2-07

《魔軍》を退けた翌朝、ナクトは一人、リーンの待つ〝大聖堂〟へ赴いていた。

 レナリアは、昨晩の戦いと旅の疲れが一気に出たのか、かなり疲弊していたため、宛がわれた宿舎でゆっくりと休ませている。


 早朝のためか、《魔軍》襲撃から間もないためか、街中に人の気配はほとんどなかったが、辿り着いた大聖堂には、既に一人分の影があった。

 ナクトに気付いた彼女は――リーンは、嬉しそうに駆け寄っていく。


「ナクト様! おはようございます。こんなにも早く、いらしてくださったのですね♪」

「ああ。リーンも、早いな。体の調子はどうだ?」

「はいっ、心身ともに、絶好調ですわ! ……な、ナクト様の、おかげで……♪」

「? そっか、それは何よりだ」


 なぜかリーンは頬を赤らめるが、血色が良いし本当みたいだな、とナクトは納得する。

 一方、こほん、と咳払いしたリーンが、姿勢を正して改めて礼を述べた。


「ナクト様。あなたのおかげで、《水の神都アクアリア》は救われました。この都市の、元・統治者として……改めて、お礼を言わせてくださいまし」

「いや、別に大したコトは……ん? 元・統治者って、どういうコトだ?」


 ナクトが違和感を率直に尋ねると、彼女は微笑みながら答えを返す。


「はい。わたくし――統治者の立場を、辞退しましたの。昨日の夜が明けぬ間に♪」


「えっ? 辞退、って……大丈夫なのか、それ?」

「うふふ、問題ありませんわ。元々わたくし、政治は良く分かりませんし、他の神官様達がやっていましたから。皆様、ちょっぴり天地がひっくり返るくらい、慌てていましたけれど……ですが過分な身分は、旅立ちの邪魔になりますもの」


〝旅立ち〟――それはどういう意味だろう、とナクトが尋ねるより先に、リーンは話を続けていた。


「ナクト様。この《水の神都アクアリア》では、古から教義が守られ続けています。この世界を創造したとされる最高神――《女神リア》様の教えです。今でも〝リア〟という言葉は、この世で最も尊きものを表す言葉として、知られているのですよ」


 言われてみれば、《水の神都アクアリア》にも付いているし、レナリアに至ってはフルネームから数えれば、2つも入っている。


 リーンは、言う。自身の旅立ちを求める、その理由を。


「その教義の中に、予言があるのです――『遥か南の〝神々が滅びし地〟より、世界を救う者が訪れ、選ばれし《女教皇》は彼の者と命を共にするだろう』と。……古い、古い、神話のようなものです。今ではもう、信じている者など、ほとんどおりません。……ですが、わたくしは今、この予言が本物であったと確信しています」


 その眼には、狂信の輝きなど、微塵もない――もっと現実的な確信を持って、目の前にいるマントの男を見つめ、声高に願いを放った。


「ナクト様! どうか、わたくしを――リーンを! あなた様の旅に、お供させてください! ――お願い致しますっ!」


 勢いよく頭を下げてくるレナリアに、ナクトは少し戸惑い、頭をかいて言葉を返す。


「リーン、さっきの予言の言い分を踏まえると……まるで〝世界を救う者〟っていうのが、俺のように聞こえるんだけど」

「うふふっ。ナクト様には、自覚はないかもしれませんが……わたくしは、そう確信しています。きっと既に同行なさっている《光冠の姫騎士》レナリア様も、同じですわ」


「そう言われてもな……あ、ところでレナリアとリーンは、面識があるのか? 昨晩も、何となく顔見知りっぽかったし」

「はいっ。《光の聖城》と《水の神都》は、姉妹のような間柄ですし……祭事や外交の場、レナリア様が北の地を視察に向かう前などに、顔合わせ致しますから。といっても公的な場ばかりで、私的なお話がほとんどできないのは、寂しかったのですけれど……」


 言葉通りに残念そうな表情をしたリーンだが、すぐに逸れた話を元に戻す。


「とにかく、《姫騎士》たるレナリア様と共に旅をし……あの《神々の死境》から訪れた、ナクト様。そして北から世界を滅ぼさんと迫る《魔軍》。予言の時が今でなければ、他にいつだと言うのでしょう。……いいえ、予言の事がなくとも」


 リーンの穏やかな目に、粛々と宿るのは、慈しむべき他者を守らんとする光。


「先の《魔軍》襲来の一件――あのように人々を脅かす悪意を、わたくしは、黙って見過ごしてなどおけません」

「……リーン」


「ですので、ナクト様に断られたとしても……そうなったら、泣いちゃうとは思いますけれど……一人でも、旅に出るつもりです。泣いちゃうと……泣いちゃいますけれど」


 言いながら断られる想像をしているのか、既に涙目のリーン。この断りづらい雰囲気、もし計算でやっているのなら強かだが、恐らく天然だろう。


 しかし、そもそも――ナクトの返事は、決まっている訳で。


「まあ、レナリアには後で聞くとして――俺は別に、異論はないぞ」

「! な……ナクト様!」

「もう、知らない仲ってワケでもないしな。それにリーンは、一人で行かせるのも危なっかしい気がするし。だから、リーン」


 真っ直ぐ、リーンの眼を見つめて、ナクトは告げた。


「一緒に、行こう――これから、よろしくな」

「は――はいっ! っ、うふふっ……嬉しくて、涙が出ちゃいますっ♪」


 どちらにせよ、結局泣いちゃうようだ。

 何はともあれ、こんなに喜ばれると、ナクトもむず痒くなる。彼女が良い子なのは、何となく分かっているし、能力も申し分なく、知識も豊富そうだ。


 心強い、新たなる旅の仲間リーンが、微笑みながら今後の意気込みを口にする――!


「わたくし、頑張りますっ。頑張って、《魔軍》の脅威から人々を救い――

 何より《全裸神》ナクト様の信仰を、全人類に布教し尽くします――!!」


「ちょっと待ってほしい。なんか今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」


 おっと、流れが変わってきたぞ。


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