3-07

 戦闘終了後、ようやく準備を終えた《城塞都市ガイア》の兵士達が出てきたが、後の祭り。屈強かつ獰猛な兵士達が、終始恐縮しっぱなしの、妙な光景を見せられた。


 その夜、ナクト達には都市内を隅々まで見渡せる、中央の城内で最も高所の部屋への宿泊を手配された――どうやら城塞都市的に、最も良い部屋らしい。

 高い所が好きなのだろうか……ちなみにレナリアとリーンとは、もちろん部屋は別々だ。ただリーンは同室を望み、釣られる形でレナリアも挙手していたが。


 そんな二人を何とか諌め、宛がわれた部屋で、ナクトは今一人――一人になるのは、何となく久しぶりに感じている。

《神々の死境》では、ずっと一人で生きてきた。だからこそ、たまには一人で過ごすのも、気が安らぐだろう……と思いきや。


「……何だか、妙に落ち着かないな……」


 ベッドで横になっていても、まるで寝付けず、ナクトは少しばかり困惑していた。

《神々の死境》にいた頃は、こんな事は一度としてなかったというのに。

 こんな事なら、レナリアやリーンと同室にしてもらえば良かっただろうか。しかし書物で学んだ常識では、〝デリケートな場面では男女別々が基本〟と学んだし。


 どうしたものか――と考えていたのも束の間、悩む必要がなくなった事を察する。


「! ……お客さんか」


 来訪者……というより侵入者の存在に気付いたのは、城内でも恐らくナクト一人。

 ベッドから立ち上がったナクトが、カーテンの閉められた窓の傍に近寄ると――コン、コン、とガラスをノックする音が響いた。


「どうぞ、開いてるよ」とナクトが即答すると、窓の外の気配は少し驚いていたようだが、やがてゆっくりと窓を開けて入室してくる。


 ナクトの言う〝お客さん〟は――《剛地不動将》だった。


 夜に溶けそうな漆黒の、けれど物音が激しそうな重装で、何とも静かに忍び込んできたものだ。ナクトと向かい合っている今でさえ、黙っているし。


 とはいえ、いつまでもそうしていられないのは、本人も分かっているようで――漆黒の兜を、彼女はゆっくりと脱いでみせた。


「ヌウ、ンッ……えいっ……」


 兜を脱ぎ去った瞬間、夜天にかかる光の川のように美しい、銀色の髪が躍り出た。


 その愛らしい顔立ち、円らな双眸は、少し前にあれほど豪快な戦い方をしていたのが信じられないほど、自信なさそうな表情で飾られている。

 しかし続けて、兜だけではなく、彼女は身に着けていた漆黒のフルプレートを、ガントレットを、グリーブを、全ての〝装備〟を一つずつ丁寧に外していく。


 そうして最後に現れたのは、涼しそうな薄手のシンプルな服と、簡素なミニスカートを履いた、小柄で儚い、妖精のような美少女だった。

 漆黒の重装騎士が、凄まじい変身――だが、変化は外見だけではなく。


「わ、わたし……エクリシア=サンドライト、と……いいます。お昼は、その……あぶないところ、助けてくれて……ありがと、ございまし……った」


 喋るのに慣れていなさそうだが、頑張って言い切って、ぺこり、お辞儀をしてくる。


 そんな《剛地不動将》に――エクリシアにだけ、一方的に挨拶させては申し訳ないと、ナクトもいつもの調子で答える。


「俺はナクト。姓はない。ただのナクトだ」

「は、はい、ナクトさん……あ、わたしは、エクリシアと……呼んで、ください……」

「ああ、分かった、エクリシア。……それにしても」


 話していても、やはり《剛地不動将》の時のイメージと、随分かけ離れている。何よりこの小柄な体躯で、明らかにサイズが違いすぎる重装を、どうやって操っていたのか。

 ナクトが《世界》を通して何となく感じるのは、兜――じっ、と見ていると、エクリシアは察したのか、たどたどしくだが説明を始める。


「あ、ええと、わたし……《地神の重兜アース・フル・ヘルム》に、選ばれていて……あっ、《神器クラス》です、一応。この兜、通して……鎧や、手足の、他の装備と……連結コネクトして、強化したり……手足みたいに、動かすんです……」


「なるほど。兜以外は、確かに《稀品クラス》とかいう……アレくらいの力っぽいしな。喋るの苦手そうなのに、頑張って説明してくれて、ありがとな」

「! い、いえ、そんなっ……恐縮、です……えへ、えへへ……」

「いや、こちらこそ。……それで、わざわざこんな夜更けに、エクリシアは何をしにきたんだ? 装備の説明、ってワケじゃないよな?」

「あっ」


 どうやら、本題を失念していたらしい。あたふたと身動ぎするエクリシアの様子が、何だか小動物っぽくて微笑ましいが、彼女はどうにか落ち着いて。

 ごくり、唾を飲み込んだエクリシアが――緊張を振り払うように、声を上げた。


「わたしっ――変わりたいんですっ!」


 放たれた一言は、けれど不明瞭。《世界》を装備しているナクトといえど、意味は分からない、が――問いただして焦らせるような真似はしない。


 静かに待っていると、エクリシアは、ゆっくりと続きの言葉を紡いだ。


「わ、わたし……お昼の、戦いの時も、そうでしたけど……見ての通り、内気で、喋るのも苦手で……恥ずかしがりや、で。……人前じゃ、兜も脱げないほどで……だから、今まで仲間なんて、いたことなくて……だから、わたしには、戦いしかない、って……それしかできない、って……ずっと、そう思ってたん……です」


 しゅん、と項垂れたエクリシアだが、すぐさま顔を上げて。


「でも、今日――ナクトさんに出会ってっ。わたし、すごく、びっくりしました……強さも、そうですけど……マントの下、そ、その、何も着てないのに、あんな堂々と……わたしみたいに、いつもたくさん着込んでないと、人前に出れない子と、違って……」


「マントの下か……皆、そう言うんだけどな。俺は《世界》を装備しているから、何も着てないワケじゃないぞ」

「………………」


 この説明をするたびに、ナクトは沈黙を喰らっている気がする。

 一発で信じてくれたのは、リーンくらいだし、さすがにエクリシアも――


「あ、なるほど……だから、ナクトさん……何か、大きな力と繋がってる……感じが」

「ん? ……エクリシア、分かるのか?」

「あ、ええと、ほんのちょっぴり、何となく。……? なんで、でしょうね……わたしも、この兜で……他の装備と、〝連結〟するから、かなぁ……?」


 くりっ、と小首を傾げるエクリシア自身、完全に分かってはいないらしい。ナクトも、分かる事と言えば、エクリシアの愛らしさくらいだ。

 まあ何にせよ、今はエクリシアの話だ。


 改めてナクトが手を差し出して促すと、彼女は慌てて頷き、本題を語る。

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