5-04

《闇黒の女神》は、天を覆うほど巨大だが、その姿は女神というだけはある美貌。

 だが、それと対峙する人間を襲う、理解の限界を超えた重圧感、絶望感は、何なのか。


「っ……くっ……」


 冷や汗を流すレナリア、それはリーンとエクリシアも、同じ事。

 目の前の存在は、人智を遥かに凌駕する、桁外れの〝超越者〟なのだと、本能が訴えかけてきているのだ。


 対して、最果ての空に佇む《闇黒の女神》は、虫でも払うかのような気軽さで。


『………目障りだ』


 ふっ、と腕を横に振ると――地平線から総てを薙ぎ払うような、漆黒の衝撃波が押し寄せてくる――!

 咄嗟にエクリシアが、レナリアとリーンの前に飛び出し、両手を広げた。


「! 下ガッテ、イロ! グウッ!(わたしの後ろにさがってください! きゃっ!?)」


 漆黒の重装に包まれたエクリシアが、踏みしめた足から〝地〟の力を借りて不動の砦と化し、身を挺して仲間達を庇う。

 けれど、ただ手を払っただけの衝撃波は、《魔神》の一撃より遥かに強大で。


「いけませんっ……《水神の聖域アクア・サンクチュアリ》――!」


 エクリシアを中心に、強固な〝水〟の結界が張られる。かつて《水の神都》を守り切った、何者をも寄せ付けぬ最強の結界だ。


 ――けれど。


「……なっ……わたくしの結界が、ひび割れてっ……」


 パキ、パキと、まるで氷が割れていくような、不穏な音。

《水神の神都》では、都市内に張り巡らされていた〝水〟を使った――が、あの時より狭い範囲に集中して使う《水神の聖域》は、大量の水がなくとも、今の方が強固のはず。

 それでも、防ぎきれない。結界が、崩壊する――!


 パリン、と高く軽い音が響いた――その瞬間。


「―――《光神剣レディ・ブレイカー》!」


 今度はレナリアが飛び出して、彼方までをも輝き照らす光の刃を放つ。

 漆黒の衝撃波を切り裂き、閃光は《闇黒の女神》にまで届いた――が。


『……無意味』

「!? ……片手で、受け止めるなんて……」


 ほんの軽く前に出した、巨大な掌に、閃光はあっさりと呑みこまれてしまう。

《闇黒の女神》は、悪意さえ感じさせる美貌の中で、ゆるりとレナリア達に視線を向け。


『……〝水〟〝地〟〝光〟……なれら人間が、いかに必死に、いかに自然の摂理を捻じ曲げ、〝装備〟などというものを扱おうと……届きはせぬ。汝らが知らぬ、全てを呑みこむ〝属性〟は……見えもせぬ』


〝五大属性〟に数えられぬ、禁断の属性――それは。


『妾は〝闇〟――破壊と絶望の象徴、《闇黒の女神》――』


〝闇〟属性――それが禁断とされているのは、危険性のみが理由ではない。ただ単純に、人間に属性が一致する者がおらず、扱えないためだ。

 だが、《神》ならば、どうなのか――それも〝闇〟の《神》ならば。

 結果は、目にしている通りだ。最高峰の《神器クラス》を扱うレナリア達でさえ、《闇黒の女神》の片手一つに翻弄され、歯が立たない。


 この巨大すぎる敵を前にしては、絶望しかない――そのはず、なのに。


「リーンさん、エクリシアさん――まだです」

「! レナリアちゃん……」

「レナリア、サン……」


 見つめてくるリーンとエクリシアに、レナリアは一つ頷いてから――いまだ丘の上に待機し続ける、ナクトを見上げた。

 彼はまだ、腕組みしたまま〝待機〟を続けているが、しかし。


『………ッ………』

「……見てください、ナクト師匠を。一緒に旅に出てから、あんな……険しい表情を、初めて見ました。きっとナクト師匠でも、《闇黒の女神》は強敵……だからこそ、ナクト師匠は今、〝闇〟を打ち破るべく……最大の力を、溜めているのでしょう」


 なるほど、レナリアの言う通り、ナクトは《闇黒の女神》をジッと睨んだまま、微かに体を震わせていた。

 力を溜めているのだ――彼の周囲の空気は微かに振動し、丘の地面がひび割れてさえいるし、そう考えて間違いはない。


 だからこそ、とレナリアは、師匠の意図を汲み――弟子として、構える――!


「私達を信じてくれる、ナクト師匠のために――時間を稼ぐのです――!」

「――ええ、いきましょう、レナリアちゃん!」

「……了……レッサン……!(……はい……レナリアさん……!)」


 心の底から、信じられるものがある――だからこそ、レナリアも、リーンも、エクリシアも、全てを超越する《神》とさえ、戦える――!


 だが、対する《闇黒の女神》にとって、小さな人間など煩わしい存在でしかないのか。


『……憐れな。ちっぽけな人間など、せめて安らかに、滅びを受け入れれば良いのに……だが、それもまた、人間の憐れむべき愚かしさか……』


 すう、と《闇黒の女神》が片手を上げ。


『せめて、長く苦しまぬよう、一思いに――潰してやろう』


 遥か遠くから、手を下げた瞬間――ズン、と見えない何かが、レナリア達を圧し潰そうとしてくる。


「――くぅっ!? こ、これ、は……重……いっ……!?」


《闇黒の女神》が及ぼしたのは、限定空間を圧し潰す〝超重力〟。レナリア達だけでなく、周囲の岩も砂のように砕け、地表も窪んで形を変えていく。


 レナリア達が、まだ無事でいられるのは――《神器クラス》の装備のおかげだ。


「《光神の姫冠リアライト・ティアラ》っ……、私達に、力を……!」

「《水神の聖十字アクア・リクルス》よ……どうか、皆を……お守りくださいっ……!」

「《地神の重兜アース・フル・ヘルム》……ナカ、マモ……!(仲間を……守って……!)」


 レナリアのティアラが、リーンのネックレスが、エクリシアの重兜が、使用者の心に呼応するように、光り輝くが。


「―――う、あっ!」


 それでも、身体をバラバラに引きちぎろうとする強大な〝闇〟の力を受けて、無事でいられるはずもない。


 秒ごとに累積していく〝超重力〟、エクリシアの漆黒の鎧もピシピシと音を立て、各所が少しずつ砕けていく。

 レナリアのドレスアーマーも、リーンの法衣も、それぞれ強化されている《国宝クラス》にも関わらず、ボロボロになっていった。


 いや、彼女達ばかりではない――常識外れの〝闇〟の力は、周囲の空間、見える範囲のほとんど全て、ひび割れさせている。


 それは《終わりの地》に訪れた、終焉――《世界》そのものが、破壊されていく――

《闇黒の女神》の〝闇〟の前に、時間稼ぎなど、所詮は叶わぬ夢物語だったのか。


「――きゃあああああっ――……」


 ついに耐え切れず、圧し潰されてしまう、レナリア達――……の眼前に。


「――レナリア、リーン、エクリシア――大丈夫か?」

「……ナクト師匠っ!」「ナクト様っ……!」「……ナクト、サン……!」

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