2-06

 さて、これで本当に、戦いは終わった……が、リーンを両手で抱えるレナリアは。


「さ、さすが、ナクト師匠! リーン様、やりましたよ、《水の神都アクアリア》は、救われました! ……リーン様? リーン様……っ!?」


 レナリアの顔面が、蒼白になる――その理由を、辛うじて発したのは、リーン本人。


「ごめん、なさ……力が、もう、尽きて、しまって……わたくしは、もう……」

「そ、そんな……嘘ですっ……しっかりしてください、リーン様っ……!」


「……ふふっ、でも……皆さんが、ご無事なら……よか、った。………―――」


「っ! リーン様……リーン様ぁ―――っ!」


 最期の瞬間まで、他者を慮っていた、気高き《水神の女教皇》リーン。

 闇が晴れた月夜の空に、《光冠の姫騎士》レナリアの、哀しき慟哭が響く。


 そしてナクトもまた、この別れに、悲嘆の声を漏らし――


「生命力が尽きたのか。じゃ、生命力を回復してあげよう。よいせ、っと――」

「リーン様ぁ――……えっナクト師匠、えっ。……ふ、ふえええっ!?」


 慟哭から一転、レナリアは呆気にとられ、続けて慌てふためき、リーンを支える片腕は残して、もう片方の手で顔を覆っていた(指の隙間は大きかった)。

 なぜならば、ナクトがマントを大きく開いたから。開いた、という事は……つまり。



 そこには、ナクトの――(見た限りでは)〝全裸〟があった――!



 レナリアにとっては見慣れ……いや見慣れていない。誤解を招くの、よくない。

 とにかく、既にして突飛すぎる行動を取っていたナクトだが、更に次の瞬間。


「な、なな、ナクト師匠っ、なにを、ななっ――へ? ちょっ……ふにゃあああ!?」


 あろう事か、ナクトはマントを閉じ、その内側にリーンの体を招き入れた。レナリアは、何だかもう、さっきから叫ぶしかない状態だ。


 それにしても、何という猥褻行為。しかも力尽きた少女に、許される行いではない。

 ない――はずなのだが、しかし。


「……ぅ。ぁ、あ………あたたか、い? ……えっ……わたくし、一体……?」


 何と、生命力が尽きたはずのリーンが、目を覚ました――覚ましてしまったのだから、これはもう立派な救命行為だ。文句は言えない。


〝全裸マント救命タイム〟だ。


 とはいえ貞淑なリーンにしてみれば、初めて直接触れる男性の体、そして温もり。困惑してしまうのは、当然の道理で。


「な、なな、ナクト様っ、な、なにをっ……」

「よかった、目が覚めたな。これは《世界連結》――今このマントの内側に、〝生命〟の力を満ちさせている。……大丈夫だ。すぐ元気になれるから、暫く休んでいるとイイ」

「えっ? あ……は、はい。あ……んっ、ふ、あっ……ぁ」


 けれどリーンは早々に、ナクトの行為に邪な感情がない事を、言葉ではなく心で悟った。そうなると、その温もりに、その感触に、並々ならぬ安堵感を感じてしまう。


(温かい……ナクト様の、温もり……わたくしを、守ろうと、してくれている……慈しんで、くれている。……心が、伝わってくる。裸の、心が……裸、の?)


 とろん、と蕩けるように、リーンの瞼が閉じられていき。



(そう、そうなのですね――今、完全に理解しました。〝裸〟――それこそが――)



 何かを悟ったような、満足そうな笑顔と共に、リーンは穏やかな寝息を立て始める。

 もう命に別状はないだろうし、消耗した力もすっかり元通りになるはずだ。


 ナクトがリーンの回復を確認していると、レナリアも、ほっ、と安堵の息を吐き。


「リーン様、良かったです~……それにしても、まさかマントの中で回復なんて、何だか……

(……うらやまし……っていえ、違いますよ。何だかそれじゃレナリアが、はしたない娘みたいじゃないですか! そうじゃなく、気持ちよさそうで良いな~、って……いえいえそれも変な意味っぽいじゃないですか! そういう意味じゃなく――!)」


「レナリア――どうかな、イイ感じじゃないか?」

「はい、とっても。……って、ふえっ!? やっ、今のは、今のは違っ――」

「《魔軍》とやらは撃退できたし、皆も無事のようだし……本当に、良かったよな」

「え? ……あっ!」


 ナクトの言葉の意味に、少し遅れて気付いたレナリア。

 彼女の勘違いには気付いていないが、ナクトは――天を覆っていた邪気が晴れ、顔を見せた月が静かに輝くのを見上げて、締めくくる。


「《水の神都アクアリア》と――《水神の女教皇》リーン、救援成功だ――!」

「! ……はいっ、ナクト師匠っ♪」

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