“EM-2e575a-《メリダ=ティミス》が記す”

 親愛なるへ――


 昨日、私はかの聖堂の建設を終わらせた。

 正直、これで正しいのか、まだ思い悩んでいる。

 《タツミ》氏が故意にあの段階で建設を放棄したとして、私がしたことはその遺志に対する大いなる背信なのではないのか、という自問が私の胸の中に渦巻いている。

 だけれど、やはりかの聖堂を建てようとした《ヒト》の遠い祖先のことを思うと、やはりこの建築物は完成させなければならなかった、と、そう私には感じられるんだ――いや、これもただの独りよがりかな。ただ、私がそう感じたからそうした。それだけの話なのかもしれない――すまない、やはりまだ混乱している。

 でも、私がここに辿り着いたのも、なにか巡り合わせだったのだと、そう信じたいんだ。私の行為が旧い魂を――できれば《タツミ》氏の魂をも――すこしでも慰めることができたらと、そう願うだけだ。


 そして、踏ん切りがついた、と思った。


 私は探究の旅を止めようと思う。

 本当は、ずっと前から考えていたことだった。ただ、きっかけが欲しかっただけなのだと思う。

 計画プロジェクトが開始されてから、もうb74b4年の歳月としつきが経った。

 そもそも私が探究者エクスプロラとして母星を出発する頃にはもう、その往時の熱狂も遠い歴史の彼方に霞んで、宇宙の冷たさに随分薄められてしまっていた。

 探究の旅は進めど、宇宙は当初の予測を遥かに超えた範囲で広がり続け、その果ては一向に見えてこない。


 《もしかして、宇宙の果てなど存在しないのではないか》


 皆、その言葉を口にしてしまうことを怖れている。そして、そこから眼を逸らしたまま、無窮の旅路の中でいたずらに疲弊し続けている。私にはそう思えてならない。

 それでも私が探究者エクスプロラになったのは、地に足の着いた――文字通りの意味で、しっかりと惑星の表面に立った――生活を送ることに背を向ける、子供の駄々だったのだろう。

 でも、どこに行っても同じことだ。

 私は先の手記で、発見当時の《ヒト》の文明水準レベル揶揄からかい半分に書いたけれども、現在いま共同体コミュニティも一体どれほど違うと言うのだろう?

 どんなに遠く宇宙に散らばっていても、私たち知的生命体が繋がっていれば、そこには階層が生まれ、利権が生じる。その後はもう、お定まりの縄張り争い、癒着と足の引っ張り合いだ。

 私はそういうことに、ほとほとうんざりしてしまった。

 もしかしたら、ある日最前線を探索する高邁なひとりの探究者エクスプロラの前に、ぴかぴかと光る“通行止めストップ”の標識が現れて、より高次の知性体から与えられた、そのサインが私たちの旅の終わりだと、君、そんなことも十分に有り得るんじゃないかと、私は本気で考えているよ。


 そんな時、出会ったのが《タツミ》氏が――《ヒト》が遺したあの偉大な建造物だったんだ。


 私は誰かの遺した、“造りかけの故郷ふるさと”を巡る旅を始めようかと思う。

 そして、途絶したその事績に接木つぎきをするという、なんともお節介な探究者エクスプロラになってみようかと思うんだ――まったくお節介で、自己満足にしかならない、身勝手なふるまいだ。

 だけど、そこにある意志を引き継いで、決着させる、というのは、意味のあることだと、私は思うんだよ――もっとも、そんな意志などない、遊び半分で造り捨てたような物もあるかもしれないけれど、まあそれは問題じゃない、これは私の我儘だから。

 でも、もしもそれがいつか誰かの魂の慰めになることがあったとしたら――そんなことがあったら、これほどうれしいことはない、と私は思うよ。

 さて、じゃあ手始めに、私は《かぎろ・2f》銀河の《かなさめ》星系に行ってみようと思う。

 あそこにはたしか、《シュカーギル》文明の金字塔ピラミッドを模したなかなか大規模な作があったけれど、共同建設事業が内輪揉めして、天辺が未完成のままになっていたはずだ。まずはそれを勝手に完成させてあげよう。

 ふふふ、考えていると、童心に返るような、初めて星の海に漕ぎ出した時に感じたような、ときめきで脇腹が膨らむようだよ。


 それでは、ここまでこの記録に目を通してくれた君に、尽きせぬ感謝の念を。

 いつかまた、どこかで。


 真心を込めて――《メリダ=ティミス》

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造りかけの故郷 myz @myz

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