グッドモーニン・アライバル

・俺(リュウ)


「あれがコロニーか……」


 遠くに見える、まるで地球の大都市のような煌めき。

 

 先の戦闘で損害は軽微とはいえ、初戦闘。何か不調が起きていてもおかしくは無い。だからアステールの判断でスラスターは再点火したものの、エンジンからスラスターに回す出力は控えめで速度もまだ低い。加速に時間を掛けて負担を少なくする狙いだ。


「このまま加速していくとしてどれくらい掛かる?」


『予測では残り8時間。先程の敵艦より得たデータによると、目指すコロニーはスオームコロニー。プライムコロニーと称され、貿易拠点に指定されたコロニーのようです』


「なるほど。コロニーそのものについては何か得られたか?」


『いえ。しかし周辺区域の宇宙海図は取得出来ました』


 宇宙海図ねえ……まあ確かに宇宙ではなんて言ったらいいか分からないし適当な名称か。


「うーん、見方がわからん。でもコロニーの近くに何やら大きなワープホールがあるのはわかる」


『おそらくコロニー、もしくはコロニーの所属組織が管理しているワープホールかと。本艦を襲った敵艦に残されたデータによると、そのワープホールより出てきた船を襲うためにこの位置に陣取っていたようです』


「なるほどな。距離は離れているが宇宙だとそんなの近距離になるのか」


 そのワープホールの位置は時計で言うなら10時の位置。コロニーは中央、俺たちは6時の位置だ。

 ワープホールは見えないが、俺たちの位置からは上手く見えないだけかもしれないな。もしかしたらここはワープホールの監視にはちょうど良かったのかもしれない。


「そういえばデータインプットは終わったんだよな?」


『はい。基本的な知識データはインプット終了しています』


「そのデータインプットを挟んでもまだ8時間か……さすが宇宙ってところか」


『はい。7時間を用いました。しかし、この時間でメーデン様も休めているようです』


 俺は後方の椅子を倒し、丸まりながら寝息を立てている少女を見る。

 

「たとえ星どころか銀河が違おうとも、眠り、こうして寝息を立てることは変わらないんだな」


『はい。マスターと同じ人類なのですから』


「そういうことじゃ無いんだが……まあそうでもあるか。よし、またしばらく寝るわ。そうだな……一時間前とかになったら起こしてくれ」


『了解しました』


 俺はもう一度椅子を倒し、目を閉じる。今度は純粋に眠るために。





『……スター、マスター。起きてください。減速も終了し、メーデン様はすでに起床されておられます』


「ん……おお、おはよう。デカっ、……いやだいぶ近く……違うな両方か。近くて向こうがでかいのか」


「すごく大きい。リュウ、あそこに行くの?」


「そうだな。早いとこメーデンをあそこに連れてかなきゃいけないし。あとは食料とかの補給だな」


「……どうして私を?」


 メーデンはポカンとした顔になる。そんなに意外なこと言ったかな。


「どうしてってそりゃあメーデンもずっと宇宙船の中ってのは嫌だろう?それに親御さんだって居ないんだ。さすがに情とかよりも優先して憲兵に預けるよ」


「……嫌」


「え?」


「嫌!ずっと一緒にいるの。絶対に離れないの!」


 メーデンが初めて大声を出した。椅子に座る俺の前まで来てプクーッと頬を膨らませながら如何にも怒ってますと言わんばかりの表情だ。それに何か引っかかる言葉が?だけどそれを考える間もなく彼女は続ける。


「メーデンはリュウがくれたもの。名前をつけたらその人のもの。だから私は一緒にいるの」


「いやいや、それは違うぞメーデン。さすがに宇宙なんて危険な場所に連れてく訳にも……」


『マスター。意見具申よろしいでしょうか』


「アステール……いいぞ」


『この船は元々マスター専用となっておりますが、搭乗可能人数は十人を想定しております。今後も旅を続けるのであれば、仲間と呼べるものがあっても良いのでは無いでしょうか』


 アステールの声と同時に目の前のモニターにいくつかの資料が提示される。それは閉鎖空間におけるいわゆる仲間の存在の大切さだった。精神安定とかの文字が見えるな。

 はは……アステールも賛成か。俺としても助けた彼女が今後変な扱いを受けるよりはこうして一緒に居た方が彼女の安全という意味でもいいと言うのは分かるのだけど。でもそれは逆にもなりうる。


「はぁ……メーデン、もしかしたら死ぬかもしれないぞ?」


「リュウが居れば死なない。そうでしょう?」


「そりゃあそう簡単に死ぬつもりも死なせるつもりも無いが。でもそんな過度な期待も困るぞ?」


「大丈夫。なら答えは一つ。私は着いてく。なんて言われようとも」


 彼女の目は真剣だ。覚悟が出来ていると思っていいか。それならこれ以上の話は必要ないな。


「分かったよ。メーデン、今日からのんびり旅する同行者だ。仲間だ」


 俺は根負けしたように両手をあげる。


「……うん!」



 メーデンが怒った顔から一転、笑顔になり、そこで窓の外を見るとそこは大都会と言っても差し支えないほどの空間が広がっていた。

 カラフルな光を放つ巨大なコロニー。大きさは計り知れない。まるで摩天楼のようにも見えれば、どこか禍々しい魔王の城のようなそんなある種の畏敬の念を抱かせるような雰囲気もある。

 加えて様々な形状、様々な大きさ、様々な光を放ち進む宇宙船。


 俺たちが乗るこの船も300メートルとそれなりに大きいはずだが宇宙スケールではとても小さい部類のようだ。

 今も真上を超巨大な、長さだけでも数千メートルはあるであろう宇宙船が通り過ぎていく。

 また、目算数十メートル程度の小さな宇宙船も見られる。


 そして前方方向には大きな口とも言えそうな門のような物が存在していた。さらにその門がここから見えるだけでも四つはある。

 これはここだけの施設ではないだろう。単なる予想だが、各方面にこの規模の物が存在していると思う。


『マスター。おそらくこのコロニーへ入港する船を納めるドックでしょう。本艦もあそこの内部に誘導されるはずです』


「じゃあそろそろかな?」



 すると噂をすればなんとやら。通信が入る。


『こちらスオームコロニー港湾管理局。所属、艦名、識別番号を求める』


 なるほど、そう来たか。


『マスター、ここは正直に申した方がよろしいかと』


 そうだな。


「こちら300メートル駆逐級宇宙船、艦名をグウィバー。未所属で識別番号ってのは無い。ただし事情があるが、それを述べても?」


『未所属で識別番号不明か……しかし船はありふれた物……、了解、事情説明を許可する』


「ありがたい。この船には俺含めて二人の搭乗者が居るが、その二人がコールドスリープ明け直後でな。この船は数百年宇宙空間を漂流していた」


『なるほど、コールドスリープか……。了解、ひとまず入港を許可する。その後行っていただきたい部署がある。それは構わないな?』


「ああ。別に船を寄越せとか身元不明だから殺すなんて言われなきゃ別にいいさ」


『コールドスリープ明けの人物の身分証明書の作成さ。そこまで構えなくていい。……っと、入港許可が降りた。こちらの遠隔操作でドックへ入れる。遠隔操作をオンラインにしてくれ』


「わかった。──アステール、頼む」


『了解。遠隔操作システム、オンライン』


「変更した。誘導頼む」


『任せとけ』


 すると、ゆっくりと船が勝手に動きだし、ドックの方へ近づいていく。途中、艦首と艦尾を入れ替えるように反転したがそれ以外には大きく動かずレーザーで形作られたレーンの上に乗るように移動し、入港そのものは数十分で完了した。


『そちらにまずは行っていただきたい部署までの地図を送付した。ここ入港管理局から何階か下に行った本庁ってところのコールドスリープ対応部ってのがある。まずはそこに行ってくれ』


「了解、ありがとよ」


『では、良いコロニー滞在を』


 そう言って通信は切れた。


 ふぅ、と一息付き、俺は少しドックのなかを眺める。


 葉巻を二本並べたような見た目のグウィバーは両側から数本のアームで挟まれて繋留されている。その繋留の時は少し揺れたな。


「さてと……このままのんびりしてもいいんだけど、まずはどうするかだ。とりあえずアステール、さっきの敵艦から何が奪えた?」


『はい。大半がデータとなっており、物品として使えるものは粗製のレアメタル合金インゴットが数トンです』


「じゃあそれはしばらく腹の中に隠しとくってことで……アステールはこのコロニーのネットワークにアクセスして得られる情報は一通り漁ってくれ。その間に俺とメーデンはその……本庁だったか、に行ってくる」


『了解しました』


「よしメーデン、行くぞ」


「うん」


 彼女は椅子からぴょんと飛び降り、こちらに来る。

 近くの椅子にかけていたコートを羽織り、メーデンの手を引くが……


「リュウ?」


「これ羽織っとけ」


 俺は彼女にコートを羽織らせる。サイズが合ってないが、理由は察してくれ。

 ピッチリしすぎなんだよ彼女のスーツ。


「? ありがと」


 ふう、これで目のやり場に困らなくて済むな。

 ……でもやはり似ているだけか?


「リュウ、いかないの?」


「いや、なんでもない。行こうか」


 さてと……


「いざ、初のコロニーへ」


 艦内を少し歩き、アステールに外へ続く扉を開けてもらい、俺はついにコロニーへと降り立った。

 イメージとしてはまんま港だ。外が宇宙で、足元が工事現場とかにありそうな足場がかなりしっかりしたものに似ているという違いはあるが。船の入れ方は上野駅の櫛形ホームが1番近いな。ガントリーロックとかで船が固定されるからその形が一番簡単らしい。

 それにコロニーの内側方面には様々な施設があって、ここから見えるだけでも関税やら地球の空港にもありそうな場所がたくさんある……ん?そういえば文字は問題なく読めてるな。これもアステールによるものかな?助かるな。


 その場で足踏みすると、どうやら重力はあるらしい。アステールに言わせれば擬似重力と呼ばれるものらしいが。歩けるなら良い。


「ここが、コロニー……SFの産物だったもの……それが現実に」


「凄い……」


 時刻午前7:42。リュウ、メーデンの二名がコロニーの地を踏んだ。



 ドドドドド……


「うん?」


 何か走ってくる音?

 俺はメーデンを背に回し、その音の出処を探る。


「……い!おーい!そこの船のあんたー!」


 うん。変人だな。


「メーデン、一度中に戻ろうか。ここが目的じゃ無いだろうけど、一応な」


「う、うん」


 ここは宇宙。何が起きてもおかしくない場所。

 たとえ作業着みたいなツナギを着た髭もじゃのオッサンがこっちに向けて走ってきていたとしても多分あれは他人に向けてなのだ。


「おーい!それはあんたの船だろうーっ!」


「ちっ、間に合わなかったか……」


 いつの間にかすぐ後ろの方で聞こえていた。なぜだ?


「はぁ……そうだ。俺たちの船だ。で、あんたは?」


「おっとこれは失礼。俺はジャン・バルドー。このコロニーに住む船大工だ。よろしくな」


 ジャンと名乗るオッサンは見た目だけなら50代のナイスミドルだ。でもアステールに聞いた話だと、現在の人類……まあ人型範疇生物だったか?は寿命がかなり伸びているから本当に50代ってことは無いだろう。


「船大工のジャンか。俺はリュウ。こっちはメーデンだ。こちらこそよろしく」


「よろしく頼むな」


「船大工?」


 ああ、メーデンは知らないのかも?見た目と年齢は違うけど、彼女の成長環境はわからないからな。


「おう、嬢ちゃん。船大工ってのはその名の通り船を作る仕事だな。俺はフルフレームってな。これでも結構上の方なんだぜ」


「すごい?」


「おうよ。すごいぞ」


 フルフレームね。聞いたことないけど新しく出来たのだろうか。

 メーデンも興味津々で聞いてるな。確かに詳しく聞いてみたい。


「はいはい、とりあえず話は後で聞くからとりあえずここに何しに来た?」


「おっとそうだ。……この船を俺に整備させてくれねえか?頼む!」


 オッサンは腰を45度に曲げたお手本のような綺麗なお辞儀で頼み込んできた。


「船の整備か……この船の形って結構一般的なものなのか?さっきの管制官もそんなこと言ってたが」


「うん?いんや、この形は見たことねえな。でも船の基本構造なんかは大抵似かよる。装甲板も曲形加工板を用いれば補修もできる」


「なるほど……」


 それじゃあ管制官の見間違えかな?それともスラスターの位置とかの基本構造って意味での同じなのか。


「どうだ?さっき言ったように、これでも俺はそれなりの腕があると自負している。頼む!」


 うーん、はっきり言って怪しさこそあるけど断る理由も無いんだよな。確かに整備はしなけりゃならないからいつかはどこかに頼むことになったし。

 ただこのオッサン、なんか必死なんだよな。そこになんとも言えない違和感を感じる。

 でもものは試しか……?いやそこまで冒険するのも……

 するとクイクイと袖を引っ張られる。


「リュウ、この人、いい人。大丈夫」


「メーデン?」


「何となく、わかる。大丈夫」


「そうか……」


 うーん、子供というか女性の目ってのは案外馬鹿にならないからな。まあこの広い宇宙でメーデンと巡り会えたのも何かの縁だし、信じてみようか。


「わかった。整備の件についてはまた詳しく聞かせてくれ。その代わりちょっと案内を頼みたいんだ」


「案内?どこだ?」


「本庁ってとこだ。入港管理局から下にあるって聞いたんだが」


「ああ、なら簡単だ。俺もちょっち用がある。そのまま行こう」


「助かる」


 ってオッサン、その用を置いて俺に話しかけてきたのか?

 

 でもちゃんと案内してくれるならありがたい。アステールから俺のデバイスにマップが送られてきたが、正直わからん。階層も当然、一つのフロアだけでも迷路のように入り組んでいる。これは多分知らなきゃ迷う。日本で言うなら某東のダンジョンと某関西のダンジョンを合体させた物の数十倍から数百倍。宇宙クラスとでも言えばいいか。


「ここは、このコロニーに住んでる俺らですらたまに道が分からなくなる。だから基本は外殻を伝って降りてくのさ」 


「外殻?コロニーとは別なのか?」


「このコロニーは外殻と内殻の二層構造でよ、ここドックとか工場のある場所が外殻、居住区やら商業施設やら色々あるのが内殻だ。外殻は内殻を覆うように出来てるから移動もエレベーターで簡単よ。でも内殻はそうはいかねえ。人が多い場所ならまだマシさ。エレベーターも何とかなる。が、貧民街に気付かず侵入しちまったら身ぐるみ剥がされる。何日にか一回、内殻で下に降りるエレベーターを探したりして貧民街に侵入するケースがあるのさ」


「貧民街か……こんだけデカいコロニーなら当然か?」


「かもな。俺たちみてえな外殻でも働けてるやつはまだマトモと言えるな。内殻に落ちたら……這い上がれねえ」


「カースト……って言っていいのかわからんが、内殻に富裕層と貧民層が混ざってるってことになるぞ?」


 オッサンの口調だとそう捉えられる。


「ああ。このコロニーの最上位層はこれから向かう本庁の中でもさらに上、総合制御って括りの連中だ。次に俺たち民間人がアクセスできる本庁の下位組織、医療とかそういった部分。ほぼ同率で内殻の商業施設の上位陣。さらにその下位組織でようやく俺たち民間人がマトモに働ける……ってのが前提になるがいいか?」


「つまり、その本庁や医療機関、商業施設の上位陣は全てどこかの組織の回し者と?」


「そうだ。正確には連邦から派遣されてきた行政官だ」


 連邦ね。新しく単語か出てきたけど、このコロニーが属する国家クラスの組織と捉えるのが正解か。


「話を戻すが、貧民街と富裕層が隣接しているのはこの上位陣の意向でな。民を救うとか聞こえのいい言葉並べちゃいるが要は監視だ。這い上がらないように、這い上がれないようにな。外殻で働く連中は貧民街の少し上と考えてくれや。入港管理局は本庁直下だから例外だが、工場なんかの整備士は皆そこに属する。というか、貧民街含めみんなここを目指す。腕さえありゃ這い上がれる可能性が辛うじてあるからな」


「そうか……だから俺のところに?」


 もしかしたらこのオッサンも仕事が無く、這い上がるために俺に声をかけたのかもしれない。


「いや、あんたの船が珍しかったからだが?」


「そうか……」


 前言撤回。でもここまで欲望たっぷりならむしろ好感が持てる。


 さて、ずっと話しながら移動していたが、今歩いているのは商店街に近いところだ。

 左手が宇宙空間側で、内側にカーブするようになっていて、店がある内側には銃の店や食料品店などとにかく色んな店がある。

 相変わらず袖を掴んだままのメーデンなんて色んな店に目移りしすぎて少しフラフラしている。

 銃器店は後で行きたいな。俺は今丸腰だから。


「よし、ここだ。これがコロニー上下に移動できるエレベーターだ。色んな部署が集まってる階層に向かえばいいか?」


「ああ。そこまで行けば見つかるだろ」


 そう答えると、いつの間にか目の前にあった巨大なエレベーターの横にあるコンソールを操作する。

 エレベーターの見た目は工場とかにある荷運び用のエレベーターを相当デカくしたものと考えてもらいたい。百人どころか千人乗っても絶対に大丈夫そうだ。そんなスペース無いけど。


 オッサンの先導で乗り込み、他にもオッサンに似たツナギみたいな服装をした人達が乗り込むのを待ち、少ししたらシャッター状の入口がしまり、すぐにガコンと音がして下に下がるような感覚がある。ここは地球のエレベーターと同じだな。


 そして驚いた事がもうひとつ。俺はここまでメーデンやオッサンとしか話してこなかったし、ここまでオッサンと話していたから周りを見る余裕が無かった。

 でも改めて見てみると凄いものだ。

 俺やメーデン、オッサンと同じような肌の色の人から、映画のア○ターみたいな肌の色の高身長の人、見た目は俺たちと変わらないのに小人と言っても良いくらいの身長の人、下半身が謎の四足歩行の動物になっている人、そもそも人型じゃなくて宇宙服みたいなのを着て、顔のある部分にクラゲみたいなのが浮かんでいる人……人?それに明らかに機械の体を持った人。もはや人と呼べる部分は無いが、一応人型だから人なのか。頭なんて単眼のカメラだし。

 多分俺と似た人も地球出身では無いだろうから種族とかの括りがあるのだろう。多分数百単位で。


 いやー、本当にSFにいるわ、俺。


「リュウ、私たち、すごい」


「そうだな。すごいとこに来た」


 エレベーターで降りていると、時折外が見えることがある。そこから見える光景は宇宙じゃなくて階層のようになっているのだけど、その階層事に大都市が形成されているのだ。しかも、おそらく種族事に大きさや環境が調節されたものだ。建築にどれだけの時間が掛かったのか……いや、驚くべきはそれを実現した技術かもしれない。

 連邦だか知らないが……宇宙には本当に存在していたんだな。


 しばらく、だいたい十分くらいエレベーターで移動すると、チーンと音が鳴ってエレベーターが開く。するといきなり喧騒が耳に飛び込んでくる。


 イメージとしては渋谷のスクランブル交差点。大きさも人の数もあれの何倍かは想像もつかないな。エレベーターに乗っていた人と似たような見た目の人、明らかに浮遊している物理学ガン無視な人っぽいナニカ。宇宙服の中にクラゲみたいなのが浮かんでいる人。そもそも人じゃない形の生命体。


「こりゃすげえ……メン・○ン・ブラックの世界だ……」


 ニューラ○イザーとか売ってない?あのピカッてするやつ。


「リュウ、こっちだ。あのデカい建物。コロニーを縦にぶち抜いている馬鹿みたいな建物が本庁だ」


 すっごい人がいて、全然進めない。メーデンの手を握って逸れないようにするので精一杯だ。

 先にいるオッサンが指さしたのはまるで壁のようなビル……というかデカすぎて壁にしか見えない。さすが宇宙スケール。全てがでかい。そして人も多い。


「確か長ったらしい名前があったはずだが、俺たちはみんな本庁って呼んでる。医療機関に税、戸籍管理なんかのこのコロニーでの政治の中枢と思ってくれや」


「オッサン詳しいな。元本庁務めとかか?」


「このコロニーに住んでりゃ嫌でも覚えるものさ。ほら、あそこじゃないか?」 


 しばらく人混みの中を歩いてその本庁の方へ向かうと、建物の入口らしいものが見えてくる。

 船を出る前に入港管理局から送られてきたマップによると、この少し先、医療機関の奥に位置するようだ。この位置なら本庁に入らず、ぐるっと回って行った方がいいな。


「それじゃあオッサン、どこで落ち合う?」


「そうだな……金のオブジェがある場所でいいか。あれならひと目でわかる」


「俺たちはそれを知らないぞ?」


「大丈夫だ。本庁の中なら文字通りどこからでもひと目でわかるからな」


 金のオブジェねえ……

 とりあえず俺たちはその医療機関の方へ向かうとしよう。


 オッサンと別れ、本庁の周りを歩いていく。人は多いが、エレベーターから出た直後よりは圧倒的に歩きやすい。


「えーっとコールドスリープ対応部だったか。それは……っとあれか」


 道端にある掲示板みたいな所で確認すると、ここから建物内に入ってすぐの所らしい。


「それじゃあとりあえず済ませてきちゃうか」


「うん。お腹空いた」


「ははっ、金も稼がないとな」


 メーデンの頭をを撫でながら俺たちは人ごみを掻き分けて医療機関の中を進む。






「連絡受けた時はびっくりしたけど、いやーまさかまだ生存していたとはね!あっはっはっ!」


 ビクッ


「い、いや……なんの事だ?」


「あはは、ごめんごめん。過去にコールドスリープを受けた人間なんてもうとっくに死んでると思っててね。改めて自己紹介させてちょうだい。私はアンジュ。このコロニーの医官でコールドスリープ含めた生体医療全般を担当してるわ。よろしくね」


「あ、これは丁寧にどうも……俺はリュウで彼女がメーデンです」


 この一連の流れは俺たちが目的地のコールドスリープ対応部と書かれた部屋に入った瞬間に起こった出来事である。扉を開けた瞬間に大声で笑われたら誰だってビビる。そうだろう?


 ここは先の通り医療機関内のコールドスリープ対応部と書かれた部屋だ。というか、この部屋しかコールドスリープと名があるのが無かった。

 部屋の中はまるで学校の保健室みたいで、数台のベッドと薬品とかが入った棚、アルミ製みたいな机となにやら懐かしさも感じさせるデザインだ。ただコンピュータとかはホログラムだったりしているが。

 その机の前に座った医官に相対するように椅子に座る俺たち。

 医官……アンジュと名乗る彼女は地球じゃ見られないようなロングのゴールドな金髪に真紅の瞳。だがなんと言うか……小さい。うん、これ以上は失礼か?

 快活そうだが白衣を纏ってちゃんと仕事が出来るOLみたいなしっかりとした雰囲気がある。


「うんうん、リュウにメーデンね。さてと、まずは聞きたいことがあるのだけど、コールドスリープから目覚めたばかりというのは本当?」


「ああ。起きてからだいたい72時間ってとこか」


「なるほどね。ならばすこし血液を採取させてちょうだい。すぐに終わるわ」


 血液?宇宙になっても血液は重要なんだな。なんかこう……機械向けるだけで色々分かったりするのかと思ってたけど。


 彼女は机から見慣れたものとは違う、まるで拳銃みたいな形の注射器を取り出す。これはガッツリSFな見た目だ。


「それじゃあ先にメーデンちゃんからね。はいちょっとチクッとするよ……はい、ありがとうね」


「あんまり痛くない」


「あはは、やっぱり人によるんだねえ。痛いって叫ぶ人もいるのに。それじゃあ次はリュウだ。腕出して」


 彼女は先端部分を交換しながら俺にそう言う。


 言われたように腕を出すと、彼女はその注射器の針、拳銃で言うなら銃口の部分を前腕に押し付け、引き金を引く。すると、カチャンと軽い音と共に血が吸い込まれていた。

 確かに、痛くないな。なんだっけ、蚊の針を真似したのは痛くないって話だけど似たやつか?


「これでよし。少し待っててね。君たちの身分証を作るのに必要なんだ」


 彼女は注射器から外した試験管に入れられた血液を何らかの機械に入れ、ホログラムの画面をしばらく操作する。


「へぇー……これはこれは……。うん、はい。これが身分証だよ」


 ガーッと音を立ててプリンタから出てきたカードには名前と何かの番号が印刷されていた。

 それが俺とメーデンの分。これでようやく俺たちはこの宇宙で生きていくための最低限の身分は手に入れられたようだ。


「デバイスに入れてもいいんだけどね。それだと種族によって機器が違うから確実に所持させるためにカード状にしているんだよね。あ、でもちゃんとデバイス上に移行させることも出来るからね」


「助かる。ほら、メーデンのだ」


「ありがと。……アンジュ、随分、簡単だね?」


「そうだね……確かにそうかもね。でも連邦だけでもどれだけ生きているのが居るかもう想像もつかないんだ。それなのに一々細かな行政システム通して戸籍作って……なんてやってたらキリがないんだよ。だから私含めて医官とかにはこうして身分証を発行できる権限があるんだ」


「そりゃ確かに。でも助かる」


「それは何よりだ。さてと、君たちはこれでこの連邦での最低限の身分は保証されたわけだけど、ここからどうするのかなんて決めてたりするのかい?」


「何となくはな。船もあるし聞いたところだと傭兵ってのがあるみたいだから、それで稼げりゃ良いなと思ってるくらいだが……なんでだ?」


「養成学校を首席で卒業して私がこの仕事を始めてからもう数十年経つけど、コールドスリープ患者なんて一度も来たことがなくてね。コールドスリープ対応部なんて名前を掲げては居るけど、実は体のいい左遷なんだ。だから毎日他所の部署の手伝いだったり、ただの事務作業だったり、医官としての本分を忘れそうになっていたんだよ。そこで君たちが来た。自分勝手だが、改めて自分が何者かを思い出せた気がするよ。ありがとう」


 首席卒業の人材を事務作業にか……上司呼びつけてちょっと問いただしたいな。もうちょい適材適所ってあるだろうに……いやそれは俺の上司にも言えたことだった。すまん、呼びつけて問いただすことは出来なさそうだ。


「ははっ、そりゃなにより。でもその仕事ってのは裏を返せば優秀だからこそ回される仕事なんじゃ?」


「そうだね。私の専攻がコールドスリープ関係のものだったからこんな部署にいるけど、他の専攻だったらもう少しマシな仕事が出来ていたかもね。これでも首席で医官養成学校は出ているんだ」


「首席か……とにかく凄いってことは伝わった」


 地球と同じとまでは考えないけど、少なくとも生命を維持するために必要なのが医官だ。それの主席。かなりの学力があるんだろうな。それもこの宇宙世界で発展した学問の。


「そうかい。あ、そうだ。一つ聞いておきたいことがあるんだ。二人に関係があるからね。良いかな?」


「構わないが、なんか不味いことか?」


「いや、今のところは特に何もね。ただ気になっただけさ。まずはメーデンちゃんからね。君はだいたい300年ほどコールドスリープで眠っていた。そこは良いね?」


「うん。そう聞いてる」


 コールドスリープについてか。メーデンはともかく、俺に関しては千年近くだからな。もしかしたら何かやばい事が起こるのかもな。


「なら話は早い。君の血液から得られた情報だと、緊急コールドスリープ解除を行ったようだ。それは合っているね?」


「うん。危険な、状態だったって」


「なるほどね。ならこの数値も問題無いか……次はリュウ、君だよ。君は……何年寝ていた?」


「……少なくとも千年だ。正確には不明。コールドスリープの施術を受けたのが西暦2040年。目覚めたのが西暦換算で3117年。さっきも言ったけど正確性は怪しいけどな」


「千年……!」


 メーデンもこの数字には驚いたみたいだな。俺だってびっくりしてるのに。

 というか西暦という単位が伝わるのかすら怪しいし、アステールによるとブラックホールを通過したらしい。下手すりゃ万単位で年月が経過していてもおかしくは無い。

 そもそもここはアンドロメダ銀河。時間の流れすら違うかもな。


「西暦……やはり君は旧世紀の人間なんだね」


 旧世紀?なにそれやっぱり汎用人型決戦兵器ですか?

 それとも千年前の生命体がこの文明に知られていたのか?


「旧世紀?ということはまさか地球人類は到達していたと?」


「数百年前にその記録が残っている。その生命体の発する不明な言語、確認されたことの無い体液に遺伝子配列。国家は研究用のモルモットとしたけど、それとは一切関係ない要因でわずか三十年で死んでしまった。驚くべきことだけど、生命体の身体機能の劣化による衰弱死……寿命だとされたよ。よって国家はこの生命体を未確認かつ未成熟な非宇宙進出生命体として認定し、最低限、母星の座標などの把握を行おうとした。しかし見つからなかった」


「そりゃそうだ。銀河が違うんだからな。ま、そいつにはご愁傷さまとしか言えないな」


 当たり前だ。こちとら天の川銀河の辺境の星に住んでてようやく宇宙に出れるようになった程度だぞ。


「おや、おそらく君の同胞だろう?何か思うことなんかは無いのかい?」


「無いね。その彼か彼女かは知らないが、俺は今を生きているだけでそいつは過去に生きた。それだけだ。あったことも無いやつに同情することは無いね」


「そういうスタンスも嫌いじゃないよ。さて、その話にも続きがあってね。その生命体が発する言語の解析が終わり、ある程度の情報が得られた。その生命体が生きていたのはアースと呼ばれる星だ」


「アース、地球だな。つまり英語圏の人間か……?」


「向こうとしては必死だったのだろうけど、こちらとしてはまだ見ぬ文明を持った生命体が存在することに興味津々だったんだ。まあ先の通り結果は不明。見つからなかったんだよ。だからより情報を得ようとしたけど死亡した。───これが君に伝えておきたかった情報だ。でも君がそのスタンスならば特に必要無かったかもね」


「いや、助かる。考察の余地ができたからな」


「そうかい。ならば良かった。……そうだ、さっき傭兵として活動していくと言っていたね?」


「ああ。船もある事だしな」


「それならば傭兵組合へ行った方がいい。連邦としての身分証とはまた別の職種という意味合いでの身分証になる。持っていて損は無いからね。金を稼ぐのにも必要だ。場所はドックの近くだったはずだよ」


「傭兵組合か。一応互助組織みたいなのはあるんだな」


「そうだね。どちらかと言えば国の管理のためって言った方が言いけれど」


 管理?まあ確かに犯罪とか犯した奴を捕まえるのには必要だろうが……


「犯罪者の他にも戦場への徴兵だったりと色々出来るからね。まあそこら辺は細かいから気にしすぎても仕方がない部分もある。国家側の私が言うのもなんだけど、傭兵というのはどうなろうとも自由だ。君の性に合うんじゃないかな?」


「そうだな。それじゃあ一先ず、その傭兵とやらになるとしようか」


 俺はとりあえずの方針を決める。

 目指すは傭兵組合。

 さて、コールドスリープ明けでの就職活動の開始だ。




★★★★★★★★★★


次の3話投稿は12時!!

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