19,聞き耳と仮説

「けど、この距離じゃ会話もよく聞こえないや……」

 曲がり角から悠人とライのいる場所まではそれなりに距離もあって、どれだけ耳をすましてもちっとも聞こえない。

「なんだ太一、そんなに内容が気になるのか?」

「それは、もちろん……ライはお兄ちゃんみたいなもんだし、悠人は幼なじみだから、なにかあったらと思って」

 仮にも二人は身内のようなもの、なにかあったら俺にも関係してくるから。

「意外だな、ヴィランはいやだと言っているからてっきり身内関係は軽薄なのかと」

「いや、解散したラグナロクが活動しているなんて言われたらたまったものじゃないから」

「ウソついた、やっぱりお前ぶれないな」

 当然だよ、俺はあくまでも一般人として暮らしたいんだから。

 蒼との話をしながらも耳はかたむけたまま。聴力は少し自信があったのに、これじゃその自信も意味を持っていなかった。

「…………聞こえないようだな」

「当たり前だろ、距離が遠すぎて……」

 これで聞こえるならそれは、そういったレコードを持っているしかないよ。

「あぁ、ちょうど話しかけられたとこみたいだ」

「って、聞こえるのか!?」

 ウソだろ、まさか蒼の隠しているレコードって五感関係?

「いや、これはレコードじゃなくて」

 てっきり当たりだと思っていたところに返ってきたのは歯切れの悪い言葉で、なにを言いたいのかよくわからなかった。

 視線を右へ左へ、下へ上へ。考えた末にポケットへ手を突っ込むと、そのままその手を俺に差し出してきた。

「仕方ないから、これ貸してやる」

 そこにあったのは、小さなワイヤレスイヤホンの片耳。

「これは……」

「僕達ヒーローが使っている集音マイク、これならあの距離の会話でも聞こえるはずだ」

「へぇ、便利なものがあるんだな」

ヴィランもこういった便利道具を作ってくれ、無理だろうけど。

「えっと、これを耳に入れて……」

 最初は特有のノイズがうるさかったけど慣れるとささいなもので、だんだんとしゃべり声が聞こえてくる。

「お前、なんだ…………?」

「…………か……たまたまここを通りかかったまでです」

「どうだ、聞こえたか」

「うん、良好」

 ライの声が聞こえたのを確認して、小さくうなずく。二人とも、ヘマはしないでくれよ。

「へぇ、にしてはそのガキこっち見ていたよな」

「そりゃ、百合丘のヴィランがいれば誰だってモガッ!?」

「失礼、この弟は好奇心旺盛でして」

 必死に悠人の口を押えると同時に聞こえてきた内容はライによるフォローで、正直聞いているこっちがヒヤッとした。本当にあいつ、一人であのまま行っていたらどうごまかすつもりだったんだろう。

「ところであなた達こそ見かけない顔ですが、今日は商店街にどんな御用で。なにかお祭りでもあるのでしょうか?」

「いいだろ、そんなの」

「あんたらには関係ない事だ」

「……」

 ごまかし方も、いかにもって感じ。自分達は怪しいですって言っているみたいに聞こえるよ。

 ハラハラしながらも横にいる蒼をそっと見ると俺と同じような表情で悠人とライを見ていて、うっすらと汗もかいているみたいだった。

「用がないならそろそろ帰ってくれよ」

「そうだよ、こっちは忙しいんだ」

 あからさまに二人を追い出そうとする姿も怪しいけど、ここで食い下がったらこっちも怪しまれる。その考えはライも同じようで、悠人の口は押えたまま作った笑顔を貼り付けていた。

「そうですね、お邪魔のようなのでおいとましましょうか」

「ん、ンッ!?」

 あぁけど、悠人は不満らしいな。

 不服そうな顔をする悠人を無視して簡単に話をはぐらかすライを見ながら、蒼がぽつりと言葉をもらす。

「……ガードはかなりきついみたいだな」

「うん、これじゃ商店街に入るだけで怪しまれそう」

 今でこの警戒なんだ、俺だったらすぐウソをついているってバレるよ。

 けど汐莉の事を調べるには一番家に近いこの商店街を調べるのは必須だし、このままじゃどうしようもない。これじゃ、八方ふさがりだ。

「しかし、妙だ」

「ん?」

 深刻そうな顔で蒼は言うと、そっと俺の方へ視線を合わせてきた。なんだろう、妙だって。

「僕達が昨日きた時にはいなかったヴィランが今日はまるでなにかを警戒するようにいる……それも、今日誰かがここにくるのを警戒しているように」

「それは、確かに……」

 言われてみれば、その通りだ。

 なにかを隠すように商店街に顔を出したアルカディアは、やけに誰かが近づくのを気にしている。実際に制服を着た悠人に好戦的に絡んできたんだ。少なくとも、俺なら通報されかねないからやらないよ。

それになんだろう、この違和感は。商店街は人がくる場所なのだから、悠人みたいな制服姿の中学生がいても変じゃない。それなのにアルカディアは悠人を見た瞬間警戒していた。

「もしかして……」

 俺の中でうかんだ仮説にはもちろん根拠がないけど、同時に否定する根拠もないから。

「アルカディアは、俺達がくるとわかって――!」


「アルカディアがなんだって――坊や達?」


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