エンカウンター・アドミラル

・俺



「……っと抜けたぁっ!!ってなんだこりゃあ!!」


 例の不思議空間をほんの数分で抜け、突入時と同じ速度で宇宙空間に飛び出たと思ったら目の前には大量の宇宙船。しかもどれもこれも重武装。


 しかも色んな帯域で無線が飛び交っていて、この船に宛てられたものや全体域無差別通信もあるようだ。けど対応する間も無い。推進スラスターを全部オフにしてもこの勢いのままだと宇宙船にぶつかるぅ!


「アステール、とりあえずこの船宛ての通信は繋げ!」


『了解』


『……繋がったか。こちらプラム連邦第82機動大隊。提督のブラウンと言う。……貴艦に話を聞きたいが、今はどうも難しいようだ。なので少々荒っぽい方法で止めさせて貰う!逆噴射は可能か?』


「可能だ!だけど艦首が破損してるからあんま激しくは出来ない!」


『了解した。すぐに逆噴射を行ってくれ。貴艦にこちらからアンカーを刺す。場所は艦尾だ。人員が居るならすぐに退避して欲しい』


「大丈夫だ、既に皆艦橋に居る!すぐにでもやってくれ!」


『了解だ。……対象小隊発艦せよ!』


 その声と同時に逆噴射のスロットルを押し込み、可能な限り噴射を行う。葉巻型二本が並んだのがこのグウィバーだ。そのうち右側の先端部分の主砲一基分辺りまで喪失しているから艦首での逆噴射能力は実質半減している。

 メインスラスターの上下に設置されているサブスラスターにも逆噴射機能は付いており、現状ではそれが一番出力を持っている。どれも傷だらけではあるが、問題なく動いているのはあの乱戦をくぐり抜けた後だともはや奇跡だろう。


 と、ここまでワープホールを抜けてから結構時間が経っているけど、この機動大隊だったか?の艦隊は今だ途切れない。既に数百隻は視界に入ったと思うんだが……宇宙規模の大隊は文字通りの大隊か。


「アステール、最初との速度比は?」


『減速開始時より三割減。おそらくアンカーも狙えるかと。……接近物体複数有り』


 レーダーを見ると高速で近づく三つの光点。艦尾のカメラをモニターに出すと、何やら戦闘機っぽいのが近づいていた。


『現在そちらに戦闘機小隊を派遣した。数十秒後にはアンカーが発射されるだろう』


「了解した。みんな、聞いての通りだ。あと少しで無理やり止まるとさ」


 減速するにつれて少しずつ大きくなる戦闘機。だけど形状に違和感がある。

 なんか……見覚えあるような?


「アステール、カメラをズーム出来るか?できるだけ高解像度で」


『了解しました』


 ズームされた後、画質の荒さが調整され後ろから追ってきているのが何かが鮮明にわかった。


「が、ガン○ムじゃねーか!」


 燃え上がったり、某どこぞの彗星みたいなのが居そうな国家のロボの見た目だ。つまり人型。確かに人型ロボがあるとは聞いていた。だけどまさか実用化されてるとは。もしかしてとある理由で艦載機は少ないとどっかで見たけど、俺の知っている艦載機は戦闘機じゃなくて人型ロボなのか?


「アステール、後で落ち着いたらあの人型ロボに関して情報を集めてくれ。あれはロマンだ」


『了解しました』


「リュウ……なんか必死?」


「メーデン、あれは男のロマンなんだ。旧世紀の男にとってはロマンなんだ」


「う、うん……前と、変わら……ない?」


 そう、ロボはロマンだ。ドリル、波○砲、に並ぶ、いやその全てを含んでいるともされる最高のロマンだ。メーデンもよく聞こえなかったがわからないと言ってたみたいだし、ゆっくりと布教していこう。


 そんなふうにロマンに浸っていると、さっきまで居た乱戦の時とはまた違う衝撃が船を襲う。


『メインスラスター付近装甲板にアンカー。各戦闘機による制動開始』


 速度の値が一気に下がり、まるで電車が止まる時みたいな感覚になる。前にぐーっとなるような感じ。


『こちら艦隊旗艦、戦艦級戦闘空母ラサマ。本艦の甲板に貴艦を繋留する。それまで待機されたし』


「了解。名乗り遅れた、こちらは300メートル駆逐級宇宙船グウィバー。その艦長リュウだ。よろしく頼む。船の繋留を任せた」


『任された』


 グウィバーの逆噴射と後ろから引っ張られることで慣性もほとんど無くなり、前に動いているようには感じない。

 ここでようやく俺は背を椅子に預け一息つくことが出来た。


「リュウ、お疲れさま」


 メーデンがトコトコこちらへ来て、いつの間に用意していたのか濡れタオルを渡してくれた。それを受け取り額などを拭きながら俺は皆の方をむく。


「みんな、船をかなり振り回して怖がらせたかもしれないが……生き延びたぞ」


「くぅー、お前すごいな。俺は正直死ぬかと思った」


「私もだね。無理にでも本庁の彼らが乗った脱出船に乗ってれば良かったかと思ったよ」


「お前らな……」


 オッサンの娘さんはどこか恨めしそうにこちらを見ながら気に入ったのかいつの間にかゴスロリメーデンを人形のように抱えている。でも感謝するように頭を下げてきた。


「俺も最後のミサイルは焦ったけど。でもミサイルはワープホールを抜けられないって気づいて気を抜いた瞬間にこれだったからなあ。さすがにこの数は予想外だった」


「まさかワープホールを抜けたらこんなに大艦隊がいるとは……ってリュウくんは気がついていたのかい?」


「まあな。アステールがワープホールのネットワークに侵入した頃にそのネットワークを経由した通信が来ていてな。その時は対応する余裕が無かったけど、それでこっちに連邦が居るんだなってのは予想してた」


「そうなんだね。でも連邦艦隊とはいえ敵だとは思わなかったのかい?」


「そこまで考えてなかったな。連邦かそれ以外かで考えてた」


「それは危険だと思うなー」


 まあな。でもあの状況で通信とかは見れないよ。そこは許してくれ。

 すると、いつの間にか移動していたのか気がつくと真横には巨大な船体が真横に迫って、船はその空母とやらに接舷寸前だった。


『間もなく接舷する。少々揺れるぞ』


 するとすぐにゴンと金属同士がぶつかる振動と音が。やはり宇宙空間とはいえ実際にぶつかると艦内では鈍い音がするのだ。

 モニターには空母側の接舷ハッチがグウィバーの生きていたハッチに接続される。


「こちらグウィバー。接舷完了を確認」


『了解した。気圧室を解放する。すぐにそちらへ向かう。そちらの気圧室を解放してもらいたい』


「了解。アステール、頼む」


『了解しました』


 モニターの艦の表示を改めて表示すると艦はあちこちで赤くなって破損だらけだが、気圧室が解放された表記も出た。


「よーし、ようやく安全って言える場所に来たな」


「うん。行こう」


 メーデンの手を握り、俺たちはアステールの案内で……


『マスター、安全のためにコアブロックを所持して頂きたく』


 コックピットの椅子の下からメタリックな緑色のルービックキューブみたいなのが出てきた。

 コアブロックと言われたら確かにそう見える。


『既に本艦には擬似AIを構築しています。私の存在の隠蔽のためマスターにはそのコアブロックを所持しておいて頂きたいのです』


 確かにアステールの存在は異質だ。アステールレベルのAIは普及しているが、万一に備えて損は無い。


「なるほどそういう事か。分かった。持っておこう」


『お願い致します。コアブロックはルービックキューブとして機能しますので、手慰みにどうぞ』


「いやその機能はいらん」


 俺はそのルービックキューブもといコアブロックをポケットにしまって船底近くの生きているハッチに向かう。





「はじめまして。改めてプラム連邦第82機動大隊提督のブラウン・ジュノーという者だ。君がリュウ艦長だな?」


「そうです。300メートル駆逐級宇宙船グウィバーの艦長、リュウです」


「相棒のメーデン」


「わかりました。では早速私の部屋でコロニー周辺の事情を聞かせていただきたい。丁重な出迎えも出来ないことを心苦しく思いますが、国家の危機となりうる事象。是非とも協力を」


「構いません。では行きましょう」


 俺たちが入ったのはさっき通信で名乗られた戦艦級戦闘空母ラサマの中だ。擬似重力は当然機能しているが空母と言うだけあって中は狭い。常にどこかから工作機械の音が聞こえ、いつでも戦えるよう備えていることが感じ取れる。


 十分ほど歩くとやたらと豪華だがどこか堅実な部屋にたどり着く。入るよう促され、そのまま椅子に掛ける。


「さて、君たちは向こう、つまりスオームコロニーから出発し、かの軍勢を抜けこちらへたどり着いた。……向こうは何があったのだ?」


「なるほど、そちらは状況を把握出来ていないと。こちらが情報を提示する前にそちらが有している情報を知りたい。奴らはなんだ?」


「そちらは奴らについて知らないのか。ふむ……奴らは有り体に言えば宙賊だ。ただしどこの所属かを悟らせないよう様々な組織の艦艇を有している。我々プラム連邦のパトロール用駆逐級艦艇、隣国群の駆逐級艦艇など。我々はワープホールの管理施設から得られた情報以外を有していない。管理施設のカメラからではコロニーの様子は見えず、コロニーへの通信も出来ないのだ……」


「コロニーの現状については私が話しましょう」


「失礼ですが貴女は?」


「私は元スオームコロニー本庁医療機関コールドスリープ対応部所属のアンジュと申します」


「本庁の医官の方でしたか。貴女がここにいらしたということはつまり本庁の機能は生きていると?」


 すると金髪真紅の瞳の医官ことアンジュは首を振る。それを見てあからさまに方を落とした提督さん。ちょっと、立場があるんだからもうちょい隠しなよ。


「まずコロニーが攻撃を受けた直後、私を含めた医官などは皆本庁中枢へ向かいました。非常事態時にはそこに集合するよう指示がされていましたから。それに従い私も中枢へ向かいましたが、私はその中枢へは入れなかったのです」


「入れなかった?」


「はい。その中枢とも言える部屋への侵入が許可されなかったのです。……これが私の医官としての証明です」


「拝見します……確かにこれは本物ですな。なのになぜ貴女だけ」


 提督は証明のカードを受け取り、裏にある何かを読んだようだ。確認が終わると顔を上げ、アンジュに返す。


「それは不明です。しかし、その中枢に入る人が途切れた頃、コロニーのネットワークにアクセスが出来なくなりました。個人個人のローカルネットワークは別ですが」


「本庁のネットワークが遮断?それはまさか……」


「私の予想では本庁の人員は特別に用意されていた脱出船にて既に脱出しているかと。しかし確認出来たわけでは……」


「いえ、ほぼ確実でしょう。つまり現在コロニーのほとんどの機能がダウンしているわけですか。それに脱出船……ネットワークサーバーごと持ち去った可能性がありますね。ならば我々がアクセス出来ない理由にもなる……それではあなたがたはどのように脱出を?コロニーの機能がダウンしているのならばドック機能もダウンしているのでは?」


「ああ、それに関しては無理やり出てきた。スラスターの出力に任せてな」


 そこから少しだけ補足したが、提督は苦笑いしながらも真面目に聞いてくれた。


「なるほど……かなりの無茶ですな。それでは次ですどのようにあの宙賊による包囲を……」


 ここから俺たちはアステールの存在を誤魔化しつつどうやって脱出したか、どうやってあの敵艦を切り抜けたかを詳細に説明していった。

 そしたら三時間近く経っていたが、途中で出された軽食、さらにその後の夕食はめちゃくちゃ美味かった。例のアイアンくんの飯も美味いが、人工食料とは言えプロの料理人が作るとここまでなるのかとある種の感動を覚えるほどだった。


「なるほど、状況は理解した。これより我々はコロニー内部の人員救出を兼ねてコロニー周辺に陣取る宙賊の殲滅を行う。君たちはこの船で休んでくれ。ここからは我々が引き受ける」


「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 提督は引き続き部下に指示を出したりと忙しそうだけど、俺たちは副官の人に客間に案内される。たまに国家の高位者や遭難者なんかを入れる部屋だそうだ。


「部屋は三つだ。まあ俺とオッサン、メーデンとネルさん、残りの一部屋をアンジュかな?まあ後は各々自分で調節してくれ」


「俺は構わんぞ」


「リュウ、私もいい」


「私一人か〜、あはは寂しいね」


「いいだろ別に」


 そう和やかに部屋を決めたはずだったのだが……


「なんで二人はここに居るんだ」


「やっぱりこっちで寝る」


「私はジャンさんに譲ったし」


 メーデンとアンジュが部屋に来ているのだ。

 この部屋にはベッドが二つあり、さすが客間と言うだけあって調度品なんかも物がいい。スイートルームとまではいかなくともそれなりのホテルのようだ。だからメーデンが来ても良かったんだが……え?オッサンはどこ行ったって?ついさっき出ていったな。入れ替わるようにメーデンとアンジュが来たが何があったんだ?


「はあ……分かったよ。メーデンとアンジュでベッドは使ってくれ。俺はソファで寝る」


「ダメ。リュウはつかれてる。私と一緒に寝る」


 メーデンが袖を掴みベッドに寝かせようとする。


「そうは言ってもな……一応年頃の女性が居るわけだし……」


「ん?私は気にしないよ?それとも私と一緒に寝るかい?」


「って、なんであんたは脱いでんだよ!」


 くっ……結構まともな人だと思っていたのに……まさか、結構そういうのドライなタイプか?

 いつの間にかアンジュは身長で補われた少し起伏の少ない身体を下着のみで隠しつつ仁王立ちしていた。


「いやー、見られても減るもんじゃ無いしね。それに君の船の操縦でかなり冷や汗かいて、その後あの話でしょ?もう服がベトベトでねー、替えの服は用意してくれてるし、シャワーも使わせてくれるって言うなら使うしかないでしょー?」


「あんた……初めて会った時とだいぶ違うな……」


「結構あーやって気を張るの結構疲れるのよー?」


 もはや彼女は下着姿になってタオル片手にシャワーを浴びに行こうとしている。早く服を着させるならシャワーを浴びさせた方が良いだろう。


「わかったから、早くシャワー浴びてこい。メーデンの教育に毒だ」 


「えー?メーデンちゃんのお胸を大きくしてあげようと思ったのにー」


「どうなんだ、メーデン。こんなの放っておいてもいいぞ?」


「行く。一緒に浴びる。揉んでもらう」


 そんな言葉どこで知ったんだよ!?メーデン、俺はあなたをそんな子に育てた覚えはありません!


 はあ……分かったよ。

 俺は早く浴びてこいと手で示すと、窓の傍に行く。そこからは少しずつ動き出している大艦隊の様子が見えた。凄まじいものだ。俺のグウィバーと同じ駆逐級以外にも少し大きな軽巡級、横倒しになったスカイ○リー並の大きさがある重巡級、さらにでかく遠くのはずなのにデカく感じる戦艦級、この船もだが戦艦級というのは馬鹿でかい。そのデカさはロマンと言えばロマンだな。


 俺の船についているような砲や、資料でしか見たことないようなデカい武装、さすがは軍と言うべきか。地球では二次大戦の時に武装の覇権は海上・陸上戦力から航空戦力にシフトした。大艦巨砲主義から航空機優位思想への移行だな。だけどこうして宇宙という世界になるとまた変化して、いわゆる大艦巨砲主義に戻るようだ。いや進化なのかな?


 そういや、船の高度ってどうやって見るんだろ。さっきの乱戦で船を上下させまくったけど、あれって一応高度を上げたり下げたりすることになるんだよな。宇宙空間だとそんなの関係無いのかもしれないけど……


 ふむふむなるほど。


 アステールによると宇宙船は出航すると自動的に基準面と呼ばれるものを設定する。これが飛行機で言う高度0メートルに当たるようだ。それに合わせて上昇下降を数値化するらしい。ちなみに船をロールさせた場合にはその基準面ごと動き、元々の高度と比べたりと複雑な演算が必要になるようだ。とりあえず宇宙空間でも高度の概念はあるってことだな。


「リュウ、出たよ」


「リュウくん、お先に失礼〜」


 ようやくか。俺は自分のタオルとかを取ろうと振り返った。するとそこには、


「だーかーらー、あんたは服を着ろ!なんでんな堂々と出てこれるんだ!」


「いやー、スースーして心地よくて。特に上が」


「そりゃそうだろうな!上なんも着てないんだからな!」


 そこにはちゃんと支給されたパジャマを着た偉い良い子なメーデンとパンツ一丁で俗に言う髪ブラとやらを現実にやっている最近どんどん当初のイメージが壊れていってるアンジュ。

 ああ、幻想とはなんと脆く儚いものか……


「どうだ〜良いモノが目の前にあるぞ〜?」


 アンジュはニヤニヤしながらその身体の小山を寄せようとするが、出来ていない。さらにメーデンが真横にいるからより小さく見える。


「んな平原見せられても困るわ。ほら風邪ひくぞ」


 ベッドにあったタオルケットをそっと掛けてやる……では無くて投げつけて俺はタオル片手にシャワーへ向かう。背後から「ちぇー、堅物でやんの」って聞こえたが気にしない気にしない。





 ふぅー、さっぱりした。え、展開が早すぎる?男の裸なんて誰が見たいんだよ。

 部屋に戻るとさっきから少し進歩して上は下着、下はメーデンのパジャマと似たズボンを履いていた。


「服は着たか。メーデンは?」


「寝ちゃってるよ。君を待つって言ってたけどね」


 ベッドを見ると、布団に包まり寝息を立てている彼女が。


「まあ今日は彼女も色々あったからな。休ませてやろう」


「そうだね。……君はこれからどうするんだい?」


 アンジュが立ち上がり、備え付けの冷蔵庫から酒の瓶とグラスを二つ取り出しながらそう聞いてくる。


「そうだな……メーデンとはとりあえず色んなところに行こうとは話してるんだ。でもアンジュが聞きたいのはそういうことじゃないだろ?」


「そうだね。船はあんな状態だ。どこからどう見てもアレで移動するなんて命取りだ。ここは医官として止めさせてもらうよ」


「おお、久々に聞いた気がするわその口調」


「おやおや、こっちの方が好みかい?」


「どっちでも。気楽な方でいいさ」


「そうかい」


 アンジュが酒を注いだグラスをチンと軽く合わせて一口含む。甘みの強いワインみたいだ。でもどこかツンとして……宇宙の酒って凄いな。


「これから俺たちは惑星ルファへ向かい船を改修する。せめて直さなきゃ始まらないからな。俺たちはそのまま傭兵やりながら旅に出るつもりだが、アンジュはどうする気だ?船が直ったらどこか運ぶくらいはしてやれるが」


「そうだねえ……」


 彼女もグラスを傾け一口。窓の外を見つめながら酒を飲む姿はどこか扇情的で、彼女が女性であるとどこまでも突き付けてくるものだった。未だにあんな格好でも。


 しばらく彼女は外を見つめ、何度か酒を口に運ぶ。そうして彼女は口を開いた。


「私には家族がもう居ないんだ。だから故郷に戻ってもね。それに職場もどこか行ってしまった。まあ医官を辞めてどこか遠くに行ってもいいのだけど」


 職場がどこかへ行くってなかなか聞かないよな。


「医官を辞める?腕はいいのに。まだまだ稼げるだろう?」


「そうだね……でも、いい機会かもしれないんだ。さっき言ったように私には家族がもう居ない。……少し話を聞いてくれるかい?私の父親は軍人、姉もだ。母親は病気でコロニー生活。そんな母親を見て私は医官になりたいと思ったのさ。よくある話だろう?」


「そうだな」


 こう返すのはどうかと思うが、実際よく聞く話だ。医者の親、病気の友人、そういうのを見てその世界に入る。俺の職場も似たようなもんが居たからな。気持ちは分かる。


「ふふっ、それでもう何年前かな。……ああ、四十八年前だ。今の政治に不満を持った反乱軍とか言うのが活動を始めてね。軍とは言っても所詮は宙賊……船もバラバラで雑な寄せ集め集団だけど数が問題だった。私の父親は当時軽巡級の艦長でね。父親の船はその事態の対処に当たった部隊の一隻だった」


 そこで彼女はまた酒を飲み、こちらを見た。


「そうして死んだ。姉もまた別の戦場で戦闘機乗りとして出撃して何隻か沈める武勲を挙げた。でも死んだ。呆気なくね。そうして、彼らは止まらずとうとうコロニーを破壊した。彼らにとってはコロニー破壊は連邦政府に自身の要求を通すための示威行為に過ぎなかったのだろう。破壊したのは辺境のもので、中央に比べてみれば圧倒的に警備の手は薄い。破壊するならとても簡単さ。でもそのコロニーには私の母親が入院していたのさ」


 彼女は俺の左手に指でそっと触れる。


「私はその頃少し離れた反乱軍とは全く関係の無い星系の医官養成学校に居た。そして家族の死を知らされて、こうして触れることが出来たのは姉だけさ。それも機体から無理やり引っ張り出せた左手の前腕部だけ」


 ゆったりと色っぽく撫でながら彼女は続ける。


「ホクロの位置で姉の腕だと一目でわかった。当時の私は身体が無いことに泣き叫んだよ。その時、この腕を引っ張り出した人が言うには救助に行った時、すでに私の姉の身体は破裂していたんだってさ。その腕は破裂して引きちぎれた一部だった」


 彼女は手を離し、また酒を飲む。とてもゆっくりと、過去を思い出すように。


「父親は船の破片は見つかっても肉体は無い。多分破裂したんだね。母親はコロニーと一緒に木っ端微塵。姉のようにバラバラに破裂した死体は幾つか見つかったみたいだけど、どれが母親の物かなんてわからなかった。検査するにも多すぎたからね。……どれくらい、苦しんだんだろうね」


 俺はグラスの中の酒を煽り、彼女に言葉を返す。


「わからないな、俺には。コールドスリープの前には一人しか大切な人の死を経験していないからな。だけど言えることが一つある。アンジュ、君はその死が原因で医官になった訳じゃないんだろう?さっき言ってたよな。お母さん見て医官になりたくなったって。ならさ、死を追いかけて腕を捨てるな。さっきは金が稼げると言ったけどよ、その腕で救えるのあるんじゃねえか?それに……」


「それに?」


「いや、何でもない。過去のことだ。続けてくれ」


「わかったよ……確かに救えるかもね。私は医官だもの。でも、医官になったと言って仕事は無かったんだよ?」


「それはアンジュの専攻が原因だろうが。ま、しんみりしたのはここで終わりだ。とりあえずさ、行く場所悩んでんなら俺に付いてきてくれないか?」


「君に?」


 彼女は目を丸くする。彼女にしては予想外だったのかな?


「ああ。船を改修するって言ったってクルーが居ない。グウィバーでさえ俺とメーデンには広すぎるし手に余る。だからクルーが欲しい。どこかでクルーを斡旋してもらおうかとも思ってたが、来てくれるならありがたい」


「クルーねえ……」


「そうだ。医官として。君が、アンジュが欲しい」


 俺は彼女の手を握り懇願する。すると彼女は笑って返す。


「ふふっ、そういうのはもっとムードある所で言って欲しいのだけどね」


「それはまた今度。メーデンがいないところでな」


「それはもう無理そうだけどね。見てみなよ」


 アンジュの視線を追いかけると、


 (じーー)


「ははは……確かにこれは無理だ」


「私の処女を捧げる時はメーデンちゃんも一緒かな?」


「さあ。俺としてはいつでも良いけどな。メーデンがもう少し大きくなってからかね」


「そうだね。とりあえずメーデンちゃんを宥めようか」


 それから俺たち二人はさっきから布団の隙間から目線だけでこちらをじっと見ている彼女を宥めるのだった。もちろん、健全な方で。




 翌日。俺たちが寝ている間にコロニー周辺の宙賊の殲滅を終えたようで、起きる頃には帰還のため動き出していた。


「では昨日の通り、本艦はこのまま惑星ルファへ向かいます。到着日は……二週間後ですね。それまでゆっくりとお休みください。あなた方のおかげで我々は大切な国民を救うことが出来たのですから」


「人を救えたのなら私たちが何か言うことはありません。到着までお言葉に甘え、ゆっくりと過ごさせてもらいます」


 と、提督とこんな会話があったのが数時間前。今はと言うと、


「おおおおお……」


「リュウくん?」


「うおおおおぉ……」


「ね、ねえ?」


「見ろよアンジュ、これぞ男のロマンだぞ……」


 現在地は格納庫。メーデンはオッサンたちと一緒にお茶を飲んでいる。俺はいつものパンツァーヤッケだしアンジュは白衣だ。さて、ここで今俺たちが乗っている船を思い出して見て欲しい。

 プラム連邦戦艦級戦闘空母ラサマ。

 そうである。そしてその格納庫。あるのはつまり……


「これが戦闘機……」


 そうガ○ダムである。見た目こそ宇宙の色に紛れる黒色で頭部が一眼レフみたいなモノアイカメラになっていてもボディーはまんまジ○である。武装がレーザーカノン二丁だったりと宇宙世界の技術に沿ったものになっていたとしても○ムなのだ。それに国家名が連邦だから本当にどこぞの白い悪魔が居そうだ。

 この戦闘機の正式名は当然モビ○スーツでは無くて、宇宙戦術格闘戦闘機Space Tactical Fighterである。

 ここに並べられているのは量産型機体のラムというものらしい。名前も似ているが……確かに装甲板も形状なんかの見た目がシンプルで量産に適しているように思える。本当にこれジ○なんじゃねーの?


「これが我が連邦の最新の量産型戦闘機です。速度など出力は3%向上し、武装の拡張性も一世代前よりもかなり広がっています」


 話しているのはここの担当者だ。俺がこの格納庫が気になっていると話したら提督が部下に指示を出して案内してくれているのだ。


「へぇー、ところで一つ聞いていいか?」


「私に答えられる範囲であれば」


「そこまで難しくない。この戦闘機はなぜ、この形状に?ちょっと事情があってね。つい最近目覚めたばかりなんだ。昔はこのような自分たちに似た形状の戦闘機は存在していなかったんだ」


「それは……実を申しますと、私も詳しくは知らないのです。ですが、わかっていることはこの戦闘機の形を定めたのは機械生命体ということです」


「形を定めた?」


「はい。この戦闘機は元々我々と身体の形状が似ている機械生命体の拡張武装です。その拡張武装を我々にも使えるようにしたのがこの戦闘機であって、その我々に使えるように改造した人物の言葉により、戦闘機の形状はこの形になっているのです」


「なるほどね。元々機械生命体がこの形の戦闘機を使っていて、それを俺たちも使えるようにした。それを行った人はどういう訳か、戦闘機の形状は俺たちと同じ形状であるべきとしたと?」


「はい。数百年前の彼の言葉によると、『我々は我々の身体の形に誇りを持つべきだ。私はこの身体でもかつての戦闘機と同じよう動けるようにこの機体を作り上げた。この機体を受け入れ、用いるのならば彼らのように用い、この形を変えてはならぬ』と」


 つまり要約すると、機械生命体は自分たちの形に似せた人型ロボットを作ったから俺達も使えるようにしたぜ。前と同じくらいの性能だぜ。でも形変えちゃダメよ。ってことか。


「久しぶりに聞いたね。身体至高論か」


「身体至高論?」


「ああ、君は知らなかったね。簡単に言えば私たち、四肢をもつ生命体は何故かこの宇宙に多い。これにはきっと訳がある。ならばその形を大切にするべきだって事だね。戦闘機の形状の原点に身体至高論が関わっているとは思っていたけどまさか本当にその通りだったなんてね」


「へぇー、そういやこの戦闘機って個人でも持つことって出来るのか?」


 すると彼はどこか興奮した様子で答える。


「可能ですよ。ディーラーも存在しています。量産型からフルオーダーメイドまで数多くありますね」


「なるほどなるほど……」


「ですが戦闘用としてでは無く艦の修繕であったり探索艇としての所有が多いとのデータがあります。しかしこの戦闘機をメインとして運用する傭兵も居ますので一概には言えません」


 結構普及しているのか。それに工作用機械としての運用……まあ理にかなってはいる。


「戦闘機か……いつか持ってみたいな」


「ではディーラーの名前だけでもお教えしておきますね」


 その後俺たちは少しテンションの上がった担当者の人におすすめのディーラーを数十分間紹介され続けるのだった。



★★★★★★★★★★★★


あともう1話投稿してあるよ!

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