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 ご飯を全部食べおえてから、マコトくんは、干物の柔らかい白身をたいらげて、味噌汁をすすりこみました。小松菜がさくさく心地よい音をたてます。

「ごちそうさま」

 箸を置いた途端、アヤネさんは、ちょっと眉根にしわをよせました。

「味噌汁、ご飯、おかず、ご飯、おかず、味噌汁。少しずつ順番に食べなさい」

 毎朝言われているのですが、すっかり忘れていました。

 マコトくんはうなだれました。

「ごめんなさい」

 よほどすまなさそうに見えたのか、アヤネさんは笑いだしてしまいました。

「明日からは気をつけなさい」

 はあいと答えながら、マコトくんは黒いランドセルを背負うと、玄関へと向かいました。


「いってきまあす」

 広い格子戸を開いて石畳の上をけんけんで進み、瓦葺きの門から飛び出しました。

 柔らかい日差しがぽかぽか心地よく、三月にしては暖かくてよい天気です。

 小川の水も温かくなっているかもしれない。

 マコトくんは、いつも大人から言われている通りに、枯草の間の新しいツクシを踏まないように注意しながら、草むらをおりて川をのぞきこみました。

 澄んだ流れの中をヒラブナの黒々とした影が泳いでいます。

 目の前には、乾いてひび割れた土がむき出しになった田んぼが広がります。

 水が引かれていない水路も、すっかり干上がったままです。

 ちいちいと鳴き声が聞こえてきたので、田んぼの向こうの雑木林に目をこらすと、ツグミがはばたいていくのが遠目に見えました。


 こんなに気持ちがいい日に学校に行くのはバカらしい。机に座って先生の話を聞いたり、黒板の字を書き写したりするのは退屈でしょうがない。

 そんな考えがマコトくんの頭をよぎりましたが、あわててうち消しました。

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