2-08

 さすがに戸惑うナクトだが、リーンの興奮は止まらない。


「わたくし、昨晩、ナクト様に助けられ……そのマントの中で生命まで救って頂いた時、教わりました。あの温かさ、慈しみ……邪な心などない、裸の心。事実、マントの下で、裸だったナクト様――そう。裸こそ……〝全裸〟こそ、この世の真理なのだと――!」


「いや、そんなコト教えた覚えはない。大体、俺は裸じゃなく《世界》を装備して――」

「もちろんですっ! ナクト様の境地に、ただ裸になったからとて到達できるなど、驕り高ぶった考えを抱くはずはありませんっ。むしろそれは、《全裸神》ナクト様への不敬……罪深く、愚かしい思想ですっ!」


 まずその《全裸神》から止めてほしいんだけど、と新たに妙な肩書を付与されたナクトが口に出すより先に、リーンがおもむろに彼の手を両手で握りしめて。


「で・す・の・で~……ナクト様っ♪ こちらへ、いらしてくださいっ♪」


 柔らく滑らかな手で、踊りに誘うように手を引いてくるリーン。その楽しそうな様子だけを見れば、子供っぽさも感じる。様子だけを見れば。

 そうしてリーンが導くままに、ナクトが大聖堂を出ると、時間が経っているためか民衆達の姿が見られるようになっていた。

《魔軍》の襲撃があった直後だ、復旧作業に勤しんでいる者がほとんどで、さすがにその顔は浮かなく、どこかそわそわと、もじもじとして――……。


 いや、何か、様子がおかしい。


「リーン? 何となく、だけど……皆の様子、変じゃないか?」

「さすがはナクト様っ♪ はい、その通り……先ほども申し上げました通り、いきなり全裸になんて、ナクト様への不敬ですっ。ですので……♪」


 リーンが顔の横で両手を合わせて微笑んでいる、その間に――もじもじとしていた民衆達が、ナクトへと語りかけて。


「あ、あ、あなた様が、私達を救ってくれたお方、ですのねっ……か、神様のようにお強く、慈愛に満ちていると、き、聞いて、ぇ……は、はうぅ~~っ……!」

「ふ、ふえぇん……す、スースーして、落ち着きませんよぉ……ふえぇぇんっ……」

「よォ兄ちゃん、装備はちゃんと身に着けないと意味がないぜ。下着もまた然りなんだぜ。うっ、ううっ……!」

「う、うぬゥ、騎士たる者が、何たる羞恥! しかし不思議とクセになりそうだ……」

「私は元からなので、別に平気です」


 ……やはり、何かがおかしい。いや、おかしいなどというレベルではない。

 老若男女を問わず、ほとんどの人間がもじもじと身動ぎしている。そして、気にしている部分は、決まって下半身――女性なら胸元を気にしている者もいた。


 まさか、これは――《水神の女教皇》が、そこで明かした真実とは――!


「《全裸神》の教義を広めるため、まずはこの《水の神都アクアリア》から!

 七日間に一度――〝下着の着用を禁ずる〟日を設けたのです――!」

「なんてコトを。なんてコトをしてしまったんだ、リーン」


 こう見えてナクト、結構本気で困惑している。

 リーンは、何というか、思い込みの激しい所があるのかもしれない。突っ走り始めたら一直線なのは、レナリア以上だろう。

 全く、本来は清廉で潔癖な人柄だろうに、困ったちゃんで――


「も、もちろん、わたくしは、この教義を広める者の、責任として……んっ♥ ……逆に七日間に一日だけ、下着を身に着けるのです……きょ、今日が、どちらの日か……ナクト様が、もし、必要とされるなら……確認、して頂いても……構いません、よ?」

「リーン、必要なんて言ってないぞリーン。聞いてくれリーン」


「ふ、二人きりで、ですからねっ。で、ではどこか、お部屋へ……参りましょう……?」

「確認するとも言ってないんだリーン。頼むから一度、落ち着いてほしいぞリーン。何か俺〝リーン〟が語尾みたいになっちゃってるんだリーン」


 耳打ちしてくるリーンに、ナクトも何だか、おかしなテンションになってしまう。

 ちなみに〝下着着用禁止〟という、とんでもない教義を強いられている住民達は、リーンをどう思っているのだろうか……?


「う、うう……あの清廉潔白で貞淑なリーン様が、急になぜ、こんなっ……」

「……いいえ。あのリーン様が何のお考えもなしに、こんな教義を広めるはずがないわ! これはきっと、女神の御意思、神託……私たちが乗り越えるべき、試練なのよ!」

「我々は、リーン様を信じるっ! 信じるぞォォォォ!」

 実力も実績もあるカリスマの言葉って、〝世界〟を変える可能性あるな、とナクトは遠い目をしながら思うのだった。



 ―――《水神の女教皇》、リーン=セイント=アクエリア。

 世界最高峰の〝水〟属性の使い手にして、女神信仰の権威。

《神器クラス》たる《水神の聖十字》に選ばれ、《女教皇》という位にありながら、己の地位を一切鼻にかけない謙虚さで、他者を常に慮る慈しみに満ちた、清廉なる人柄。

 慎み深く、色事に溺れる事などありえない――純白の乙女である。


 色事に溺れる事などありえない――純白の、乙女である―――………

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