1-04

 この〝危険領域〟で採れた木々や岩石によって造り上げられた家は、制作者たるナクト自身が自慢したくなるほど大きく、何より頑強だった。

 今までは人どころか、その辺りをうろつく大量の魔物さえ侵入できた事はない。


 だが今日に限っては、一人の……それも絶世と呼んで過言ではない美少女が、客として入っている。寝苦しいだろうと、ドレスのアーマー部分はさすがに外して。


「う、うぅ、ん……? ……ここ、は……?」


 これまたナクト制作のベッドの上で、不死鳥フェニックスの羽で作った毛布(心身を継続的に癒してくれて、常にほんのり温かい)を捲ったのが、その当人。

 レナリアが寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくり、ゆっくりと、上半身を起こすと。


「ふにゃ……ここ、どこでしょぉ……何だかすごく、気持ち良い目覚めでぇ……」

「レナリア、起きたか。具合はどうだ?」

「――ひゃいぃぃっ!? あっ、なな、ナクト殿!? あ、ええと、はれっ!?」

「大丈夫そうだな。元気だし。起きられるか?」

「あ、は、はいっ。あれ、なぜ私、眠ってしまって…………あっ」


 ここへ来る直前、何が起こったのか思い出したのだろう。かっ、と赤らんだ顔を両手で覆ったレナリアが、細い指の隙間からナクトを見ていた。

 一方、ナクトは彼女の赤面の意味が良く分かっていないようで、気遣いの声をかける。羽織っているマントから、ゆっくりと手を伸ばして――


「まだ、体調が優れなかったか? 顔が赤いし、熱があるんじゃ? どれ――」

「い、いえ、大丈夫で……ってナクト殿、マント! マントがめくれちゃいますよ!?」

「ああ、安心してくれ。このマントの下は――レナリアが気を失う直前と、同じだぞ」

「ああ、では安心ですね! ………いえちっとも安心ではないのですよ!? だ、だだだって、そのマントの下って、ぜ、ぜ、ぜっ……あわわ」


「? おかしな反応だな……俺の〝装備〟くらい、キミだって、常日頃からしょっちゅう見ているだろうに」

「いえ私を何だと思っているのですか!? あれが初めてですよ、見たのなんてーっ!?」


「そうか……今まで、見ようとしてこなかったのか……それは、気の毒に……」

「なぜか憐れまれていますー!? み、身持ちが固いんです、私はっ! 別に恋愛経験ゼロだからって、気にしてませんしっ……本当に気にしてませんしーっ!?」


 何やら微妙に、話が噛み合っていない気がする、が……レナリアは暫く、顔を真っ赤にしたまま、不思議な弁解を続けていた。



 そしてようやく、レナリアが少し落ち着きを取り戻した頃、向かい合って座りながら、改めて自己紹介を交わす。


「こほんっ。では、改めまして。私は、レナリア――レナリア=ラ・ティア=リア・ルーチェ、と申します」

「俺はナクト。姓はない。ただのナクトだ」

「は、はいっ。……それで、もうお気づきかもしれませんが……その、私は」


 少し言いにくそうにしていたレナリアだが、覚悟を決めたのか、自身の胸に手を当てながら、正体を明かした。


「私は、人類最大にして最後の砦たる《光の聖城クリスティア》の、第一王女にして。

 ――《光冠の姫騎士プリンセス・ナイト・ティアラ》、レナリアなのです――」


「そうなのか。そこは、どこなんだろう? 《姫騎士》って何だ?」

「あの今、私すっごく恥ずかしい子みたいになっていませんか? お痛ましい感じになっちゃってません?」


 せっかく落ち着いたというのに、また顔色が朱に染まりだしたレナリア。しかし今回は持ちこたえたらしく、説明を続けてくれる。


「ええと、《光の聖城クリスティア》は、この地を出てすぐ北にある、大きな城下町の中心にあるお城です。先程の魔物との戦いで、言伝を頼んだ場所の事ですね」


 次に、レナリアは右手を自身のティアラにかざし、どことなく誇らしい顔で言った。


「そして《姫騎士》というのは……世界最高の《神器クラス》の装備である《光神の姫冠》に選ばれた者にのみ授けられる、唯一の称号なのです。ふふっ、《神器クラス》の装備に選ばれるのは……ちょっぴり、凄い事なんですよっ♪」

「その割にはさっき、その辺の弱い魔物にも、結構てこずっていたような」

「うぐぅ!? いえ、よ……弱くなかったですよ! あんな魔物、この地以外にはいませんしっ……この《神々の死境デス・トピア》のレベルが高すぎるんですっ!」


 なるほど、そうなのか、とナクトは納得し、レナリアに感心した声を向ける。


「そっか……ここって《神々の死境》っていうんだな。教えてくれてありがとう」

「いえ超有名な〝危険領域〟なのですよ!? どうして知らないのですかーっ!?」

「そう言われてもな。俺は多分、生まれた時から、この地で……ずっと一人だったし」


「………えっ? ずっと……一人、で?」


 隠す事でもない、とナクトがあっさり明かした事実は、レナリアに大きな衝撃を与えているようだった。

 一方、ナクトは至極マイペースに、己の境遇を説明している。


「たまに迷い込んでくる人間なんかもいたが、良くて瀕死、意識不明の重体だったからな。そういうのは、比較的安全な森の出入り口辺りに運んでやっていた。だから、こうしてまともに話しができた人間は、実はレナリアが初めてなんだ」

「! そう、でしたか……私が、初めて……」


「ああ。言語や人間社会の常識なんかは、この地……《神々の死境》だったか? ここの奥地の遺跡や建物に遺された書物があって、それで学んだ。他に人はいないし、充分かまでは確認できないのが難点だけどな。確か、女の子には優しくするモノなんだろう?」

「え、と、それは、人それぞれですが……ふふっ、そんなナクト殿のおかげで、レナリアは、助かりました。……でも、そう……苦労、なさってきたのですね……」


 そうでもないんだけどな、とナクトは思うが、レナリアは手の甲で軽く目頭を擦り、潤んだ眼を誤魔化すついでに本棚へ手を伸ばした。


「ふふっ、こういう本で学んだのですね。一体、どんな事が書かれて――……いやあの、読めないのですけれど、コレ。えっ、これなんっ……う、失われた文明の、古代文字? こっちは……神々の、神字? えっこれ、えっ、ナクト殿、読めるのですか?」

「まあ時間は腐るほどあったし、他にするコトもないからな……といっても、大して役立つようなコトは書いてないぞ。思想とか、雑学とか、そんなのばかりだ」

「そ、そうなのですか……いえそれでも、歴史学者達が喉から手を伸ばしてでも、欲しがりそうなものですけれど……」


「この世界の真理とか、天の向こうに宇宙というのがあるとか、そんな程度の話だし」

「せかいの、しんり? うちゅー?」


 あまり知らない話だったらしく、きょとん顔が止まらないレナリア。

 対してナクトは、彼女と出会ったおかげで得た情報により、腑に落ちた顔をしている。


「でも、なるほどな……レナリアが言っていた、『装備が力を与えてくれる』という言葉。おかげで、その意味がよく分かったよ。《神々の死境》だなんて呼ばれている危険領域で、俺が生きていけるのも……俺の〝装備〟のおかげだったワケだな」

「うちゅ~………はっ!? そ、そうっ、そうでしたっ! 結局、ナクト殿は……一体、どんな〝装備〟を身に着けているのですか!? あんな桁外れの力、初めて見ましたよ!?」


「え。いや、だから見せただろう? レナリアが失神する直前に」

「いえ見たままだと、ぜっ、ぜ……な、何も身に着けていないように見えたのですっ! 気を取られて、見逃したのでしょうけど……と、とにかくっ、一体、どんな装備を!?」

「見逃しているはず、ないんだけどな。……でもまあ、分かった。至極簡単な話だ。いいか、レナリア」


 固唾を呑んで待つレナリアへと、ナクトは包み隠さず、答えを出した。

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