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 知っている人はいません。服装も年代もさまざまで、Tシャツだったり、スーツだったり、ひげ面のおじさんもいれば、長い髪の毛を後ろで束ねて腕まくりをしている若い女の人もいます。

小さなカメラをマコトくんに向けている人もいます。

 そういえば、先生も、いつもの緑の色あせたジャージではなく、襟に細いフリルがついた真っ白なブラウスの上に青いブレザーを着込んでいて、別人みたいです。

「気がついたようですね」

 キムラ先生がたずねると、マコトくんは不安げにうなずきました。

 マコトくんを見つめ返した先生は、ためらっているのか、しばらくの間黙っていましたが、やがて静かに話し始めました。

「今朝は、授業を始める前にお話ししておかなければいけないことがあります」

 いつものキムラ先生は、「それでは授業を始めましょう」と元気に言うので、マコトくんはしゃきっと背筋を伸ばして座り直します。

 でも、今朝はちょっと違っていて、口調もどこか沈んだ感じです。

 先生は、ちらりとマコトくんの斜め前の机を見やりました。

 小さなマーガレットの花が、銀色の一輪ざしにさしてあります。

「三か月前、五年のキリュウサナエさんが急病にかかって亡くなりました。覚えていますね」

 あまり話はしなかったけど、教室の中で騒がしく駆け回るマコトくんとは反対に、すいと教室に入ってきて、授業中は窓際の席で外をぼんやり眺めていて、帰りも同じようにすうと出ていく。キムラ先生に質問するときだけは、はっきりと大きな声でまっすぐ前を見て話す。

 そんな様子を思い出しました。

「それから、四年だったアスカイタイヘイくん」

 先生の視線が、マコトくんを通り越して一番後ろの机に移りました。

 ここにも、小さなガラスの花瓶に同じようにマーガレットがさしてあります。

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