18,アルカディア


「ヴィランだと……!?」

ライの言う通り、そこにいるのは紛れもなくヴィランだ。

 けどヴィランでも、俺の知っているようなヴィランではない。だって、そうだろ。この街にはラグナロクというヴィランがいたんだ。元とは言え、その実力はまだあるはず。

「どうして、こんな場所に」

「見た感じ、百合丘区のヴィランっぽいっスねぇ……名前は確か――」


「アルカディア、でしょうか」


「アル、カディア……」

 ライが言ったそれが俺にはいまいちピンとこなくて顔をしかめると、あぁそうでした、と笑って言葉を続けてきた。

「太一様はボスのご子息と言っても組織には無関係でしたからね……アルカディアは悠人の言う通り百合丘区をテリトリーにするヴィラン、我々ラグナロクとは犬猿の仲にあります。ここ数年で結成された組織でその前に百合丘区を支配していたヴィランを倒し今に至ります」

「へぇ……」

 正直ラグナロク以外のヴィランはあまり関わった事がないから、そうは言われてもわからないけどさ。

「特徴としては、そうですね……勢いがあり、この近辺に存在するヴィランの中でもっともヴィランらしい、といったところでしょうか? 昨今のバランスを意識した存在ではなく己の力のみを信じる、その点で考えれば今のヴィランが忘れている心を失っていない印象でしょうか。我々ラグナロクも見習わなければですね」

「説明はありがたいけど、うちはもう解体したヴィランだよ」

「そうでした、これは失敬。私もヴィランであった事が長いため」

 それはわかるけどさ、俺はこのまま何事もなく一般人になりたいんだ。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか……いや、絶対知らないけど。さっきまで黙っていた蒼が突然顔を上げふぅん、となんだか意味深な声をもらした。顔はどこか不機嫌そうで、それを見るだけでいやな予感しかしない。

「僕からすれば、ヴィランはどこも同じだけどな……それに、お前やけにそのアルカディアってとこの肩を持つな?」

「おや、そんなつもりはないのですが……まぁ確かに、別と言っても同じヴィランですので」

「そこはけんかするな」

ほら見ろ、すぐこうだよ。この二日間二人を見ていたけど、やっぱりヒーローとヴィランは交われないのかもしれないな。いや、個人的には勘弁してほしいけど。

「とりあえず、そのアルカディアがなんで此守にいるんだよ」

 話を戻して出た言葉は、純粋なもの。だってここは百合丘じゃないし、アルカディアの支配している地域でもない。いる事自体がおかしいし、そんな事があったらラグナロクにも情報は入るはずだ。

「太一様、アルカディアがいる原因は不明ですがここにいては危険です。一度態勢を整えてから出直して」

「なんだよ三人して、オレ先に行くっスよ!」

「悠人!?」

 待つのがいやだったのか勢いよく飛び出した悠人は、くるりとこちらを向きながら不思議そうな顔をしていた。いや、その顔をしたいのはこっちだから。

「ヴィランの話を聞いていなかったのか、悠人。今の状況ではあいつらのいる理由もわからなく不利だから、一回作戦を立てて」

「けど、結局は戦うの確定っスよね、なら今行っても同じじゃないか?」

「おい太一、お前の部下どうにかしろ」

「ちょっと無理かな」

 一度言い出したら自分の意見を通すのが悠人の性格、いまさら俺の話なんて聞かないよ。

「けど悠人、確かにそのまま突っ込むのは危険だからこっちで話だけでも」

「そんな悠長な事言って、向こうさんもこっちの対策を準備してきたらどうするんスか」

「慎重の皮を被った猪突猛進」

 聞く耳を持たない悠人だけど、はいそうですかとこっちだって意見を聞くわけにはいかない。だって悠人は戦う気があっても、俺達にはその気がない。だから俺は目立つ場所に立った悠人にそっと手招きをして、悠人、と名前を呼んだ。見つかる前に、戻さなきゃ。

「じゃあせめて、そんな道の真ん中にいないでこっちに戻ってこい。そこだと向こうからも見えて」


「あれ、そこに誰かいないか……?」

「本当だな……あれ、此守東中の生徒じゃないか?」


「っ……」

 やばい、言っているそばから見つかった……!

「どうしよう、このままじゃ悠人だけ見つかっちゃう……」

「落ち着いてください、太一様」

 どうするかわからなくて視線を右へ左へ動かすと、俺の前にスッと手が伸びてくる。誰かと思ってみるとその主はライで、まるで俺を安心させるようにゆっくりと笑ってきた。

「ここは私にお任せを……太一様は、ハンドレッドとどうかこのままで」

 お任せをだなんて、どうするつもりだろう。

 言われるままに二人で隠れていると、ライはそれを確認するようにうなずき平然をよそおいながら悠人の方へ歩き出す。

「お願いライ、頑張ってくれ……!」

「…………」

 祈るように落ちた言葉と一緒に横目で見るとなんだかけわしい顔で悠人とライを見る蒼がいて、つられて俺の顔もけわしくなったような、そんな気がした。

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