20,戦闘開始!

「ご主人、蒼、後ろ!」

「っ!?」

 悠人の聞こえるよりも早く地面を蹴ると、俺と蒼が立っていた場所に大きな穴が開いていた。あのまま動かなかったら、俺も蒼もぺちゃんこだったよ。

「すばしっこいガキだ……まぁ片方はヒーローだから当然か?」

「こいつ、僕の事を……!」

 驚いたように目を見開いた蒼はひらりと地面に着地しながら、小さく舌打ちをもらした。後に続くように俺も着地すると、喉の奥から笑うようなそんな声が聞こえてくる。

「こいつは…………」

 目の前のそいつは、俺達の二倍は身長がありそうな大男だった。

 ガタイのいい身体つきに、するどい目。ラグナロクでもここまで外見が典型的なヴィランは見た事がないから言葉を失っていると、ニヤリと笑いながら声を張りしゃべりはじめた。

「おい、やっぱりこいつら此守のヴィランとヒーローだよ、こっちのガキも一緒にいたんだしそうだろうな」

 こっちのガキは、多分俺の事。やっぱりと言うからには、俺の仮説通り俺達四人がくるとわかっていたんだろう。

「おじさん達、誰?」

「おじさん達だなんて、さっき自分で言っていただろ――アルカディアってよ」

 百合丘区をテリトリーにするアルカディアは、よくも悪くもヴィランらしいと父さんやラグナロクのヴィランから聞いた事がある。

 傍若無人、誰が傷つくかなんて気にしないいかにもヴィランなその特徴は、ラグナロクを小さい頃から見てきた俺からすると苦手な部類だ。いや、ヴィランな時点で苦手だけどさ。

「けどアルカディアは、百合丘区のヴィランじゃないの?」

「そんなの、お前みたいなガキには関係ないだろ」

 あからさまに悪役っぽい顔をしたそいつは握った拳をあげると、そのまま俺と蒼めがけて振り下ろしてくる。

「よけるぞ太一!」

「わかっている!」

 後ろへ飛ぶのとコンクリートに穴が開くのはほぼ同じタイミングで、いやな汗が背中を流れた。いや、もしかしてさっきもこいつの素手だったのか? てっきりなにか道具を使っていると思っていたけど、素手なら正直敵には回したくないタイプ。

「大丈夫かたい、うっ!」

 俺にかけ寄ろうとした蒼の前に現れたのは、大男と同じように体格がいい男達。バールやメリケンとおっかない武器を持ったそいつらは、俺ではなく蒼に意識を向けていた。おまけによく見ると蒼の右肩からは血が出ていて、多分今のうなり声は切られた時のだろう。どうしよう、蒼がケガを!

「僕の事は気にするな、すぐ治る!」

「蒼……って、もしかして!」

 もしかしてと思って悠人とライへ目を向ければ、同じようにアルカディアのヴィランに囲まれていた。あぁ、これじゃ助けを求める事も逃げる事もできないよ。

「なんだよ、こいつら……」

「よそ見すんなよ!」

「グッ……!」

 俺は俺で大男に目をつけられたみたいで、続けざまに飛んでくる拳をよけるしかない。

 なるべく強く地面を蹴って、距離を取って。腰を低くしながら大男の様子をうかがっていると、大男も俺の事をじっと見ていてなにかを確認するようにふうん、と声をもらしていた。

「おいガキ、お前はヴィランかヒーローどっちなんだ」

「は…………?」

 なにを言っているのか、わからなかった。

 だいたいなんだよ、どうしてその二択しかないんだよ。

「残念だけど、俺一般人だよ」

「ほう」

 絶対信じていないだろうなと思う顔をした大男はニヤリと口をゆがめると、そのままさっきと同じように握った拳を振りあげている。うわ、またあのバカ力がくる。

「まぁいいや、おれたちゃ悪人ヴィラン……一般人がどうなろうと関係ないよ」

「そのセリフどこかで聞いた、な!」

 どこだっけ、あぁうちにいるラグナロクの奴だ! 今は万事屋の従業員だけど!

 よけてもよけても終わらないそれに体力も削られて、そんなどうでもいい事を考えてしまう。

「あぁもう、これじゃキリがない!」

 力を込めて、感情の波に沈めて。

 右の手のひらに現れた黒い塊を静かに見つめながら、俺はそっと肩を落とした。

「仕方ないからさ、やってやるよ!」

「っ!?」

 感情の名前は、怒り。それもとびっきりのな。

 俺の言葉とともに手から離れた黒いそいつは、大男めがけて飛んでいき右手へ絡みついていく。

「お前そのレコード、ラグナロクの!」

「うるさい、だから使いたくないんだよ!」

 感情に身を任せて思いっきり自分の右手で拳を作ると、それに合わせるように大男へ絡みついたそれがギシギシと音をたてて締め上げていく。

「うっ……このガキ!」

 これで引いてくれればよかったけど、どうやら逆効果だったみたいで。

 まるで狩りの獲物を見つけたような顔をした大男は苦しいはずの右手を振りあげて、ゆっくりと俺の方へと近づいていた。

「欠片目当てだったし他にかまっている時間はないと思っていたが、ラグナロクの頭と同じレコードを持つガキだ。このまま連れて行けばおれの手柄になる……!」

「いや、そこはあきらめてくれよ!」

 なんでそう、ポジティブになるかな。

 そうは言っても実は出す手が尽きていて、さっきの塊を出した感情もこれ以上出てこない。このままこられたら、十中八九俺の負けになる。

「安心しろ、殺しはしないよ」

「いや、いくらヴィランでそれをやったら犯罪だから」

 はぐらかしても完全に大男は俺へ狙いを定めたようで、じりじりとその距離詰めてくる。

 きっと悠人や蒼、ライならこういう時上手に立ち回るのだろうけど、あいにく俺は一般人だからそんな能力はない。

 打開策が見つからないまま、くるだろう衝撃に備えて無意識に目を閉じた――その時。


「ご主人、伏せて!」

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