほど続いたが、マギーはまた奇妙なことをしだした。彼女は突然、足を止めると、コンクリートの山のように空を刺す超高層ビル群を見上げた。


 「どうしたの?何か問題でも?」


 「本当に迷子じゃないのか、ジョー?」


 「間違いないよ。なぜ聞くんだい?」


 「汝の名前が書かれたアパートを見たのだが?」


 「それはおそらく他のジョー・マリガンだ。」


 「汝の名前を持つ者は、他にもいるのか?」


 「銀河系にはたくさんのジョー・マリガンがいるだろうね。」


 「結果的に、血で契約したのは幸運だったな。」


 「ほら!ちゃんとした契約書なしでは、超自然的な契約はできないと思っていたよ!」


 「確かに、汝の洞察力はこの点では私を凌駕している。」


 会話はまた止んだが、心安らぐ時間が15分ほど続いた。彼は女の子と気軽に話すことに慣れていなかったので、何かを言わなければならないたびに実はかなり緊張していた。


 気まぐれで太陽系を横断してしまうような女の子との会話に、本当は命どころか宇宙の運命がかかっていたのだが、彼はそのようなネガティブな考えにとらわれないようにしていた。正しく、目標はデート・ア・ライブ生き残れ、である。


 幸いなことに、長い休憩は彼にメンタル値を多少充電することを許した。少なくとも、彼らがある特定の人に出くわすまでは。


 「なんてことザマス!?」


 青い服を着て、蜂の巣のような金の髪型をした、かなりふっくらとした女性が突然、二人の前に立ちはだかった。彼女は両手を腰に当てて、はっきりと憮然とした表情でマギーを見下ろしていた。


 「お嬢さん、あなたは自分の体に、どんなひどいことをしてきたというの!?」と彼女は叫んだ。


 「その髪、その目、そのひどい肌......新型の遺伝子改造キットを使うべきじゃないわ!」と彼女はさらに叫ぶ。


 「あなた、かろうじて人間に見えるほど、改造されているのよ?!」


 「我の外見は汝が決めることではない、ドロレス・キャッスルブリッジよ。決めるのは、我とジョーだけだ。」


 どこからともなくフルネームを言われたことに驚いたようだったが、しかし、彼女はマギーが最後に言ったことにひっかかったようで、すぐに赤いスーツを着た若者に怒りの矛先を向けた。


 「あんたが彼女にこんなことをさせたのッ!?永遠の女王の臣下を名乗ることを、恥じるべきザマァァァァッッッス!!!!」


 「落ち着いてください、奥様。彼女に遺伝子改造は行われていません。...率直に言って、奥様も『脂肪ファイター・スリムProパック』を使ってみてはいかがでしょうか?丁度値下げ中みたいですよ?」


 「あらそうなのーーじゃなかった、よくもまあ!!」


 ドロレスはジョーを叩こうと太い腕をうならせたが、届く前に見えない壁に手がぶつかった。彼女はショックと痛みに震え、明らかに不可解な障害物に愕然とした。


 彼女の目がマギーの闇よりも昏い瞳と合うと、地面に蠢くウジ虫を見るような少女の眼に気付き、原始的な恐怖を覚えた。


 「汝の取るに足らない存在を、心底哀れに思う、ドロレス・キャッスルブリッジ。我々の前から今すぐにーーー」



 「消え失せよ。」



 「...おいで、ジョー。」


 マギーはジョーの手をつかむと、彼を無理矢理引きずり始めた。彼はかろうじてドロレスに謝罪の言葉をかけたが、すぐに歩行者の群れの中に埋もれ、見えなくなった。


 「彼女はもういないよ、マギー。私を放しても大丈夫だよ。」


 少女はビクッと固まった後、彼の方に顔を向けた。


 「我の外見は、否定的な見解が正当化される程に非人間的なのか?」


 「いやいや、彼女はただのイカれた老いぼれだ。お前は何も間違ってない。むしろ、君が彼女の脳を吹き飛ばすか何かをしなかったことに、私は驚いているんだ。」


 「汝の心配は愛らしいが、杞憂である。我の自我はそんな些細な侮辱に暴力的な反応を要求するほど、脆弱ではない。」


 「それでも、私のために怒ってくれたんだろ?」


 「...汝は我の同胞であり、汝を守るのが我の義務だからだ。」


 ジョーは悶々とする黒髪の塊を撫でながら微笑み、信じられないほど絹のように滑らかな感触に、一瞬だけ驚愕した。


 「よく我慢した。偉いぞ。」


 マギーは大きく微笑んだ。こんなに些細なことでも、『よくやった』と言われたのは初めてだった。それを聞いて彼女は少し嬉しくなったが、返答をするほどではなかった。


 「さあ、行こう、俺の家にいざ!...あ、なんてこった!ドラマを忘れてた!」


 彼は完全に時間を忘れていたらしい。マギーの『足』を手伝うのに夢中になっていたためである。


 「この『ドラマ』について知りたいと思っていた、ジョー。何だ、それは?」とマギーは少し首をかしげて尋ねた。


 「ちょっとしたデジタルなエンターテイメントだよ。今シーズンは本当に一流だ!私は『逃避行の恋』を見逃したくなかったのだが......まぁいいや。明日の再放送でも見るか。」


 「興味津々。気になる。体験してみたい。」


 「そう?マラソンは大歓迎だが、1087話を全部見ても時間がかかり過ぎるし...最新の30話だけを見たらいいと思うよ。」


 「そのエピソードはどこかにデータとして保存されているのか?」


 「部屋に過去のシーズンのデータがある。」


 「ボックスセットを所望する。」


 ジョーはうなずくと、マギーに自分が住んでいるハイパースクレイパーへの道を案内した。それまで使っていた吊り下げ式の道路はメガシティの50階付近にあり、ジョーのアパートはその66階にある。


 しかし、その空間に入ってみると、『アパート』という言葉が誇大表現であることがわかった。幅5メートル、長さ4メートル、高さ2メートル半ほどの小さな空間であった。


 その大部分を占めていたのは、古式のものと思われる、色々とかさばったポッドのような装置だった。ホワイトの金属製の表面は、様々な擦り傷や凹凸、汚れで覆われており、ガラスの引き戸を操作する機構にいたっては、開閉するたびに断末魔を上げているようだった。


 閉所恐怖症を起こすような空間には、壁に掛けられた笑顔の女サイボーグの写真を除いて、他の家具や装飾品はなかった。額縁の碑文によると、写真はどうやら第三大英帝国の永遠の女王、メカリザベート二世であった。


 なお、一世は隠居という名の、数百年に渡るメンテナンス中である。


 「さて、着いたぞ。」


 「この小さな空間に住んでいるのか?」


 「うん、覚えている限りでは、ずっとここに住んでいる。」


 「もっと広い部屋に住みたくないか?最初に出会った場所のように。」


 「ああ、いや。そんな高価な場所は買えないよ。私は仕事をするほど重要な人間ではないってことだ。」


 実際、この社会では、雇用の恩恵を受けている人は人口の0.1%以下であった。そのため、安定した仕事を持っている人は誰でも威信と重要性を持っている人とみなされていたのである。


 そもそも、教団長がこれほど多くの人に『星詠みの密会』に参加してもらうことができたのは、彼が有給で雇用されている市民としての地位があったからに他ならなかったのである。


 他の人たちは、国が提供するものであれば何でも使って良いのだが、それ以外の選択肢はなかった。ジョーの場合、この小さなアパートと毎月の小遣い、そしてフルイマージョンポッド3,000™だけだった。


 ちなみに、ジョーがこれらのささやかな幸福を維持している方法は、少なくとも24時間に一度は永遠の神の女王の絵に向かって、手を振ることであった。


 「このような状況でどうやって生き延びたのだ?」、とマギーは尋ねた。


 「あそこのポッドに接続するだけさ。」


 ♪*BEEP*


 機械は突然鋭い発信音を出した。これは、不満の感情を意味する。


 「申し訳ない、完全無欠のポッド・スリーサウザンド、TMだ。」


 *Beep*


 今度は、はるかに肯定的な音でポッドは反応した。


 「フルネームで呼ばないと怒るんだよ。」とジョーがささやいた。


 それはオブザーバーのマグラスラックが完全に理解できる感情だったが、彼女の関心を最も引いた事象ではなかった。


 「完全無欠のポッド・スリーサウザンド、トレードマーク?」


 *Beep*


 「汝のことを気にかけてくれるのか?」


 「うん。飲食、睡眠、衣服、健康、個人の衛生管理、全部やってくれるんだ。その間にバーチャルリアリティの中に入って番組を見たり、ゲームをしたり、色々なことを楽しむことができるんだ。つまり、事実上、人生の全てをそこで過ごすことができるって訳だ。人間との接触が完全に欠如していることから生じる、孤独感がなければね。」


 「魅力的だ。バーチャルリアリティを体験してみたい。」


 「ああ、うん。ほんの数十年前とは比べ物にならないほどの進化を遂げていると聞いているよ、『完全無欠のポッド・スリーサウザンド、TM』--」


 彼は発信音のために一時停止した、「マルチポートにも対応しているしね。」


 「それはどういう意味だ?」


 「二人で同じマシンに接続できるってことだよ。ちょっと厳しいとは聞いているが....」


 「ああ、バカなことを忘れてた!」


 彼の熱意は一瞬にして消えた。


 「マギーはPnPチップを持っていないよね?」


 「汝の脊柱に外科的に取り付けられた装置のことか?」


 「そうだ。」


 「我はそのような装置を組み込んでいない。」


 「これはちょっとまずいな。」


 ジョーは首を掻いた。


 「これがないとVRにジャックできない。」


 「では、君が言っていたドラマボックスセットは?あるのか?」


 「残念ながらダメだ。デジタルだから、物理的なものじゃあない。接続しないと見れないんだ。」


 「受け入れられない。この機械と交渉したい。」


 *BEEP*


 「それはあまり良い考えではないと思う。君はそれについて何か知っているのかい?私は全く知らないから。」


 *BEEEP!


 「特に知識はないが、ここに来るまでに汝ら人間の技術の多くを研究してきた。故にーー」


 彼女の渦巻く視線が無垢な装置に固定されると、影の糸らしきモノがにじみ出てきた。それは空を漂うと、機械に浸潤していった。


 「何とかなると信じている。」(瞳孔全開)


 *Bーーbeep?


 恐怖に震えるような発信音があるとしたら、この音が間違いなくそれだった。




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彼女の瞳は星の色 NICHOLAS @goldengyokuto

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