第7話 バラ

 「珈琲おかわりで!」

 「はーい、てか聖也くん。ほぼ毎日来てるけどお金、無駄にしてない?」

 「いやいや!今まで使わずに貯めてたので!」

 あの出会いからほぼ毎日店に来てくれる聖也くんのことは、普通の客として見れなくなっていた。

 そう、他の特別な感情が。


 「てか、なんで店前にアネモネばっかり植えてるんですか?」

 「え?聖也くんアネモネ知ってるの?」 

 「家が花屋さんなのでね。」

 花屋さんなら気付いてるのかな。いや、でもそこまでは知らないか。

 私がアネモネという花を知ったのはほんの少し前のこと。聖也くんに話すほどのものじゃないか。

 「好きだから。好きだから植えてるの。」

 そう、好きだから。

 ポケットの中に手を突っ込んで、少しだけ握る。


------------------- 毎日、ここにある


 「アネモネ、毒あるから手入れ難しいですよね!」

 「そうそう!毎回心臓すり減る気持ちでやってる、手袋付けても布だから意味ないんだよねー。」

 「ゴムにしたら結構いいですよ?」

 「いや、出来るだけ素手で手入れするようにしてるの。」

 こだわり、そんなものじゃない。

 怯えている子犬を手袋を付けて撫でるか、その考え方と同じような心境だ。

 アネモネ自体に強い香りはないが、よく嗅げば見えてくる顔が好き。

 ナチュラルだけど、刺激的で。

 人間性を見てる気分になる。


 植物は、動物ではないけど人間に近いのかもしれない。


 「それじゃ、また!明日は定休日だから明後日来ますね!」

 「うん、待ってる。」

 いつになれば、この気持ちを伝えられるんだろう。

 もう、手遅れかもしれないけど。


------------------- 黄色


 朝、いつものように7時に起きる。

 歯磨き、洗顔、寝癖を直すと私より先に花たちへ朝食を渡す。

 普通に水だけど。

 裏口から出て、蛇口にホースを繋ぎ、優し目のシャワーになるように調節する。


 「さ、水やりにきたよー。」


 夢、じゃないよね。

 一度頬をつねり、また前を向く。

 まだ静かな道にホースが落ちる音だけが響く。


------------------- 絶望


 アネモネが踏み荒らされていた。


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