一章1 『ある日のゲームライフ』

 日本時間午前九時三十二分。

 僕は真っ暗な部屋で、六枚のディスプレイと十台のボックスという携帯端末の画面を眺めていた。

 機器はどれも最新のもので、通信速度にも申し分は無い。もうじきまた新しいモデルが発売するらしいが、別に買い替える必要は無いだろう。金は腐るほどあるが、セットする時間が惜しい。その間にブラウザゲームのイベントで順位が下がってしまったらと考えただけで、腸が煮えくり返り、頭が沸騰する。


 ……そう、ゲームだ。僕はゲームをしていた。あまりにも長時間、正確には三十五時間ぶっ続けでやっていたせいで、ゲームが行動の一つであることを忘れていた。僕にとってゲームはもう呼吸と同じ、無意識下の行動。これ等のゲームの内五つは三年以上、寝食呼吸を共にしてきた。まぁ、メンテナンスの時間を除けば、という条件が付くが。


 左から二番目のボックスの画面がパーティの帰還を映していた。慌ててマウスとキーボードに手を添え、帰ってきたパーティを再びクエストに出立させる。休みなど無い。ブラック企業のような非人道的な行いだが、僕だってずっと寝ていないのだからお互い様だ。

 その間に他の画面にも帰還やクリアの文字が浮かぶ。僕はピアノの鍵盤を目の前に浮かべ、画面をタッチ、キーボードで作業ディスプレイをチェンジ、マウスをクリックする。それを数度繰り返した後、僕は再び画面をぼうっとした頭で眺めた。


 どの画面にもゲームの現在状況を映している。僕はただ、それを見ているだけ。特に操作をする必要は無い。僕のプレイするゲームはほとんどが自動で戦闘が進んでいくからだ。ブラウザゲームやソーシャルゲームは半分以上がそんなものだ。


 僅かな操作で戦況が少し有利になるゲームもあるが、僕のパーティには必要ない。ありったけの金を使ってメンバーのレベルやステータスをマックスにし、装備関係も最高級のものを最高の状態にして持たせた。上段右のディスプレイのキャラ達が特にその事実を顕著に証明している。持っている武器も纏っている衣装もUR(ウルトラレア)クラスの装備品だ。ザコもボスも彼等の敵ではない。


 問題は右から三番目のボックスだ。画面上に映っているパーティはレイドボスという勝つ度に強くなる敵と戦っているが、徐々に追い詰められていた。まぁ、彼等も良くやってくれた。もう敵のレベル二百近いし、そろそろフレンドの力を借りてもいいだろう。二百近くの数字に到達している奴なんてまだいないだろうから、喜んで討伐に協力してくれるに違いない。それに協力してくれればそれなりの報酬が出る、ウィン・ウィンな関係ってやつだ。


 欠伸を一つした時、下段真ん中の画面が急に戦闘画面からメンテナンス時のものに変わった。今日は定期メンテナンスの曜日じゃないはずだが、どうしたのだろう? よく見ると、メンテナンス画面にはサービス終了の文字があった。そういえば今日でサービス終了するって告知していたなと今更のように思い出した。

 僕は舌打ちをしてキーボードを叩く。また新しいゲームを探さなければいけない。その作業に従事している間は他のゲームを進行できない。適当に選んでしまうと、三ヶ月でサービスを終了するようなクソゲーをプレイする羽目になるからだ。


 ブラウザゲームの紹介サイトをいくつか眺めている内に、目を引くページ名を見つけた。

『新本格RPGプロジェクト・ST、本日βテストスタート!』

 アルファベット二つのシンプルなタイトル。自己主張の激しい昨今のゲームにしては珍しく、しかし何か謎めいたものを感じる。

 興味を惹かれて、サイトに入った。


 ゲーム関連のサイトにしては珍しい、シンプルなトップページが迎えてくれた。ページの中央にはデジタル数字のカウントダウンがあり、『申し込み終了まであと二時間十六分三十九秒』と表示されていた。

 とりあえずその下にある、ゲームスタートのボタンをクリックした。次ページはよくある必要事項を入力するものだった。赤字で記された必須項目だけ埋め、注意事項を無視して承諾をクリックする。心なしか、登録の欄がいつもより多かったような気がした。


 すぐに運営から登録完了を知らせるメールが届いた。それに付随していたURLから再びサイトまで飛び、ローディング画面のページに入る。

 ローディングを待っている間、僕は他のゲームをプレイする。予想通り、さっき確認したレイドボス戦はあと一歩という所で負けていた。僕は無心でフレンド応援のボタンをクリックし、援護を求める。

 フレンドがレイドボスを倒してくれている間に、装備の素材を集めておくことにした。部隊編成を探索用のものに変え、スタミナ半減のダンジョンに出撃させる。

 一通り操作を終えた途端、急に眠気で頭が重くなって意識が飛んだ。




 何の前触れも無く目が覚めた。意識はぼんやりとし、眠る前より疲れていた。タスクトレイで時間を確認する。眠ってしまってから十分ほどしか経過していなかった。ここ一か月はこんな感じの短時間睡眠だけで済ませていたが、そろそろちゃんと眠ったほうがいいかもしれない。

 僕は毛布を引っ張ってきて羽織った。そしてまたうとうとしかけた時、さっきの画面が目に入った。


 それはまだローディング画面のままだった。半分眠りかけた僕の意識でも尋常でない怒りを覚えた。どうしてこれだけの時間が経っているのに、まだロードできていない? そんじょそこらの市販用パソコンとは格が違う、百万近くの高級マシンを使ってるんだぞ。

 怒りに震える指でキーボードを叩いて、そのサイトから出る。

 そこでぷっつりと僕の意識は途切れた。その寸前、スリーディープリンターの作動音を聞いたような気がしたが、確認する前に意識が睡魔に飲み込まれた。

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