三章2 『レアリティ=強さ?』

 このゲームは田舎勢が圧倒的に不利なんだ。特にレアリティが低い者にとってはな。もしも高レアリティ共がうようよしている地域に住んでいたら、ルール上の三日内強制バトルのせいでそいつ等と戦うことになって即退場。

 それを回避するために僕等は人の多い東京に出てきたんだ。

 ここならばSTの参加者も多い、高レアリティキャラばかりということも無いだろう。


 さて、次の問題。Nクラスのノゾムでどうやってレベルを上げるかだ。当然、レアリティの高いキャラに勝てば多くのEXP、経験値が手に入るが、Nのノゾムが普通に挑んだらコテンパにされるのが落ち。楽に稼ぐことはできない。

だが普段からゲームに接していたおかげで、僕はすぐに三つのEXP獲得法を思い付いた。


 一つ目は同レアリティのキャラを潰していく。しかしこれはすぐに実行不能だということに気付いた。Nや同格の☆1キャラなんてのはほとんどいないのだ。むしろこっちの方が希少なぐらいだ。その理由はすぐに分かった。リセマラだ。僕は期限ギリギリに行ってしまったからできなかったが、他の奴等には余分な時間があったのだろう。何度も引き直し、高レアリティのキャラを手に入れたんだ。すぐに僕はこの作戦を諦めた。


 二つ目は低レベルの奴相手にバトルを挑むこと。プログラムデータに近くの参加者の情報は出るし、この作戦は有効だ。……あと少しでも、ノゾムのステータスが高ければ。低レアリティの彼女では、ちょっとのレベル差など簡単にひっくり返されてしまう。つまりこれもボツ。

 残る方法はただ一つ。それは――




 僕等は熱帯地域特有の森、ジャングルで対戦していた。自己主張激しい木々が視界を邪魔してきて相手の姿を捉えるのに苦労したが、何とか追い詰めることができた。

「これで終わりです! てりゃああああああッ!」

 ノゾムは上段から相手の面を打ち抜いた。敵はその一撃で昏倒し、ばたりと倒れる。


「やりました、勝ちました、頑張りましたよ!」

 しかし僕は違和感を覚え、すぐに異変に気付いた。

「まだだ、油断するな!」

 倒れた相手は『サーカスプロジェクト』のキャラクター、クラウン・マスクマン。その名の通り、仮面を付けたピエロだ。

 奴は敗北の演出である体が光に砕けるようなことは無く、代わりに腕が、足が、そして頭が玉ねぎの皮がはがれるようにトランプのカードになっていき、宙へ舞う。

「しまった、遅かったか……!」


「いえ、大丈夫です!」

 ノゾムは光輪を出現させ、迫ってくるトランプを全てそれで吸い込んだ。最後の一枚まで入ると、彼女は入り口を閉ざしてしまった。

 すぐにスクリーンが現れてWINの文字、レベルアップとステータスアップ結果が映し出された。


 やがて周囲の光景はジャングルから雑多なビル街に変わり、僕の姿も幼い少女から男子中学生に戻った。

「い、い、今のはたまたま僕の運が悪かっただけだ! 次はこうはいかないんだからな!」

 金髪ロン毛の高校生はテンプレ科白を残し、情けない足取りで人混みの中に消えていった。

「次も何も、お前のキャラはもういないだろうが」


 僕は呆れの溜息を吐いて、腕時計に目を落とした。

「そろそろホテルに入るか。もっと経験値を稼ぎたいのは山々だが、夜は変な奴等もほっつき歩くからな」

「あの、愛。まだ三つ目の作戦を聞いていないんですが」

「あたしも知りたいにゃ!」

「……分かったから心、街路樹から降りて来い」


 趣味・木登りの心は猿のような身のこなしで木から降りてくる。やれやれ、あいつには一般常識というものが無いのだろうか……。

「うー、この街には登りがいのある木が少なすぎるんだにゃ」

「都会ウゼェということには同意するが、そんな理由で嫌うのはさすがに街が不憫だと思うぞ」

 星夜は少しで駆けてきますの一言を残して、どこかへ行ってしまった。もしもいてくれたら、このお転婆猫の番を任せられたのにな。


「それで三つ目は?」

「一番美簡単で美味い稼ぎ方、補助系キャラ狩りだ」

 二人そろって首を傾げる。こういう時、星夜がいると話が早くて助かるんだが……。

「高レアリティのキャラは基本的に、低レアリティのキャラよりも優れたステータスを持っている。ステータスが高いキャラは当然、強いキャラだ。だから低レアリティのキャラに勝ち目はほとんど無い。……その思い込みに落とし穴があるんだ」

「思い込み、ですか?」

「ああ。実は高レアリティのキャラにも、戦闘に弱い奴はいる」


 心はにやっと笑い、茶化した調子で言った。

「引き籠りはあまり見かけないレアキャラにゃし、運動が苦手な人も多そうにゃ!」

 僕は彼女の後頭部をはたいて話を続けた。

「ゲームにもよるけど、キャラの戦闘スタイルは次の三つに分けることができるんだ。攻撃系、防御系、補助系。パーティを編成する時、この三つのタイプを上手く組み合わせる必要がある」

「へぇ。その補助系っていうのが、今回のターゲットなんですよね」


「そうだ。補助系は名の通り、仲間をアシストするタイプ。ステータス値が低い代わりに、味方の回復や能力向上などのサポート、あるいは敵の能力低下や状態異常付与などの妨害を目的とした特殊なスキルを使うことができるんだ。つまり共に戦う者がいてこそ本領を発揮できる。だけど今回は個人戦オンリー。ということは……」


 手の平を合わせて、心は満面の笑みで言った。

「自分の真価を発揮できない!」

「そういうこと。道化師や僧侶は今回は絶好のカモって訳だ。見かけたら片っ端から潰していくぞ!」

「おー、です!」


 ……あれ? 今、僕は何をした? 確か景気づけに、拳を振り上げた。でも僕はそんなノリのいい性格じゃなかったはずなのに……。

「楽しいですね、愛」

 だけどそんな些末な疑問は、ノゾムの嬉しそうな笑顔を見ていたらどうでもよくなっていた。


「ところでノゾムっち。さっき動画で見ていたけど、あの輪っかみたいなものって道具入れじゃなかったのかにゃ?」

「基本はそうなんですけど、昨日の戦いで攻撃にも使えるかなって思って今回利用してみたんです。中に閉じ込めて、収納してあった鋏でチョキチョキと……」

 ……急に彼女の笑みが怖くなって、僕は慌てて背を向けた。


   ○


 某高級ホテル、最上階の客室。

 ごちゃごちゃした装飾とおせっかいなサービスが売りの、無駄に高い宿泊施設。

 ここが今日の僕達の宿だ。本当ならこんな落ち着かない所には泊まりたくなかったのだが、心の我がままとノゾムの懇願に押し切られて止むなくここに来てしまった。


「ほわわ……、まるで楽園、いえあそこ以上です。心ちゃん、ここは本当にこの世なんですか!?」

「安心しろにゃ、ここは間違いなく天国にゃ!」

「じゃ、じゃあ私達は死んでしまったんですか!!」

「……お前等、本当に昨日が初対面だったんだよな?」

 二人は当然というような顔で同時に頷いた。それにしては息が合いすぎだろう……。


 僕はベッドに崩れるように倒れ、騒いでいる二人をぼんやりと眺めた。

「愛、愛! このベッドの上に敷かれたおっきな帯みたいなのは何ですか!?」

「ああ、それはベッドスローだ。その上だったら土足で歩いてもいいんだ」

「ベ、ベッドの上を靴で歩けるんですか!? さすが高級ホテル、恐るべしです……!?」

「にゃははは、甘いにゃ! あたしだったらこんなもの無くても、逆立ちで歩いてやるにゃ」

「ベッドに皺が付いたり、埃が舞ったりするからやめた方がいいと思うぞ。というか、お前等自分の部屋に戻れよ」


 部屋は僕、ノゾムと心、そして星夜のための三室を取った。そしてここは僕の部屋。彼女達の部屋は二つ隣だ。

「はいはい、分かりましたよー」

 口を尖らせつつも、ノゾム達は素直に部屋を出ていった。

「やれやれ、あんなにはしゃいで。小学生かっつーの」

 備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに入れる。透明な液体がこぽこぽと音を立て、グラスの中で跳ねた。


「……まぁ、喜んでくれたならいいか」

 テレビを付けると、STに関する特集をやっていた。どうやら僕と同じような考えに行きついた者が多いようで、参加者は東京に集まってきているらしい。

 現在の状況を一通り解説し終えた後、ピックアッププレイヤーのコーナーが始まった。

「……どいつもこいつも、高レアキャラばっかり使いやがって」


 ざっと十人ほどを紹介し、一旦スタジオに画面が戻る。僕はその間に紅茶の用意をしようと思った。金魚じゃあるまいし、水ばかり飲むのも飽きてきた。

「どうぞ」

 タイミングよく紅茶の入ったカップが渡される。

「ありがとう……って、星夜!? い、いつからそこに……」

「愛様がテレビを見始めた頃、でしょうか」

「お、おお……そうか」

 そうこうしている間に、テレビにはピックアッププレイヤー・トップファイブという見出しが映し出されていた。ちなみに順位は勝利数で決まっているらしい。


 五位、四位の奴等は見たことのないキャラを使っていた。どうもSTに登場するキャラの出演ゲームには据え置き専用のものあるらしい。そんな奴等と戦うことになったら面倒だな……。僕にはそっちの知識は無いし、策無しでノゾムがこいつ等に勝てるとは思えない。

 三位の紹介の前に、キャスターの会話が挟まれた。

『続いて第三位ですが……。この方は凄いんですよ』

『ほう、何がですか?』

『なんと、使用キャラがNクラスなんです!』


 ……うん? なぜか一瞬、悪寒を感じた。

『しかもプレイヤーさんがとっても可愛いんです!』

『それは早く見てみたいですね』

『それでは空気が温まってきたところで、第三位!』

 その言葉と共に、スタジオ内の大型スクリーンに件のプレイヤーの顔が映された。僕はその顔を目にすると同時に、口に含んでいた紅茶を吹きだしてしまった。間違いなくその少女は、僕のアバターだった。すかさず星夜は布巾で飛び散った紅茶を拭き取ってくれた。


『第三位はIさん! 上位プレイヤーの中でただ一人、Nのキャラを使っています! しかもほとんどの試合をノーダメージで勝利しています!』

『使用キャラは……夢月ノゾム? 前林さん、知っていますか?』

『いいえ、残念ながら知りません。私も結構ゲームをやりこんでいるんですがねえ。出演ゲームは……、ブレーメン☆ガールズですか! 私、結構やりこんでいるんですがこの子は知りませんでした』

『資料によると、物語序盤に少しだけ出番がある脇役だそうです』

『へー』

 その後、話はアバターの容姿に移った。それっきりノゾムの話が出てくることは無かった。くそ、もうちょいあいつが有名だったらこっちに話が飛んでくることは無かったのに……!


 ようやく生き地獄が終わり、第二位。

『第二位はモンキーゴリラさん! ……なんか、凄いプレイヤーネームですね』

 空手家のような、むさいおっさんのアバターがスクリーンに映っていた。それにしても酷いネーミングセンスだ……。

『使用キャラはブレーメン☆ガールズの小野崎クルミ。ゲームをやっていない人でも知っている、有名なキャラですね』

『無論、私はよーっく知ってます! グッズも色々持っていてですね……』

 前林と呼ばれていたキャスターはポケットから手品のようにグッズを次々取り出し、マシンガンのようなトークを繰り広げた。


 あまりにも長引きそうだったので、最後には進行役の女性に無理やり打ち切られて二位の紹介は終わった。結局、戦い方やプレイヤーの情報など有益なことは何一つ紹介されなかった。

『そ、それでは次はいよいよ現時点での一位のプレイヤーです。もしかしたらもうお分かりの方もいるかもしれませんね』

『私も予想、いえ断定できておりますとも』


 すっかりスイッチの入った前林はキリッとした口調で言った。

『では第一位はこの方です!』

 映し出されたアバターと使用キャラを見て、僕はカップを落としそうになった。どちらもつい最近見たばかりの顔だったからだ。

『第一位はラブさん! 皆さんご存知の大人気歌手、黒森愛さんのアバターです!』

『きたきたきた、きったああああああ!!』


 大興奮の前林は立ち上がり、机上の上の紙を次々と宙にばらまいた。

『特別番組の企画で始まった黒森さんのSTへの挑戦ですが、彼女の適切な指示とキャラとの抜群の相性が一位という驚異の結果を出しました』

『まだ暫定ですので最終結果は分かりませんが、それでもこれは凄いですよねえ』

『仕事が忙しいのに、趣味にも全力! さすが俺の愛ちゃんだぜええええええ!!』

『ちょ、前林さん。素が出てますって……』

 自分のことを言われてるわけじゃないってのは分かってるのに、彼女の名前が呼ばれる度に鳥肌が立ってしまう……。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。問題は使用キャラの方だ。

『黒森愛さんの使用キャラは夢葉ナルミ。なんとこのキャラも出演ゲームはブレーメン☆ガールズです。トップスリー全員がこのゲームから出ているわけです』

『ほう、面白いですね』

『ナルミちゃんも可愛いですが、やはり愛ちゃんですよ! ああ、今すぐあの歌声を聞きたい!』

『……えっと。夢葉ナルミは、ブレーメン☆ガールズの主人公です。原作ゲームではRとHeRクラスの二つに属しており、今回愛さんと一緒に戦うのは後者の姿の方ですね。前向きで、どんな困難にも笑顔で立ち向かう女の子です』


 もろにノゾムと丸かぶりの性格だな……。序盤のストーリーはすっかり忘れてしまったが、よくこいつとノゾムを一緒に序盤に出そうと思ったな。絶対に混乱するぞ。

『いいですね、前向きな女の子。主人公って感じがします』

『ポジティブ最高、へこたれない女の子最高! そんな女の子代表は愛ちゃん! ツンデレにお嬢様キャラはもう古いぜ!!』

『以上、STの最新情報でした』


 昨日会ったあの女は黒森愛、人気歌手だったわけだ。おそらく仕事があれば、この周辺をうろつくだろうな。つまり東京に逃げ込もうが、ほとんど無意味だったんだ。

でも他のプレイヤーも東京に集まっているみたいだし、どうせいずれは来る羽目になったか。

 それにしても、あの女が黒森愛だったって心が知ったらどう思うだろうか……。

 その後のニュースをぼーっと見ている内に、だんだん眠くなってきた。


「……なんだか、どっと疲れた」

 僕は布団の中にもぞもぞと潜った。

「お休みですか?」

「ああ。夕食はルームサービスで適当に済ますから、お前は部屋に戻ってくれ」

「畏まりました」

 ドアが閉まる音が聞こえると、いよいよ僕の瞼は重たくなってきた。そしてふっくらした布団に包まれるような心地のまま、僕の意識は眠りに落ちた。

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