5-05

 レナリア達を襲う〝超重力〟は、ナクトに遮られるように、消え失せていた。

 けれど疲弊は隠せず、地に手を突いて蹲るレナリアが、辛うじて顔を上げる。


 だが、ナクトの表情はどこか、申し訳なさそうに沈んでいた。


「悪い、耐え切れず、出てきてしまった。……作戦を、台無しにしたな……」

「! あ……まだ、力は溜まっていないのですね……いいえ、ですが……助けてくださったナクト師匠が、謝る謂れなんて……!」


「まだ、敵の大ボスとやらが出てきていないのに……本当に、すまない……!」

「いえ、ですからそんっ………今なんと?」


 レナリアが問いかけるが、ナクトが答える前に、《闇黒の女神》の声が介入してきた。


『……また、人間か。妾の〝超重力〟を……総てを滅ぼす〝闇〟の力を受け、立っていられるのは驚きだが……所詮、人間。妾の力に、ひれ伏すが――』


「……《神々の死境》に、ずっと一人でいた時は」

『……なに?』


《闇黒の女神》の言葉は無視――というか聞こえていないように、ナクトは仲間達に背を向けたまま、言葉を紡ぐ。


「〝ただ生きてきた〟だけだった。腹が減れば、食えるものを探して。自分より大きな魔物に襲われても、生きるために、倒した。よくわからん書物も、暇つぶしのために、読んでみた。〝ただそれだけ〟だったから、俺は……知らなかった」


 首だけ後ろへ向けて、ナクトは〝教えてくれた〟者達を見る。



「俺が出会った、初めてとも言える人間は――どこまでも真っ直ぐで、〝光〟のように明るくて。そして、〝偽り〟さえも〝真実〟に変える強さを持つ《姫騎士》だった」

「! な……ナクト師匠ぅ……」

 そしてついでに、ちょっぴり涙もろい――それが、レナリアだ。



「水上都市では、他者を守るために自らの命を張れる、慈愛に満ちた人がいて。全てを包む優しさと……変な教義を広めようとする、ちょっと困った《女教皇》と出会った」

「そんな、ナクト様……照れてしまいますわ……♪」

 褒めていない部分もあるが、とても前向きに捉えてくれるのが、リーン。



「巨人や古代兵器を相手にしてさえ、一歩も退かず……そのくせ内気で、人前じゃ兜も脱げない。けど、そんな自分を変えようと必死な――頑張り屋の《不動将》がいる」

「ナクト、サン……喜悦(ナクトさん、わたしを分かってくれて……嬉しいですっ)」

 本心が分からねば、あらん限りの誤解を生みそうだが、それもまたエクリシアらしさ。



 そんな彼女達と出会い、旅路を共にした事で――ナクトの心境に、芽生えた変化。


「ずっと一人で生きてきた頃は、知らなかったよ。〝ただ生きるだけ〟ではない、〝仲間と共に生きる〟道を。一人が寂しいと思い、誰かといて楽しいと感じ、心が昂らされるコトを。今まで、知らなかった。だから、俺は……そう、知らなかったんだよ……」


 言いながら、前を向いたナクトは、《闇黒の女神》を真っ直ぐ見据え。


「仲間を傷つけられるコトが――こんなにも、腹立たしいコトだなんてな――!」


 ナクトが吼えると同時に、《終わりの地》の空間が振動を始める――ただし、レナリア達の方には、一切の振動も及んでいない。まるでナクトの立つ場所を境目とし、彼の背後から、《世界》が線を引いて切り離しているかのように。


 この異常な変化に、けれど《闇黒の女神》は不愉快そうに眉をひそめるだけで、大して慌てもしなかった。


『……ちっぽけな人間が二、三人、傷ついたから何だと言うのか。おまえ一人が怒ったところで、《世界》が救われる訳でもなし』


 今度は両手を前に出した《闇黒の女神》が、更なる〝超重力〟を加えようとするが。


『〝闇〟の力の前では、総ては破壊されるのみ――滅びの〝闇〟に呑まれよ――!』


「――なんかアンタ、《神》とか言いつつ人間みたいな発想だな。しかも小悪党っぽい」

『―――んなっ!?』


 初めて見せてきた戸惑いも、虚を突かれた人間のような反応だ。やれやれ、とナクトはため息を吐きながら、〝闇〟という存在の本性を語る。


「〝闇〟は、ただ滅ぼすだけの力ではない。煌々と明るい光の中では、満足に眠れないように。〝闇〟は安息と、静寂も与えてくれる――〝闇〟を破壊の力と決めつけ、一方的に滅びの象徴とするのは――〝闇〟を言い訳に悪を成す、心の弱い人間の常套句だ」


『ぐ、なっ……き、詭弁だ! 事実、今、この《世界》が空間ごと滅びを迎えようとしているのは、〝闇〟の力のためではないか――!』


 確かに、このまま放っておけば、《終わりの地》そのものが跡形もなく消滅してしまうかもしれない――が、ナクトはきっぱりと言い切った。


「それも違う。《世界》は――俺の〝装備〟は、この程度で滅ぶほどヤワじゃない――!」

『そ、〝装備〟!? ……えっ、何が!?』


 意味が分からない、という反応も、もはや慣れたもの。

 ならば証明すれば早い――と、ナクトは右腕を大きく上げ。


「《世界連結》――〝闇〟よ、《世界》を元へ、修復せよ――」

『は。……え、《闇》、って……――なっ!?』


 ナクトの右手から放たれた、黒色の球体――濃い霧に遮られて見えぬ太陽の代わりに、ひび割れる天空の中央に到達すると。


「――《黒穴・天地逆再生ブラックホール・リ・バーシブル!》――!」


 黒色の球が、ぎゅるり、急回転を始めると――先ほどからひび割れていた空間が、その音を止め、沈黙し――かと思いきや、急速に空間が修復されてゆく――!


 今にも落ちてきそうだった天も、粉砕されかけていた地も、総てが元通りになっていく。

 時を巻き戻すかのような〝闇〟属性による修復に、《闇黒の女神》には、もはや現れた時の落ち着きなど微塵もなく。


『ばっ、そんっ……なぜ!? 人間が〝闇〟の力を扱えるなど、ありえないっ……かつて、神話の時代にも、そんな人間はいなかった! 貴様は、一体――!』


「――《世界》には〝闇〟だって存在する。《世界》を装備している俺が〝闇〟属性を扱えるのは、当然だ。……少し疲れるし、普段は滅多にやらないけど」


『せ、《世界》を装備って……だから、なんなのだ~っ!?』


 そろそろキャラ崩壊してきた《闇黒の女神》、が、ヤケクソ気味に叫ぶのは。


『も、もう、もういいっ……全部、消し飛ばしてしまえば、関係ない! 全て、総て、何もかも! 〝闇〟に呑みこまれて消えろおっ!』


 取り乱した《闇黒の女神》の体の中央に、〝闇〟のエネルギーが集約され、そして。


『―――《闇黒波動砲》―――!!』


 一つの巨大な塊となった〝闇〟から、全てを貫き破壊する砲撃が発射される。

 迫りくる破壊エネルギーを前に、ナクトは立ち尽くしたまま、ゆっくり口を開いた。


「――まだ、レナリア達を傷つけられた怒りが、収まらないんでな。

 少しだけ――《世界》の本気を、見せてやる――」


 これから見せるのが、本気のナクト――そう、本気のナクトは、ここからが違う。

 両腕を広げたナクトが、マントをはためかせ――いや、違う。脱ぎ捨てた。

 ……ん? 脱ぎ捨てた……って、つまり、それは……。


 ――――えっ!?


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