四章5 『魔王の娘』

「夢葉流、終(つい)之太刀。空落とし!」

 ナルミの最終奥義、空落とし。もともと夢葉流は空を断ち切るために生まれた流派であり、代々そのために様々な技が考案された。その果てに夢葉の家は空を操る術を手に入れた。それがこの技だ。


 原理としてはとても単純だ。空にある、あらゆる現象を刀に落とすというもの。例えば月を落とせば、刀にはその力が宿り、波を制御したり重力を発したりできる。それに物理的なものではなく、神話さえ再現することが可能だ。つまりこの空落としとは、何でもありの万能の技。彼女の切り札だ。

「落ちよ月、磁場を打ち破れ!」

 刀身の部分が淡い黄色に輝く。刀に月の力が宿ったのだ。ナルミは真横に刀を振るい、月のエネルギーをクルミの作り出した強力な磁場にぶつけた。それによって幾つかの岩を潰すことはできたが、すでに楔の打ち込まれたものには効かなかった。だがそれでも、多くの障害物を取り除くことができた。


 ナルミは地面を蹴って空高く飛び上がり、次の攻撃に移る。

「落ちよ流星、悪しき者を打ち砕け!」

 刀はこげ茶色に染まる。まるで灰を被ったように艶の無い刀身へと変わり、代わりに真っ赤な炎の衣に身を包んだ。

 隕石と化した刀はナルミの手により、一直線にクルミへと導かれる。しかしクルミは冷静に制御下に置いた岩で彼女の接近を妨げる。


「何かと思えば、策の無い特攻ですか。そんなもの、自らの手を汚すまでもありませんわ」

 しかしナルミは刀を岩へ直接ぶつけることは無く、猫のように宙で身を返して、その上に着地。そして次々と岩から岩へと飛び移っていった。

「……こんなもの、攻撃の内にも入らないよ」


「なかなか身軽ですわね。それなら、これはいかがですか?」

 斧からさっきよりも何倍もの量の楔が出現し、それぞれが蛇のような俊敏な動作で、ナルミ目掛けて襲い掛かる。

「くっ……」

 どうにか前に進もうとしたが、おびただしい量の楔を前には断ち切ることすら無意味。彼女は後退を余儀なくされる。


「おーっほっほっほ、いかがです、ナルミお姉様。素敵なダンスパーティでしょう?」

「……気持ち悪いだけだよ。それに、そんな余裕ぶっていていいの?」

「あら、何のことかし……っ!?」

 懐にはいつの間にかノゾムが踏み込んでいた。無論、クルミは彼女のことも警戒していた。たとえ自身の知る彼女が落ちこぼれだったとしても、今回のゲームでは幾多の敵を退けてきた猛者だ。見くびってなどいなかった。だが少し目を離した隙に、ノゾムは目前に迫ってきていた。クルミは完全に敵の戦力を見誤っていた……。

「やりますわね……! でもそれもここまでですわ、限界突破!!」

 クルミは自身の力の限界を開放し、ノゾムを迎え撃つ。


 先手はノゾムの上段から振り下ろした一撃。それをクルミは受け止めて、真横に弾いて捌く。そのまま斧をノゾムに突き出して、反撃を狙う。ノゾムはそれをしゃがんでやり過ごす。

 斧が通り過ぎると同時に彼女は身を起こし、喉目掛けて木刀を突き出す。クルミは慌てて後ろに跳ねてそれをかわす。しかしノゾムはその隙を見逃さない。さらに踏み込んで、木刀の切っ先を僅かに下げて彼女の小手にぶち当てる。その攻撃は見事にヒットし、クルミは僅かに怯んだ。


 それが彼女の決定的な敗因となった。ノゾムは打ち抜いた木刀を切り上げる形で斧の柄の先を狙い当て、クルミの緩んでいた手から押し出した。普通なら不可能な離れ技だが、ノゾムの並外れた集中力が実際にそれをやってのけた。斧は最高点まで緩やかな放物線を描き、そこからくるくると回転して地面に刃を突き立てた。


「これで王手です。観念してください、クルミちゃん」

 ノゾムは木刀の切っ先をクルミの喉元に突き付けた。しかし彼女の顔の笑みは全く絶えることなく、むしろより一層毒々しいものへと変わっていった。

「……ほほ、おほほほ……」

「く、クルミちゃん……?」

「おーっほっほっほ、おほほほほほほほほほほほほ! この程度で殺されるなら、魔王の娘など名乗れるはずがありませんわ!!」

 その時、ノゾムは背後から殺気を感じ、慌てて横に飛んだ。

 直後、ノゾムの立っていた空間を銀色の煌めきが断ち切った。


 襲撃の主は、さっきまで共に戦っていたはずのナルミだった。

「ナルミちゃん!?」

「……に、逃げてノゾムせん、ぱい……」

 ナルミの体には幾本の電撃の楔が撃ち込まれていた。

「そんな……。でも、斧ならさっき弾いたはず……」

「おーっほっほっほ! 一体、いつ私が斧を経由しなければ楔を放てないとおっしゃいましたかしら?」


 ノゾムの気付かぬ間に、クルミの手からは幾本もの楔が伸びていた。

「これで二対一、形勢逆転ですわね」

 戦力差は絶望的だ。第一ラウンドでは二人がかりだったから、どうにか追い詰めることができた。しかし今度は一人でクルミ、そしてナルミも相手にしなければならない。

 ノゾムの頬を冷たい汗が伝った。


 精神を統一するために、目を閉じる。

 ふと瞼の裏に愛の顔が浮かんだ。最初に浮かんだ顔が巫女少女の方だったのは、苦笑するしかない。だが彼との思い出が蘇る度にまた会いたい、酷いことを言ってしまったのを謝りたいという気持ちが強まっていき。そして絶たれた望みが僅かに胸の内に帰ってくるのを感じた。

 彼女は二人の中間に木刀の切っ先を構え、第二ラウンドの開戦に備えた。


「やります、勝ちます、頑張ります! ……そしてもう一度、愛に会うんです!」

 クルミはノゾムの宣戦布告を不敵な笑みで受け取った。

「それでこそ、ノゾムお姉様ですわ。よろしい。この魔王サタンの娘、小野崎クルミ。貴様の挑戦を受けて立ちますわ」

「ええ、行きます、よ……。ううっ」

 今まさに駆けだそうとした、その瞬間だった。


『……ざめよ、目覚めよ、我が娘よ。我等の……果たせ、……の全てを……せよ』

 地の底から響くような声とともに、頭痛がノゾムを襲った。

 彼女は木刀を落とし、頭を押さえて蹲ってしまう。

「ど、どうしたんですの……?」

「の、ノゾム先輩……?」

 すぐにクルミ達もノゾムの異変に気付き、臨戦態勢を解いて彼女に駆け寄った。

 ノゾムの頭痛は一向に収まる気配が無く、さらに悪化していく。それに連れて頭の中に響く声もはっきりとした形を成していった。


『目覚めよ、我が娘よ。我等の悲願を果たせ。世界の全てを、破壊せよ』

「誰ですか……。誰なんですか、あなたは」

『我は光の対岸にある闇の世界、魔の連邦(くに)の王。魔王サタンなり』

「まお、う……、サタン!?」

 視界がぐにゃりぐにゃりと歪んでいき、渦を巻いていく。それはやがて中央の一点に吸い込まれていく。

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