11 包まれたクレープと花袋の過去

 エスカレーターから降りると、クレープ屋さんはすぐそこだ。

 かわいらしいデザインのお店で、並ぶお客さんもそこそこいる。

「あんまりクレープ食べたことないけど、いろいろあるね」

 パトリスちゃんがサンプルをながめながら言う。

 メジャーないちごやバナナ、ツナマヨにからあげとかご飯みたいなメニューが、はじからはじまであるのだ。

 悩んじゃうのも無理はないよね。

「いらっしゃいませ、お決まりですか?」

 カウンターごしに店員さんがにっこり笑いながら聞いてきた。

 ボクは……じゃあ、これ!

 みんなもいっぱい悩んでから、それぞれ注文をする。

 ボクは、ベリーにクリーム、キャラメルソース。

 花袋はツナマヨにレタスのサラダクレープ。

 パトリスちゃんは、バナナにチョコレートクリーム。

 結ちゃんは期間限定のさくらんぼクレープ。

 月湖ちゃんは、プリンが入ったキャラメルクレープ。

 みんな違うクレープだ。てっきり、ひと組ぐらいかぶると思ってたんだけど。

「あいかわらず、すごいボリュームあっておいしそうだね……!」

「もういただきますしていいか?」

「じゃあみんなでいただきますしよっか」

 みんな、通路のベンチに座って、カンパイするようにクレープを持つ。

「せーの、いただきまーす!」

 結ちゃんのかけ声のあと、みんなで「いただきます!」と言う。

 本見てるときもゲームやってるときもそうだったけど、やっぱり楽しいなあ。

 そう思いながら、クレープにかじりつく。クリームがふわふわしてて、すごくおいしい。

「おいしいねえ、直陽ちゃん」

「うんっ」

 隣の花袋に、ふへへと笑う。

 まさか、花袋と出会ってからこんなに仲間が増えるなんて思ってなかったな。

「あ、花袋! 口のはしにツナマヨついてる」

「え、嘘。はずかしいな」

 やっぱり花袋って、どじなところあるなあ。

 見た目はすらっとしてて、喋り方も安心感あるから、お姉さんっぽいのに。

「サラダクレープって食べたことないけど、おいしいの?」

「うん。私はよく頼むよ。食べる?」

「じゃ、ボクのベリーと一口交換ね!」

「いいよー」

 花袋の手からクレープを渡されて、それをひかえめにかじる。

 さっきまで甘いものを食べてたから、しゃくしゃくしたレタスの食感がいつもより新鮮に感じる。

「ツナマヨ、いけるね! おいしい」

「ベリーも甘くていいね。次はこれ頼もっかな」

「おすすめだよー」

 そう言いながら、またおたがいのをとりかえっこ。ベリークレープが戻ってきて……あれ。

「……なんか、一口大きくない?」

「あはは、気のせいだよ気のせい」

「もーっ!」

 花袋ったら。

「あ、食べ終わったらトイレ行っていいかな?」

「いいよいいよ〜」

 結ちゃんがそう言うけど、花袋、まさか逃げる気じゃないよね。

「じゃあ、トイレの間さ、あそこの雑貨店見てていいかな」

 パトリスちゃんが指さしたのは、ぬいぐるみや小さめのカバン、文房具まである雑貨店だ。

 ボクもたまに、普通の文房具店にないかわいいシャーペンなんかを探しに行くことがある。

「いいな、オレも気になる!」

「他にトイレ行きたい子はいない?」

「多分だいじょうぶ」

「じゃあ、花袋を待ってる間とそのあとは、雑貨店を見よっか」

 結ちゃんがクレープの紙をまとめながら言う。

 なにか買っちゃおっかなあ。キーホルダーとか。

 あ、そういえば、消しゴムなくなりそうだったんだ。買っとこ。

 雑貨店のことを考えながら、小さくなったクレープをほおばった。

 

 クレープを食べ終わったあと、トイレに行った花袋を見送って、四人で雑貨店に入った。

 小さめのお店だから、あちこちにぎっしり商品が置かれてる。

「直陽、そんなシンプルな消しゴムでいいのか? こっちのほうがかわいいし、においつきだぞ」

「うーん、そういうのもいいんだけど、消しやすさは断然こっちなんだよね」

 そう言いながら、月湖ちゃんと文房具の売り場を見る。

 シャーペンとか定規ならかわいいのでいいけど、消しゴムは物でわりと使い心地が変わるから、シンプル一択だ。

「月湖ちゃんはなにか買うの?」

「よくぞ聞いてくれた。オレはこのキーホルダーを買おうと思ってるんだ」

 じゃじゃん、と見せてくれたのは、かわいい花のキーホルダー。

 棚には、青や緑、いろんな色のものが何個も並んでる。

「これ、みんなでそろえないか? そしたら絶対、いいと思うんだ」

「なるほど。いいね」

「二人とも、どうかした?」

 と、そこにちょうどよく結ちゃんが。

「結ちゃん、これみんなでそろえようって月湖ちゃんが」

「へえ〜! こんなのあるんだ。記念にいいね」

「あ、そういえば、パトリスちゃんは?」

「あっちでぬいぐるみ見てる。寝るときにちょうどいいのがほしいんだって」

 ゆるい顔をしたぬいぐるみに抱きついて寝るパトリスちゃん……すごく簡単に想像できるな。

 いや、パトリスちゃんのことだからまくらにしてるかも。

「いやあ、にしても楽しいね。すごく楽しい」

 隣にきた結ちゃんが、にこにこ笑いながら言う。

「花袋も楽しそうだったな。あんな楽しそうなの初めて見たかも」

「……そういえば、花袋とは知りあいなんだっけ」

「うん。バランサーとして何回か戦ってた。日常生活でもたまに会ったり、ジュースおごりあったりしてたよ」

 ということは、昔の花袋を知ってるんだ。気になるな。

「昔の花袋って、どんな感じだったの? もっとやんちゃだったりした?」

「オレも気になるな。それ」

「うーん、あたしもそんなに仲がよかった訳じゃないから、深くは知らないけど」

 少し目をふせて、結ちゃんは続ける。

「すごい無口で、いつも無表情だった」

「えっ?」

 思わず、手に持ったキーホルダーを落としそうになる。

「必要以上、喋ろうとしない。関わりあおうともしない。冷たい子だったね」

「本当に? 今とか、けっこう誰に対しても親しい感じだけど……」

「うん。だから、驚いたんだよね。高校生になって変わったなって。あれかな、高校デビューってやつ?」

 そうなんだ。たしかに、花袋は高校からの編入組だから、環境が変わったことで多少無理してるのかもしれない。

 そう思うと、心配だなあ。

「……そういえば、その花袋、遅くないか?」

 そう言って月湖ちゃんが時計を見る。

 トイレは近くにあるのに、もう十分ほどたっている。

 月湖ちゃんの言うとおり、ちょっと遅いな。

「ボク、見にいってくるよ」

「お願い。なにかあったら呼んでね?」

「オッケー!」

 そう言って、雑貨店を出る。

 なにしてるんだろ。別のお店によってるとか? それとも知りあいに会ったとかかな。

 通路を小走りしながら、トイレに向かう。

「ん……? あっ」

 すると、近くの薬局の前で、花袋の姿を発見。

 知らない制服を着た女の子と一緒にいる。

 昔の友だちかな? 邪魔しちゃ悪いよなあ。

 そう思って、なんとなく角に隠れてタイミングをうかがう。

 ……なんか、花袋、変な顔してないか?

 そう考えてると、喋ってる内容が、ぽつぽつと聞こえてきた。

「そういえば、犬養さん最近どうなの? なんか、私立入ったって聞いたけど」

「……うん。楽しいよ。友だちもできて」

「そっかあ」

 花袋の前の女の子(制服なのと、薬局の前なことを考えると、多分熱とかで早退したんだろう)が、一歩前に出る。

「いいご身分だね。犯罪者に協力したくせに」

 え。

 なに、それ。どういうこと。

 花袋は、苦しそうな表情で口を開く。

「それは、違うって……言ったじゃないか」

「アンタがなんて言おうが、実際そうじゃない。アンタがやったことのせいで、アタシたちの努力はめちゃくちゃになったんだから」

「けど……」

「言い訳できる立場なの、アンタ」

 女の子はきつい口調で、花袋に迫る。

 状況も、その子が言ってることもまるで飲みこめない。

「その、私は」

 花袋がそこまで言いかけたとき、薬局から女の人が出てきた。

 多分、女の子のお母さんなんだろう。

 女の子の隣で、なにかを喋るけどうまく聞こえない。

 ただ、女の子が言ったことは聞こえた。

 女の子は、花袋の腕をひっぱって、お母さんに言った。

「トモダチ」

 花袋は笑った。

 あんな、めちゃくちゃな、傷ついた笑顔、知りたくなかった。

 女の子と、そのお母さんは行ってしまった。

 花袋だけ、そこにひとり残された。

 ボクは、なにもしない訳にもいかず、「花袋」と声をかけた。

 花袋は肩を震わせたあと、こっちを向いた。

「あ、直陽ちゃん。ごめんね、遅くなって」

 いつもどおりの顔で、花袋は笑ってみせた。

「ちょっと友だちと話しこんじゃってさ。昔話に花が咲いちゃった」

 なんだよ、それ。

「花袋、さっきの人、誰」

「中学生のときのクラスメイトだよ。今は別の学校にいるけどね」

「なんで花袋にあんなこと言ったの」

 花袋の動きがとまった。

「犯罪者に協力って、なに。めちゃくちゃって、どういうこと?」

「……知らないよ、そんなの」

「花袋!!」

「知らない」

 花袋の手をつかもうとするけど、ふり離される。

「私は、知らない」

「なんでそんなこと言うの? 仲間じゃないの、ボクら」

「知らないって言ってるじゃんか!!」

 いままで聞いたことのない、大きな声で花袋は言った。

「行こう」

 花袋はそう言って、すたすた前を行く。

 縮まったと思ってた距離の間には、ぶあつい壁があることに気づいた。

 そのあと、雑貨店に戻ってからは、花袋はいたって普通だった。

 いつもどおり笑って、いつもどおり人をからかって。

 さっきまでのことが、まるで嘘みたいだった。

 ボクは、さっきのことを誰にも言えずに、黙っていた。

 花袋は、昔なにをしたんだろう?

 あの子の言ったことが本当なら、花袋は昔、なにかとんでもなく悪いことをしたってことになる。

 そんなの、信じたくないけど……全部嘘とは言いきれない。火のないところに煙はたたないというやつだ。

 けど、具体的になにを?

 それに、花袋はどうしてそのことを打ち明けたり、相談してくれないんだろう。

 そこまで心を許してくれてないのか、ボクたちが聞いたら花袋に失望するぐらいの内容なのか。

 それは……できれば、違っていてほしい。

 でも、それを否定できるほどの証拠も、そもそもなにがあったのかをボクはまったく知らない。

 結ちゃんが言ってた、昔の花袋のことを、なにも知らない。

 悔しかった。花袋が苦しんでるのに、なんの力にもなれないなんて。

 花袋はあのとき、ピンチだったボクを助けてくれた。

 だからボクだって、花袋の力になりたい。

 ボクはその日、密かにある決意をした。

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