さいごのさいごのさいごの授業

安岐ルオウ

P1

 障子窓から柔らかい朝陽が射し込んできました。

 太くて古いすすけた梁と、その向こうの高い天井の木目が見えます。

 うっすらとまぶたを開いたマコトくんの小さな鼻を、かつおぶしの出汁のいい匂いがくすぐります。

 薄い布団にくるまっていたマコトくんは、その匂いを思いきり吸い込んでもぞもぞ動きました。

 そばがらの枕がざらざらと音を立てます。


 囲炉裏部屋からアヤネ小母さんの声がしました。

「マコトちゃん、ご飯よ」

 寝ぼけ眼をこすりながら寝間着を脱いで、薄手のセーターに袖を通しました。

 障子戸を開くと、小ぶりの漆塗りのお膳台に朝食の支度が整えられていました。

 白いご飯はつやつやしていて湯気が立ち、香ばしい匂いがします。

 味噌汁の具は、ざっくりと切った小松菜です。

 アジの干物は脂がのって、ふっくらとよい焼け具合です。

 焼き海苔は軽くあぶられ、ぱりっとしています。


 アヤネさんが土間から部屋に上がり、マコトくんの斜め向かいにお膳を置いて座りました。

 マコトくんは、縞黒檀の箸を手に取ると、両方の人差し指と親指の間にはさんで、手の平を合わせました。

「おはようございます。いただきます」

 ここに住むようになってから、アヤネさんに教わった朝ご飯の挨拶です。

 アヤネさんはマコトくんを見て、ゆっくりとうなずきました。

「はい、召し上がれ」

 マコトくんは、海苔を取ってご飯の上にのせ、ばりばり音をたてて巻くと、ぱくりと一口でいきました。

 磯の香りとあつあつの白米が混ざり、幸せな味がします。

 次の海苔は醤油皿にひたひたに浸してご飯をかきこみました。これも格別のおいしさです。

 髪をぴっちりとまとめ、薄い茶色の着物の上に真っ白な割烹着を羽織ったアヤネさんは、マコトくんの食べっぷりをしばらく見ていましたが、少ししてから、自分もご飯を箸の先で上品にすくい上げ、口に運びました。

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