ザ シー オブ スターズ ゴーイング

・俺



「アルス・ファイター社とセンツ・ユニオン社が戦闘機大手か……」


「おや本気で戦闘機の購入を考えているのかい?」


「アンジュか。やっぱ欲しいし。旧世紀の人間としてはね」


 時刻は夕方。既に夕食も食べ、艦隊も帰還に入っている。数週間もすれば惑星ルファだ。


「お、美味い。昨日とは違うやつだな?」


「そうだよ。まだ何種類かあるから」


 アンジュが昨日と同じように持ってきた酒を一口飲むと、今度は口の中でパチパチ弾けるスパークリング・ワインみたいな感じ。味はファ○タグレープだが。


「それにしても服装は相変わらずか。というか悪化してるな?」


「シャワー熱くてねー。冷たいお酒に話し相手。誘惑するならこの格好でしょう?」


「なーにが誘惑だ。せめてもうちょい色気のある下着着てメーデンの見てないところでやれ」


 彼女は白のシンプルな下着を纏っている。座る位置的にどうしても彼女の胸元が見えてしまうが悲しいかな、彼女は見せつけてくるがそこには渓谷なんて存在せずなだらかな丘が二つあるだけの平原なのだ。


「君を誘惑して床に入るにはどうすればいいのかねー」


「それならうちの従姉妹以上の奴連れてこいや。それになんでそんなに俺を誘惑したい?こちとら元の仕事柄耐性あると自負してるぞ」


「えー?私はこれから君の船のクルーでしょ?つまりこれから付き合い長いでしょう?だったら早いうちにお互いのこと知っておきたいじゃない。食べ物以外にもあっちの事とか」


 彼女は笑いながら右手の人差し指と親指を合わせ、左手の人差し指を抜き差しする例のジェスチャーをする。


「はぁ……言わんとすることはわかるがな。わかったよいつかこっちから仕掛けてやる」


 ニヤリと笑いながら彼女に告げると、あらま意外。顔真っ赤にして彼女はそっぽ向いてしまった。


「と、とにかくだよ。私は少し興味があるんだ。君がいた旧世紀に」


「旧世紀にねえ」


「私たちにとっては君たち旧世紀の人間は研究対象になる。まあ肉体に関しては調査しきっているはずだから今後仮に君と同じようなコールドスリープを受けた人間が見つかったのならそうだね……愛玩用かな?物珍しさの」


「愛玩用……」


「何かあるのかい?」


 アンジュには今まで伝えず、それこそメーデンにすら話していないこと。実は俺にはどうしても解決しなければいけないことが現状幾つかあった。その最たるものがこの従姉妹の件だ。だからコロニーにいた頃アステールに調査を依頼したし、今日もそれとなく提督に聞いてみたりした。でも何も情報が集まらない。


「俺に従姉妹が居るのは知ってるな?」


「うん、さっきなんか言ってたね」


「もしも今後どこかからの移民船団らしき物が見つかったらそこにいる可能性がある。コールドスリープを受けてな」


「でも君の言葉が正しければ千年だよ?死んでるとは思わないかい?」


 俺はある種の確信を持って首を振る。


「あいつらは死なねえよ千年ごときじゃ。ましてや、ブラックホール通っても確実に生きてると確信できるくらいだ。俺の乗ってた移民船団はブラックホールを通って半分が消えたが、残り半分はそのままだ。つまり俺としては同じように宇宙を漂流してる可能性がある」


「それは……どこから来るんだいその自信は」


「勘、だな。昔から一緒にいて振り回されてきたが故の自信でもある」


「じゃあしばらくの目的は?」


「それだな。まあこれは裏の目的だ。表向きは絶景巡りだ」


「そうなんだね。……ねえねえ、その従姉妹って子、どんな子なんだい?」


「あいつらか?そうだな……一言で言えば天才だな。それも為るべくして為った天才じゃなくて自ら道を成った天才だ」


「道を選択して?」


「ああ。あいつら自身も俺以外に話していないし、俺に話す時もはぐらかしていたが……なんと言うか人生の分岐点で道を選べるらしいんだ」


「それは医官としても興味あるね。どんなのなんだい」


「道を選択すると言ってもたとえばここで立ち上がって外に出る……みたいな簡単な事じゃなくて、この学校に進学するか否かみたいに生涯そのものに大きく影響を与える分岐点だな」



「平行世界か……それに選べるとわざわざ言うという事は先が見えているのかい?」


「そうみたいだ。俺とあいつらが最後に会った時にも言ってたな。『これを選択するのが私たちにも、貴方にも、そして彼女にも最良。どうか見つけて』だそうだ。ようやっと全部思い出せたがな」


「それは……」


「あいつらは初めてはっきりと選択の内容を明言した。これが最良だってな。ならば俺はそれを信用して信じて探すしか無い……っと話が逸れたな。まあ見つかるのは案外最近だろうさ。あいつらの性格的に千年離れてる時点で発狂もんだろうからな」


「そ、そうなのかい?」


「勉学に励むってんで高校卒業後だから……だいたい七年は離れてた訳だけど、あいつらが留学する前には丸一ヶ月あいつらの家に監禁されたからな。衣食住みんな管理されたわ」


「凄まじいね……そんな子、探してもいいのかい?」


「探さん訳にはいかない。もしもあいつらが目覚めて俺が居ないとなったら何が起こるか……下手したら星系丸ごと一つは吹き飛ばすぞ」


「そんなの……」


「設備さえあればやっちまうのがあいつらだ。それにその選択で道を選んでいったらほぼ確実に起きる。それを抑えられるのは俺だけ……ってどこの主人公なんだろうな」


 ほんと、千年経ってるって気がついてるだろうし、目覚めさせたのが俺でなく例えば変な研究所なら……いやそもそもあいつらはそうなるならばコールドスリープで眠らないで別の選択肢が出るまで待つか。ならつまりこれは可能性じゃなくて事実だ。特に心配する必要も無くただ俺はそのまま前に進めばいい。二人の掌で踊り続けようじゃないか。


 なんかスッキリした俺はそのあとものんびり酒を飲むのだった。




「リュウ、これから向かう造船時のやつに連絡がついた。ずっとドックに置きっぱなしの船のフレームを譲ってくれるとさ。しかもタダで」


「タダ?本当か?」


 俺は部屋でネットサーフィンみたいなことをしていたのだが、そこにオッサンがタブレット持って入ってきた。


「おうよ。フレームだけでも500メートル。装甲板付ければ重巡級として十分だ。質も良くかなり長時間保管されていたが保存状態も抜群で重巡級宇宙船のフレームとしては最高だ」


「そんないいものを良いのか?」


 驚く俺にオッサンは事情を話し始める。


「条件として船の改修を俺たちにやらせてくれれば良いとさ。ぶっちゃけるとあのフレームは昔、軍が製作した新型宇宙船のフレームのはずだったんだが計画が頓挫してよ。試作品フレームだけが残されてるんだが、フレームが作られた場所が問題でな。変に加工して持ち出すのも面倒なことになりかねなくてな」


「つまり厄介事の押しつけか」


「そうだな。でもおかげでかなり安く改修してくれるそうだぞ?なんと全て合わせて2600万メルだ。ローンも組めるそうだぞ?」


「即金で払うと伝えてくれ。ちょいと臨時収入があってな」


 臨時収入はあんま聞きなれないし言いなれない。ただかつて地球でやっていた仕事は内容によって大きく報酬が変わっていた。まあ……商社といっても色々あるんだ。例えば……存在しないもの、見ることが出来ないものを売る仕事とかね。


「了解した……臨時収入って何か参考までに聞いていいか?」


「おう、ベッティング・ガンズだ。時間は危なかったが結構簡単だったぞ」


 最後の的を除けばな。


「おま、あれをクリアしたのか!?」


「ちょいと前職の関係で近いことはやったことがあってね。扱いこそ全く違ったけど慣れればこっちの方が楽だ」


「ほんとお前さんの過去が気になるわい」


「色々と複雑でなーこれが」


 複雑なんだよ本当に。高校時代の友人とかに会ったら一瞬なんて答えるか困るやつだ。いや商社なんだぞ?でもちょっと特殊というか……


「まあいいさ。じゃあ確認だ。向かうのは惑星ルファだ。そこで俺の知り合いから船のフレームを受け取って建造開始だ。あそこの設備がありゃ半年も掛からずに建造出来るだろう」


「そんなに早く?」


「あそこは施設が揃ってるからな。装甲板だけなら一ヶ月以内にできるぞ。武装の組み付けとか細かな調整もするから半年以内ってわけだな」


「なるほどね……」


 俺はオッサンから渡された書類、タブレットに映された船の改装計画に目を通しながら話していく。


「俺もそのフレームは見たことあるが、かなりでかい。武装も相当積み込めるぞ。グウィバーの主砲級なら全部合わせて十基以上はいけるな。副砲はもうわからん。それくらいさ」


 グウィバーの砲が地球風なら30cm連装砲となるわけだ。それを五百m位の船体に積み込むんだから相当いけるな。ワクワクしてくるぜ。


「へぇー、ところでオッサン。武装ってどんなのが流行りなんだ?」


「流行りか……この前軍が船を更新しているって話したのは覚えてるか?」


「ああ。それで大量生産されたパーツが安くなっていて、でも俺の船に合うパーツが無かったんだよな」


「その通りだ。軍が使う武装に合わせて傭兵の武装も変わる。それで今の流行りは無砲身陽電子砲だな。装甲板と違っていくらか今までより高くなっている」


「無砲身……ああ、凹レンズ型のコイルパーツが使われたやつだな?」


「そうだ。威力は砲身付きより落ちるが、連射が効く。軍としては戦艦級の超大口径砲を艦隊の主戦力として他の船には威力よりも手数を重視した武装構成になっている」


「ほうほう……つまり流行りは無砲身陽電子砲か。なら今は使用されていない前世代の陽電子砲が安くなっているのか?」


「その通りだ。装甲板とかはそうはいかないが、武装はそうなることがある。ただ俺が見たことあるのは陽電子砲くらいだ。レーザー砲とかミサイルポッドが新型出て、前世代が安くなったのは見たことないな」


 色々とめんどくさいのな。装甲板は安くなるけど武装は高くなる……でも装甲板で新型ってあんま聞かないからな。形状の移り変わりはあるのかもしれないけど、武装と違って変化が激しくないし。


「俺としては武装は特に選ばないからな。無砲身陽電子砲じゃなくても良い。それなら全体的にも安く済むんだろ?」


 勝手な予想でサイトとにらめっこしつついくら掛かるか分配してみたら武装が値段的にも一番高かったのだ。


「ああ。今回の改装で一番金が掛かるのが武装かと思ってたからな。前世代のものを使用すれば僅差で装甲板が一番に来る」


「はぁー、やっぱどれも高いな」


「そりゃあ船だからな。でもメインエンジンと基礎プログラムなんかを持ち込んで、さらにタダでフレームを使えるんだ。補助エンジン追加で載っけるが、これでも安いもんよ」


 エンジンは調整してそのまま積み込んで、基礎プログラムってのはアステールを含んだメインコンピュータの事だ。エンジンは駆逐級宇宙船グウィバーに積み込まれていた重巡級下位レベルの物で、通常駆逐級に積み込まれている大きさでは無いとの事。

 基礎プログラムはパソコンで言うOSだ。実際のところどこを使っても根本的な機能の差は無い。ただキーの配置だったり機能のショートカットで違いがあったりする。またベースとなる部分だけを販売してあとは購入者個人で必要な機能を盛り込んでいく物もある。これはかなり特化したプログラムにも出来るようだ。


「うちにはアステールが居るからな。プログラムに関しては心配する必要が無い」


「こっちとしても楽なんだよ基礎プログラム持ち込みは。大手の基礎プログラムなら良いが、離れた星系のマイナーなプログラムだったり、持ち込みにしても新たに個人でカスタムした特化プログラムだと同期がめんどくさい。普通の持ち込みだと元の船を参考に出来るからな」


「特化プログラムとかだとなんか問題があるのか?」


「ホロウインドウってあるだろ。大手ならある程度の配置が決まっていて、こっちがそれを操作して船の調整をする時もやりやすいんだ。慣れてるからな。だけど持ち込みじゃない新導入の特化プログラムとかだとホロウインドウの配置が見たこと無かったりする。どうも時間が掛かって仕方がない。それに対して持ち込みならば元の船のホロウインドウを見ることができるから写真でも取っておけば元の状態がわかる。どの画面が船のどの機能と直結しているかも知れるしな」


「色々大変なんだな……」


 オッサンの早口でいかにも面倒くさそうなその内容に俺も面倒くささを感じる。


「だから船の改装やる傭兵には基礎プログラムは出来るだけそのまま使えと言ってるんだけどな……こっちの面倒くささ以上に生き死にに関わる。使い慣れてないのは実戦で手間取るからな」


「たしかにな。ならよりアステールは安心だな」


「そうだな」





「どうしたんだいいきなり呼び出して。メーデンちゃんまで連れて……」


 夕食後、俺とメーデンが向かい合って座っているとアンジュが機械の乗ったワゴンを押して部屋に現れた。


「ちょっと付き合って欲しくてな。万が一があるから医官のアンジュには同伴を頼みたい」


「わかったよ。でも君に関してかい?それともメーデンちゃん?」

 

 彼女は今は医官のモードのようでかなり真面目だ。


「どっちも……だな」


 既に目視確認できる惑星ルファへの到着前に明日に控え、俺たちは部屋に集まっていた。


「じゃあアンジュも来たし、始めようか。メーデン、これは俺の確認みたいなものだ今から幾つか単語を言っていく。単語の意味がわからなければ全く気にしなくていい」


「わかったよ」


 彼女はいつも通りの表情で頷く。


「なるほど……記憶だね?」


「そうだ。よくわかったな」


「この機械は色んなことに応用が効くけれど、今の言葉どおりなら反応を調べるためのもの。ならば記憶に絞られる」


 アンジュは手早く頼んでいた機械を彼女に付けていく。頭や首など。見た目は心電図を測る時の吸盤みたいな感じ。数分もしないうちに付け終わり、俺たちは向かい合う。


「ま、そういうことで始めよう。まずは一つ目だ」


 メーデンの様子をよく観察しながら初めていく。

 

「『深睡ディーパー』」


 変化はなし。コテンと首をかしげている。アンジュも変化なしと頷く。

 なるほど。遠い記憶は難しいか?ならば……


「次だ。二つ目は『タワー・オブ・エルカム』」


 2039年にとある国に建設された電波塔で、そこにはちょっとした思い出がある。

 メーデンもアンジュもさっきと同様変化なし。

 記憶的にはさっきの次に当たるものだ。こっからは一つずつ過去から辿って行ってみよう。


「次だ。『バー・メルクリウス』」


 ……変化なしか。これはちょっと期待したんだけど。記憶を刺激するには強い記憶が残っているであろう場所などの名称を言うことが効果的とアステールの調べで出ていた。ここならと思ったんだがな。


「次だ。『テク・ローズガーデン』」


 ダメか。何が正解だ?何なら記憶を刺激できる?……いかんいかん、焦ってきてる。落ち着け。


「ならば……『ライビジョン・パーク』」


 彼女は聞いたこともないと言わんばかりに反応が無い。これもダメか。

 何が正解とかはない。しかし、なんの反応もないと俺の仮説が成り立たない。仮説は成り立たないものと聞いたことがあるが、こればかりは成り立ってくれないと困る。

 これでは、メーデンを助けた理由が……


「ふぅ…六つ目だ。『カントリアル・ミュージアム』」


 すると少しだけ変化が……違うな。身動ぎしただけだ。アンジュも首を振る。

 まさか、本当に違っているのか?

 違ったとして、俺はどうする?置いてくというのは論外になってしまうが、しかし……


「七つめだ。『ルビー・リング』」


 ……これもダメか。もう違うのか?諦めるべきか?


「次が最後だ。……『I hope. I wish you. Please catch me.』……わかるか?」


 G型人類となってから初めて発する地球の言語。声帯の構造が変わっていたら発音出来ないからベースは地球人類……ってそこじゃない。問題はメーデンだ。


「……?わからない……」


「そうか……」


 アンジュも変化なしと。期待はずれか?いや……でもここまで近いと何かトリガーが?でもトリガーになりうる単語は一つを残して全て言った。この一つは最後の手段だからまだ使ってはならない。

 ……そもそもあんな言葉を信じたのが間違いか?そんな非科学的な事を?でもあんな連中が居るんだ。有り得るし、だからこそ俺は信じたんだ……


「リュウ、少し休んだらどうだい。何があったのかはわからないけど酷い顔だ」


 思考の海に埋もれかけていた俺を呼び戻す彼女の声。ゆっくりと部屋に備え付けられた鏡の方を向くと、そこには眉間に皺を寄せてものすごくイラついているような俺の姿が。


「……わかった」


 俺は少しふらつきながらベッドに横になる。するとすぐに睡魔が襲ってきて謎の不安を押し流すのだった。




「ねえアンジュ。リュウ、どうしたの?」


 メーデンはいつもと違う彼の姿に何かよく分からないとても大きな不安を感じていた。まるで、自分でありながら自分でない、どこか遠いものを見ているような。探し物が自分出なかったような。そんな感覚。


「わからない。でも君の中にある記憶を呼び起こそうとしていたのは確かだよ」


 そんな様子のメーデンにアンジュは宥めるように優しく声をかける。


「私の……」


「ただの勘だけど、彼の過去に何か関わっているのかもね。私は正直君たちの過去がわからない。ただ彼が君の記憶を呼び覚まそうとしたことで彼への疑いがね。彼は過去に何をやっていたのか。それが気になるんだ」


「リュウの過去……アステール、居る?」


 すると、机の上に置かれた緑色のキューブが私のデバイスを通して話してくる。


『はい。メーデン様』


「私の権限はどうなっているの?あとアンジュの扱いは?」


『マスターが万一のため、メーデン様とアンジュ様をサブマスターとして設定しております』


「わかった。ならアステール、マスターであるリュウが今何かできる状態では無い」


 私から引き継いで、アンジュがアステールに続ける。


「つまり、メーデンちゃんに一時的に権限を移譲して欲しい」


『……了解しました。権限譲渡完了』


「ありがとう。ならば教えて。リュウの過去」


「彼のコールドスリープ以前の事を。彼は何者なんだい」


 私とアンジュはアステールに向けて質問を飛ばす。


『……特事法により一部削除済み。それでもよろしいですか』


「うん。全てお願い」


 すると、私のデバイスからホロウインドウが立ち上がり、色んな情報が並べられる。リュウのいた旧世紀の文字から翻訳されてるみたい。なんかあまり変なところは見られないけど……


「これは……」


「アンジュ?」


 彼女は顎に手を当て何か考え込んでいる。気になるところがあったみたい。


「ふむ……アステール、彼は……政府の人間なんだね?」


『はい』


 政府?どういうこと?本庁と同じ?


「メーデンちゃん、これは一般人の物に見せかけた要人の情報だよ。ここなんて書式は多分彼のいた旧世紀の物なのだろうけど、消し方があからさまだ。この書類に手を加えた者は随分焦っていたみたいだね。でも彼が要人だと仮定するならば……アステール君が彼のコールドスリープポッドに居たのも納得かな?ここにある通りだと……被検体32番……いや、〈深睡ザ・ディーパー〉のお守りかな?」


『……回答拒否しま……コードアンロック。……アンジュ様、先程の特事法によるロックですが、ただいまの推理により解除されました。特定の単語がロックキーとなっていたと思われます。単語は不明』


「なるほどね。ならばここに全て出してくれ」


 またアステールによってホロウインドウに新しく情報が追加された。そこにあったのは……



「はぁ……バレちまったか」


 すると背後から声が。ホロウインドウを見るまもなく振り返ると、バツの悪そうなリュウの姿が。


「体感的には数ヶ月前だけど、実際はもう千年も前のことだし、忘れようかと思ってたんだけどな。やっぱ無理か」


 彼は笑いながらホロウインドウに近づく。


「アステール、商社について出してくれ」


『了解』


 商社?会社のことだよね?それがリュウの過去に何かあるの?


 私は彼が操作するホロウインドウをしばらく眺めるしか無かった。





 とうとうメーデンにもアンジュにもバレたか。思ってたよりかなり早かったな。というか一月持たなかったか。せめて一年は隠せると思ってたけど……勘に負けたな。

はぁ……、もしかしてアンジュには第六感なんてのがマジであるんじゃないんだろうな。姿形は似ていても地球人では無いから有り得るんだよなぁ。


「よし、これでどうだ。俺の全てさ」


 メーデンからホロウインドウの操作と画面そのものを俺のブレスレットデバイスに移動させて表示する。


「なるほどね……」


「……」


 あちゃー、やっぱメーデンにはキツかったか。ホロウインドウを見たまま固まっているよ。

 でもそりゃあ言えんよ。こんな経歴。


「ベッティング・ガンズをクリアしたとジャンさんから聞いていた。けど、この経歴ならば納得だよ」


「はぁー、でも隠しとけるものじゃないのはわかるだろ?」


「この経歴を出さなければ良かったんじゃない?」


「俺たちの状況だとメーデンにアステールの権限を与えない訳にはいかなかったからな。そうしたらいつかバレるさ。ならば早いうちにな。それに惑星ルファならば……な?」


「君、彼女と一緒に居るんじゃなかったのかい?」


「彼女が望むまではな」


 彼女がじっと見つめるその経歴にはこう書かれていた。


 〈深睡〉:本名、殻生龍二。本間商社所属。当人による処置昏睡者5名。殺害者三名。間接処理15名。以上の者は政府による登録被処理実行者である。皆二年の間に行われたものである。


「確かに、君が暗殺者と知ったら泣くかもね」


「正確には暗殺者じゃないぞ。俺は殺すつもりでやってないからな」


「おや、医官としては気になるね。どうやってるんだい?」


「簡単だ。針に毒塗って撃ち込むのさ。使うのは強力な麻酔。俺の仕事は眠らせてあとを楽にするまでだ。……殺したこともあるが、さすがに笑顔で殺せるほど落ちぶれちゃいないあの時はクスリ使ったさ」


「へえ、今の君からは想像出来ないよ。人に何か手を下すなんて出来そうもないのに」


「過労でぶっ倒れてから反省したのさ。足洗おうと思ってたし、それに従姉妹のこともあった。帰ってくるって連絡来て、そんとき表向き無職じゃカッコがつかないだろ?」


「そうだね。女としては久しぶりにあった男が無職ならば幻滅するね。少なくとも私は」


「だからさ。落ちる所まで落ちないうちにと思ってたらコールドスリープでこんなとこまで来ちまった。ほんと、わからないもんだよ」


 まああの乱戦で何人殺したかわからんからな。落ちる所まで落ちない。それはどのラインになるのだろうか。


「でもどうしてだい?普通に生きてたらこういうのとは関わらないと思うのだけど?」


「うーん、元々普通の会社と思って入社したんだ。最初は普通の作業だったしな。でも半年くらいか?それくらいにいきなり注射器渡されてよ、目の前に拘束されてる人を刺せって言われたんだ。刺さなければ、逃げたら殺すと言われたから刺したよ。まあ中身はただの麻酔薬だ。でも当時の俺はマジで人を殺したかと思ってたんだ。その会社さ、裏では有名な〈殺人請負会社マーダーカンパニー〉だったんだ。政府公認のな」


「それはそれは……随分とハードだね?」


 彼女は驚きながらも、大きな変化は見られない。それはおそらく地球と違って宙族という存在によって生き死にが近いからだろうか。


「ハードどころじゃなかったな。三日くらい寝込んだな。でも金は良かった。それに政府の監視で逃げられないようにされてたから辞めることも出来なかった。だけど何とか俺は実際に手は掛けず、その前段階の眠らせるだけの仕事にしてもらったのさ」


 あの時のことは鮮明に覚えてるが……好き好んで思い出したいわけじゃない。だからこそ隠してたんだけどな。


「ま、それも過去の話さ。アンジュもメーデンもそれはただの昔話と思ってくれ。俺は俺だ。今は300メートル駆逐級宇宙船グウィバーのオーナーにして傭兵、皆をクルーとして抱える艦長さ」


 するとメーデンは俯いてこちらに顔を見せないまま俺の方へ来た。

 足元まで来ると俺の服の袖を摘み、じっとする。

 不審に思って声をかけようとすると、


「ねえリュウ。あれって、本当のこと……なんだよね?」


「ああ。そうだ。全て間違いなく俺の経歴だ」


 彼女は俺の目を見て続けた。


「ねえ、一つはだけね。私の記憶じゃないのがあるの。言おうと思ったけど、言えなかったの」


 なんだって!?彼女記憶じゃない記憶だと?


「ど、どういうことだ?それはどんな記憶だ?」


「よく……わからない。ハッキリしてない。でもこれは……私がリュウを庇った記憶。ううん、私じゃないのにわたしが庇った」


「私の知る限り二人揃って危険に陥る事態は起こっていない。そうだね、アステール?」


『はい。アンジュ様』


「だとすると……リュウ?」


「そ、そんな……まさか、本当に……」


「リュウ?」


 そこには膝をつき、どこか笑いながら涙を流すリュウの姿が。メーデンやアンジュはそれに声をかけることが出来なかった。


 しばらくして、彼が泣き止むとようやく彼女たちに話を始めた。


「すまない。少し取り乱した……で、メーデンのその記憶だが、簡単に言えば俺と親交の深かった人物の記憶だ。俺を庇って死んでいった人のだ」


「死んじゃったの?」


「ああ。すぐに死んでしまったよ。ただ、俺はその言葉がどうも忘れられなくてね」


 すると彼女の雰囲気が変わる。視線が厳しくなり、どことなく圧がある。


「リュウ、その人は……女の人?」


 その声音はゆったりとしていながらも張っていて、普段のメーデンとは全く雰囲気が違っていた。


「うん?そうだが……」


「どんな人?」


 その圧のまま矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 俺は彼女の容姿を思い浮かべる。こう改めて見るとメーデンは似ているよほんとに。


「見た目はメーデンそっくりだよ。髪の色とかな。でも身長はもっと高かった。165はあったな」


「むむむ……負けてる」


「負けてるって言ってもなぁ、歳も違うぞ?」


「なら……仕方ない」


 するとすぐに圧が収まり、いつも通りのメーデンになる。


 まあ、負けてるのは身長だけであって二つの山に関しては高尾山と富士山並の差ができてる訳だが……


 俺がそんなことを考えていると、またメーデンが口を開く。


「リュウ、一つ約束して欲しい」


「なんだ?俺に出来ることなら守るぞ」


「大丈夫。簡単なこと」


 簡単な事ねえ。そう言われて簡単だった試しがないな。少なくとも俺の知る女性三人からのそのセリフは。


「私と一緒に居て。私はリュウが何者であっても気にしない。過去なんて良い。私たちが居るのは今。関係ない」


「はは……本当に簡単だな。わかったよ。……まるで別人だな」


「リュウ?」


「なんでもないさ。ほら早く寝な。明日は早いし、明日からは忙しいぞ」


「新しい船?」


「そうだぞ。俺たち三人で旅する船だからな」


「わかった。おやすみ」


 メーデンはトコトコと自身の寝室へ入っていくのだった。





「で、実際のところどうなんだい」


 メーデンが行ってしばらく。シャワーを浴びたりして寝る準備に入っていると、アンジュが机にグラスを準備していた。今日も晩酌ですかい。


「どう、とは?」


「彼女は君の思う通りなのかい?」


「八割は……な。医官としてはどうなんだ」


 正直八割なんてものじゃないが、それくらいだと信じたい。非科学的なのは重々承知なんだけどな。


「そうだね、まだまだ情報が少ないけれど、記憶喪失の症状ではないね。でもメーデンちゃんに似た症状の論文を見たことがある」


 広い宇宙世界。似たような症状もあるものだな。星一つで難病と括ってはもはやいけないのかもな。治せないのもあるのかもしれないけど、それは宇宙規模……本当に凄まじい。


「その論文には昏睡状態から目覚めた人物の記憶について論じていてね。全く経験のない記憶が植え付けられていたんだ。その後はいくらか端折るけど、数年掛けて調査した結果その記憶は精神生命体によるものだったんだ」


「精神生命体?肉体を持たない存在だったか。本当に存在しているのか?」


 地球でもSFにはよく登場していた精神生命体。多次元存在だとか高位存在だとか少なくとも人間よりも上の存在として扱われて、神ともされていたはずだ。そんな存在が?


「違うよ。旧世紀の言葉を借りるなら……魂とでも言えばいいかな。神話的存在の魂を我々にも理解できるようにした言葉が精神生命体だよ」


 魂は存在していたのか。精神生命体として扱われるほどには解明されているということなのか。

 魂は電磁波とか色々言われていたけど実際なんなんだろうな。


「なあ、その魂……精神生命体は何で構成されているんだ?真っ当なものじゃないだろう?」


「基本は電磁波だね。生命体が発する生体電気。それの凝縮体の電磁波と言われているよ。宇宙空間で電磁波が減衰せずに精神生命体として保てているのは所々に塊として存在している暗黒物質と言われているよ。まだこの分野に関しては研究途上なんだ。どれも仮説に過ぎないけれど、メーデンちゃんの症状が仮に精神生命体によるものならば納得がいくものになる」


「そうか……転生ってのはそういうものなのか?」


「どうだろうね。転生というのは所詮物語上のものだよ。でも精神生命体は存在している。だから転生とは少し違うのかもね。……ところで、彼女に影響を与える精神生命体はキミにとって何者だったんだい?メーデンちゃんには庇ったと言っていたね」


「そうだな。庇われたよ。俺が過労で倒れる半年前に俺を庇って死んだよ」


 俺の記憶だと本当に半年前。あの温かさすら覚えている


「おやおや、つまり二人は並々ならぬ関係なんだね」


「そうだな。そりゃあ婚約者だったし」


「こ、婚約者!?」


 え、そんなに驚くとこか?そんなに目を丸くして驚かれるほどのことでもないはずなんだけど……


「ふふふ……私は君の近くに居る女性には誰も勝てないのかな……?」


 彼女は机に突っ伏し、こちらを少し恨めしげに見てくる。


「そもそもアンジュとあいつらを比べる気もないんだがな。とにかく、あいつは俺を庇って死んだんだその時に残した言葉があって、それをメーデンに当てはめたわけだ。見た目がそっくりだったから」


「見た目がね。随分と曖昧だね」


「残した言葉が『私は願う。私はあなたに願う。どうか捕まえて』だ。その後彼女は死亡が確認されたからどこかで生きているとかも無かった。だけど、うちの従姉妹みたいに超能力みたいなことをやれるのが居るんだ。彼女ももしかしたら……ってな」


「ふぅん、旧世紀にはそんな人がたくさん居たのかい?」


「まさか。うちの従姉妹ですら他の能力持ったやつは見つけられなかった。ほんとに少数だよ」


 するとアンジュは少し安堵したようにタブレットをこちらに見せてきた。


「これは君の言う超能力……我々は『超自然的次元干渉能力』として呼称しているものだよ。呼び名は長いから超能力だけどね」


「次元干渉?そんな大層な名前なのか?」


「時折、物の透視や物体の浮遊、距離を無視した意志の伝達が可能な能力を生まれつき持っている生命体や個人が現れる……これら全て空間に干渉しているだけでは無い。次元そのものに干渉しているということがわかったんだ。だからあの名前なんだよ」


「どうやらコールドスリープで目覚めた先はSFじゃなくてファンタジーだったってことがわかったよ」


 この宇宙世界、サイエンスとフィクションじゃなくてサイエンスとファンタジーだな全く。


「それは何よりだ。えっとなんの話しだったかな?」


「なんだったかな。まあいいや、明日からは惑星ルファだ。小難しいことは忘れてとりあえず飲もう」


「そうだね。ちょうどいいことにこれが最後の瓶だ。飲み干そうじゃないか」


 アンジュが持ってきたグラスに酒を注ぎ、俺たちはチンとグラスを鳴らし口に含む。




 現在時刻は2:47

 惑星ルファ到着まで残り四時間。




★★★★★★★★★★★


今日の更新はラスト……じゃないです!このまま第2章も投稿します!


時間は16:00スタート!!気に入ってたらリマインダーとかよろしく!

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