1-05


「俺が〝装備〟しているのは――《世界》だ」


「なるほど! …………………せかい?」

「そうだ。な、簡単だろう?」


 そう、簡単――その簡単な答えに、レナリアは。


「……はい、いえ……いえ、分かりません! せ、《世界》を装備する、って……ぞ、属性は、どうなるのです!? 装備から引き出せる力は〝五大属性〟……火・水・風・土、そして光の、五つに基づき……人間はその内、一つの属性からしか、力を得られないはずです! 私のティアラなら、〝光〟というように……《世界》が装備だというなら、一体……」


「皆、一つの属性しか使えないのか? ……それ、不便じゃないか?」

「いえそれが普通なんですってば! 複数の属性を操れるなんて、聞いた事もありませんし……ナクト殿だって、魔物相手に炎の能力を使っていましたし、〝炎〟がナクト殿の属性なのではっ……?」

「いや、そんなコトはないぞ。――ほら」


 見せた方が早いか、とナクトが右手の人差し指を立てると、小さな旋風が起こり――ふわり、木のコップ(ナクト製)を浮かせ、向かい合う二人の間に一つずつ置かれた。

 それだけでもレナリアは、ぽかん、と小さな口を開いていたが、まだ終わりではない。

 何もない空間に発生させた水を、宙でぐるぐると回しながら、火を灯して熱した。適度に煮立ったところで、先ほど回収しておいた、炭化したローパーの触手を加える。

 残渣とはいえ、さすがは世界樹の魔物、良質な生薬にもなるのだ。

 レナリアいわく〝ありえない〟、複数の属性をあっさりと行使しつつ、ナクトは自身の能力につけた名を述べる。


「俺が装備している《世界》が、俺に力を借してくれる。

世界連結ワールド・リンク》――火も水も、風も土も――光も、俺の味方だ」


 言い終えたのと同じタイミングで出来上がった〝世界樹茶〟が、風に乗って二人のコップに注がれる。レナリアはまだ固まっていたが、ナクトはゆっくりと茶をすすった。


「ズズ。うん……マズイ」

「……………ふぁっ!? な、なな、なんで、どうして……だって一人の人間につき、一つの属性しか扱えない、できない、って……だって、それが決まりでっ……」


 目の前で起こった出来事が受け入れがたいのか、目を回す勢いで戸惑うレナリア。

 そんな彼女に、けれどナクトは、落ち着いた声を投げかけた。


「扱えない、できない、っていうのは……誰が、決めたんだ?」

「えっ。そ、それは……昔から、決まっていて……実際、できる人なんて、いなくて」


「つまり結局、人間が勝手に決めた物差しだ、というコトだよ。ここまでが限界、これ以上はできない、と。俺達にとって見も知らぬ、昔からの他人達が、な。そんな他人達の決めつけに縛られるなんて、窮屈だろう?」

「! それは……」


 何か思い当たる事でもあるのか、レナリアは沈黙し、俯いてしまう。

 そんな彼女へと、ナクトがかける言葉は、包み込むように穏やかで。


「レナリア。《世界》ってそんなに複雑でもないし、意地悪でもないぞ。

 できないコトばかりじゃない――《世界》はキミが思うより、素直で、自由なんだ」


「―――――!!」


 はっ、と勢いよく顔を上げたレナリアが、じっ、とナクトを見つめる。

 ナクトの言葉は、レナリアにとってあまりにも常識外れで、信じがたいはずだった。

 けれど彼の言葉は、その声は、不思議なほどの説得力を持って――レナリアの心に、すとん、と落ちてゆく。

 しばらく、二人はそうして見つめあっていたが、レナリアは粛々と語り始めた。


「……ナクト殿、私の《姫騎士》という称号は……当代において唯一《姫冠》に選ばれた者に授けられる、人類を……そして世界を救う者に、与えられる称号なのです」

「そうなのか。けど……〝世界を救う〟っていうのは、どういう意味だ?」

「はい。当代において、《姫騎士》が必要となる事態――今、世界は滅亡の危機に瀕しているのです」


 世界を危機に陥れる、その原因となる存在の名を、レナリアは口にした。


「魔物、魔族、魔獣、魔竜――あらゆる〝魔〟を集結させた、人類最悪の敵対存在。

魔軍デモン・スウォード》が――北の最果てから、襲来してきているのです」


 元々、真面目な性格なのだろうレナリアの真に迫る言葉は、事態が只事ではない証明で――同時に、沈んだ表情は状況が切迫している事を、言葉より雄弁に示していた。


「だからこそ、私は《魔軍》に抗う《姫騎士》として、人々の希望になる必要がありました。ですが、もうお察しだと思いますが……私に、そんな力はありません。ただ、このティアラに選ばれた……それだけです。私は……〝偽りの希望〟なのです」


 どれほどの重責に、苛まれてきたのか。レナリアの表情は晴れぬまま、言葉は続く。


「この《神々の死境》にやってきたのも、神の遺物たる強力な装備を求めての事です。少しでも、《魔軍》に抗う力を得るために。ですが私は、最初に出会った魔物にさえ、歯が立たず……情けなく、怯えるばかりでした。……けれど……でもっ!」


 レナリアは、その円らな目に希望の輝きを湛えながら、ナクトに詰め寄り両手を握る。


「私は、あなたに……ナクト殿に、出会いました! 《世界》を装備するというのは、話が大きすぎて、まだレナリアには理解できません……ですが、ナクト殿の力なら、きっと《魔軍》とも戦えるはず! ナクト殿、どうか……どうかっ!」


 目を潤ませたレナリアが、最後まで言いきる前に――ナクトは、口を開いた。


「《魔軍》とかいうのが、どれくらい強いのか、よく分からないが――でも、そんな危機を知らされて、この地で黙って滅びを待つ理由もない」

「! な……ナクト殿!」

「俺が、その《魔軍》とやらと戦おう。当然だ、《世界》が滅ぶなんて――そんなコト」


 ぐっ、と握り拳を作ったナクトが、高らかに叫ぶ――!


「《世界》を――俺の唯一の一張羅いっちょうらを、滅ぼさせてなどやるものか――!」

「そ、そういう理由なのですー!?」


 何だかズレている気はするが、ナクトはやる気満々らしい。


 だが、〝人々の希望〟として懸命に立ってきたレナリアもまた、全てをナクトに託して待っているような、無責任な少女ではなかった。


「ナクト殿。ありがとうございます……けれど、私も力足らずとはいえ《姫騎士》の称号を与えられた女。当然、共に戦います。ただ……ナクト殿にしてみれば、面倒な事かもしれませんが……もう一つ、お願いがあるのです」


 お願い、と聞いて首を傾げるナクトを、レナリアは真っ直ぐ見つめる。


「ナクト殿が先ほど言った、『他人の決めつけに縛られる』というお言葉……身に沁みました。私も今まで、身の丈に合わない〝人類の希望〟という重圧に縛られ、圧し潰されていましたから。……ですが!」


 その美しく円らな瞳は、どこまでも真っ直ぐで、強い輝きを秘めていた。


「それでも私は――逃げません! 今の私が〝偽りの希望〟なら、強くなって、その偽りを〝真実〟に変えてみせます! そのために、どうか、ナクト殿……いいえ!」


 ナクトの両手を再び握り、レナリアは頬を紅潮させながら懇願する。


「ナクト師匠――! どうか私を、レナリアを――弟子にしてくださいっ!」

「……うん? 師匠って、俺か? 弟子、って、そんな――」

「はいっ! どうか、この不肖の弟子にっ……レナリアにっ――」


 ぎゅっ、と握った両手に力を籠め、潤んだ眼に更なる決意を上塗りしながら。

 この美しい少女が、容貌同様の美しい声で、目一杯に叫んだのは。



「〝全裸〟を、いえ――〝全裸の世界〟を、ご教授ください――!!」



 何とも誤解を招きそうな、どえらい一言が、樹海に響き渡ったのだった――


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