本心と真実と

12 隠された真実を探れ!

 とにかく、動かないことにはなにも始まらない。

 そう思ったボクは、土曜日、きちんと準備をして家を出た。

『空閑サマ、だいじょうぶなのですか? 犬養サマのことを秘密裏にさぐるなんて……』

「だいじょうぶ。これでもボクはスパイか探偵になりたいと、子どものころに思ってたからね!」

『……そういう問題ではないと思いますが』

 レイニーが冷静につっこむ。もう、ジョークがつうじないなあ。

「とにかく、今のボクは花袋のことを知らなさすぎる。だから、花袋の中学生時代を知るために、聞きこみや情報収集をする」

『具体的にはどうするのですか?』

「まず、花袋の行ってた中学に行こうと思う。一番手っ取り早いだろうからね」

『不安が拭えませんが、BSAIとして最低限のサポートはいたします』

「最初は余計だよっ」

 スマホの中のレイニーを指さしながら言う。

 たしか、第二中学出身って言ってたっけ。

 第二中のこと、あんまり知らないんだよな。知りあいもいないし。

 合唱コンクールでちらっと見たぐらい。

『ひとりでだいじょうぶなのですか? 他の方に協力を求めてもよかったのでは』

「まあ、それも考えたけど、もしこれでたいしたことじゃなかったらあれかなって」

『……ひとりで暗躍するのをかっこいいと思ってる、の間違いでは?』

「うっ!」

 図星だ。

 まあ、さぐると言ってもそこまで大きなことはしないし、だいじょうぶでしょ。

 そう考えながら、ちょうどきたバスに乗る。

 昨日と違って、パトリスちゃんも制服姿の人もいない。

 それを見ると、いけないことをしてるみたいな気持ちになる。

 だいじょうぶ、心配することはない。

 花袋のために、ボクがやるんだ。

 席に座って、動きだす窓の外を見ながら、小声でレイニーに話しかける。

「レイニーは、花袋が起こした事件のこと、なにか知らないの?」

『第二中学校での事件歴は調べましたが、警察沙汰やニュースになっているようなものはありませんでした。また、学校の裏サイトなども見つからなかったため、詳しくはわかりません。ですが』

「……で、ですが?」

『とあるSNSでの書きこみで、気になるものが何件か。どれもユーザーネームや投稿している写真、コメント、ユーザー間でのメッセージのやりとりからして、舞鳥町の第二中学校の生徒かと』

「なんか、すぐ特定できる内容書きこんでるあたり、子どもらしいなあ……」

 まあ、子どものボクが言うのもなんだけど。

『内容は、『せっかくがんばって作ったのに』『どういうつもりなんだ』『犯人まだわからないの?』といったものですね。そのあとに、『あいつが犯人をかばうから』といった、気になる書きこみもあります。時期は、おととしの秋ぐらいです』

「がんばって作った……?」

 どういうことなんだろ。犯人は、誰かが作ったものを壊したんだろうか。

 でも、花袋はどうしてそれに協力……犯人をかばったの?

 大事な人だったとか?

 でも、花袋ひとりがかばったところで、どうしようもなくない?

 他にも関係者はいたんだろうし、だったら犯人をかばいたくなる気持ちがあったとしても、かばうメリットはない。

 むしろ自分が危険になるだけだ。

 レイニーからの情報に頭を悩ませていたら、バスはすぐに着いた。

 バスを降りて、とりあえず目星をつけてた場所に行く。

 もちろん、事件の舞台になった第二中だ。

 木曜学園は舞鳥町のはじ、ボクらの住む町のそばにあるけど、第二中はそこから離れてる。逆方向だ。

 しばらく歩いてると、第二中の少し古い校舎が見えてきた。

 ……さて。

「まず、なんて言って入ればいいんだろ。そもそも入らせてくれるのかな……」

『そこを決めてなかったんですか。あいかわらず抜けてますね』

「キミもあいかわらずきびしいよね……」

 う〜〜〜ん。とりあえず、職員室の人とコンタクトをとってみよう。

 生徒用とは少し離れた場所にある、職員用玄関に行く。

 するとそこに、『来客者様はこちらを押してください』と書かれたインターホンがあった。

 よかった。ここはうちの小学校と同じだった。

 ボタンを押すと、少しして声がする。

『はい。どちら様でしょうか』

「あー、あの、えー……」

 とりあえずコンタクト、とは言ってみたものの、なにも言葉が出てこない。

 な、なんて言えばいいんだ?

「えーっと、その……犬養花袋という卒業生、の人の……あの、親せきですっ!」

 思わず、とんでもない嘘をついてしまう。

「少し、花袋さんのことでお話があるのですが……花袋さんのことをよく知ってる方はいますかっ!?」

『犬養……あー、少しお待ちください』

 ボクの言葉を信じたのか、それとも確認をめんどくさがったのか、インターホンがいったん切れる。

「よ、ようし、なんとか第一関門はクリアだぜ」

『だいじょうぶですかね』

「多分いけたことない?」

 そう喋ってると、ガラス張りの玄関の向こうから、誰かがやってきた。

「はいはい、お待たせしました。えーっと、あなたが花袋さんの親せきの子?」

「は、はい!」

 背筋をぴんとさせて、出てきた先生を見る。

 ふくよかな体型で、髪はふわっとしたショート。水色のTシャツを着た優しそうな女の人だった。

 保育園の先生とかにいそうな人だ。

「え、えーと」

「ま、立ち話もなんだから、部屋行きましょうか」

「部屋?」

「そう、保健室」

 その人、吹瀬さんは、保健の先生だった。

「それじゃ、なにから話しましょうか」

 保健室の扉を閉めて、にこにこ笑いながら吹瀬さんが言う。

「にしても、花袋さんに親せきの、こんなかわいい子がいたなんてねえ。クッキー食べる? あ、チョコもあるよ。先生、甘党だから」

「えと……す、すみませんでしたーっ!!」

 空閑直陽。優しい笑顔を前に、これ以上嘘はつけなかった。

「花袋とは、最近仲よくなったってだけで、親せきでもなんでもなくて……花袋の最近の様子がおかしかったのが、花袋の昔に関係するんじゃないかと思って、学校の人に聞こうと思って、つい、嘘を……」

「あらら。まあ、そんなことと思ってたけどね」

「ばれてたんですか!?」

「先生っていうのは、カンがいいものなのよ。……なんて。本当は、花袋さんから、親せきとは不仲だっていうのを聞いたことがあっただけよ」

 そ、そうなんだ。

「にしても、花袋さんにお友だちかあ。わが子のことみたく嬉しいな」

「……やっぱり、昔の花袋は、すごく暗かったんですか?」

「昔、というか……一年生のころは明るくて、友だちもいたの。でも二年生のころにアレがあってからは、変わっちゃった。保健室に閉じこもるようになっちゃって」

「あ、アレ」

 それが、花袋のクラスメイトが言ってたこと。核心だ。

「なにがあったんですか」

「そうね」先生は話しだす。

「まず、そのときは秋の運動会で、クラスごとに大きなモニュメントを作ってたのよ。時間はかかってたけど、完成に着々と近づいてた。もう大詰めってところだった。花袋さんのクラスのみんなが体育館で、放課後に大縄跳びの自主練をしてた日だった。それが終わって、みんなで教室に行って、帰り支度をしていたときだった。隣の空き教室に置いてたモニュメントが壊れてるって、昼の作業で忘れものをして、取りにいった子が言ったの」

「えっ、どうしてですか?」

「風とか、偶然バランスが、とかじゃない、明らかに誰かがやった壊し方だった。ひどいありさまだったよ」

 誰かが。ごくりとつばを飲んだ。

「すぐに犯人探しが始まった。みんな怒ってた。ちょっとの情報でも逃さないように、躍起になってた。そのとき、別のクラスのある生徒が言ったの。『遠くからだったけど、その教室のほうから歩いてく子を見た』って」

「そ、それが犯人……」

「そう。でも、角度と距離が悪くて、顔が見えなかった。かろうじてわかったのは、それが女子生徒だったってこと。でも、この学校は校則で髪型の決まりがあるから、女子はみんなポニーテールかショートカットなのよ。だから、誰かまではわからなかった。……でも」

「でも?」

「その子とそのときすれ違った子だけは、すぐにわかった。角度もだったけど、体操服を着てて、体育館のほうから歩いてきた子だから。練習中に暑さでばてて、保健室に行こうとしてる子だって」

 まさか。

「その子が、花袋なんですか?」

「うん。だから、みんなが花袋さんに聞いた。すれ違った子は、いったい誰なんだって」

 吹瀬さんが目を伏せる。

「でも、花袋さんはわからなかった」

「え、でもすれ違ったんですよね? つかれててぼうっとしてても、顔は見えるんじゃないですか?」

「……ええ。たしかに、はっきりとじゃないけど花袋さんは顔を見てた。でも、わからなかったの」

「そ、それってどういう……」

「相貌失認、って知ってるかしら」

「ソウ……ボウ、シツニン?」

 初めて聞く言葉だ。

「失顔症、とも言うね。ちゃんと顔自体ははっきり見えて、パーツもわかるんだけど、それを『顔』としてとらえられない症状のこと。だから、これはあの人の顔、この人の顔、っていうのもわからないし、目の前にいる人すら誰かわからない。覚えることも難しいの。機械に詳しくない人が何個かの機械を見て、多少のパーツの違いはわかっても、それを覚えたり名前と一緒に記憶したりは難しいでしょ? 花袋さんは常に人間に対してそうなの。家族ですら、顔がわからない」

 そんなことがあるの、と驚いた。

 でも、身に覚えがある。

 花袋と二度目会ったとき、花袋はボクのことがわからなかった。

 三度目はわかったけど、あのときのボクは二度目と同じ服を着ていたからなんだろう。

 それに、ボク以外の子とは最初、あまり話そうとしてなかった。

「でも、それは薬で治るようなものじゃないし、なにより病気というほど知名度がほとんどない。周りは理解できなかった。せめて服装で誰かわかればよかったんだけど、うちは校則がきびしいから、くつしたまでみんな一緒なの。制服を着崩す子はほとんどいない。だから、事件は解決しなかった」

「そんな……」

「みんなの苛だちの矛先は、犯人から花袋さんに向かった。みんなが花袋さんを責めて、先生の中にも無理解な言葉を言う人がいた」

 それは、違うじゃないか。

 花袋は悪くないのに。

 でも、誰かにあたりたいそのクラスの人たちの気持ちも、わからなくなかった。

 だから、なにも言えなかった。

「花袋さんは、教室どころか学校にこれなくなった。相当、心に深い傷をおったのね。……あのときは、本当に大変な時期だった。私は、無理をするぐらいなら学校にこなくていいと思ってたけど、他の人たちや花袋さんの家族の人が、学校に行かせようとして、それに花袋さんが反発して……。みんなぼろぼろだった。一番つらいのは、花袋さんだったと思うけど」

 大きく息を吐いて、吹瀬さんは続ける。

「本当は、もっといい対応をしてあげたかった。ずっとそれが心残りで。でも、こんなにいい友だちができてたなんて、本当に嬉しい。ありがとうね、ありがとう」

 そう言う吹瀬さんの声は、震えてた。

 ボクは、お礼を言って学校をあとにした。

 坂道をくだりながら、ぽつぽつとレイニーとしゃべる。

「……花袋は、ボクらの前で無理してたのかな」

『わかりません。ただ、顔がわからないという秘密をかかえながら人と一緒にいるのは、苦痛だったかもしれません』

「そっか」

 たしかに、そうだよなあ。

 ……ボクは、力になれるのかな。

 いや、なるんだ。花袋はボクを助けてくれた。

 秀でたなにかがないボクは、地道にやるしかないんだ。

 花袋の役にたって、誰かにほめられるような人間になってみせる。

『それで、これからどうするのですか?』

「とりあえず、花袋に会いたいな。どんな風に力になれるか、話しあいたい」

 まずはそこからだ。

「よし、花袋に電話かけてみるか……」

『あ、空閑サマ』

「ん?」

 レイニーの声に足をとめ、前を見ると。

「おっ! ウワサをすれば影とは、このことじゃん!」

 角から曲がってきたのは、なんと花袋。

 ちょうどいい、と手を振って声をあげる。

「花袋〜!」

「あ……えっと、直陽ちゃん」

 少し考えてから、花袋はボクの名前を呼んで笑う。

 髪型や声でわかったんだろう。

「どうしたの? もしかして、私に会いにきたとか?」

「そう、そのとおりっ!」

 腰に手をあてて、ふふんと嬉しそうにするボクのことを、花袋は不思議な顔で見る。

「なんだか、ごきげんだねえ。なにかいいことあったの?」

「あのね、花袋のこと、吹瀬さんから聞いたんだ!」

「……え?」

「花袋が人の顔わからないのとか、昔あった事件のこととか。あれから気になって調べたんだ。大変だったんだね。でも、ボクが──」

 瞬間、冷たいものが背筋をとおった。

「は?」

 そう言った花袋の顔は、いままで見たことのない、冷えきった無感情なものだった。

「か、花袋……?」

「なんで」

 花袋がボクにつめよる。

「知られたくなかったのに、それだけは、それだけは、それだけはそれだけはそれだけは!!」

「ひ」

 のどの奥から、かすれた悲鳴が出た。

 いつもほがらかに笑っている花袋は、そこにいなかった。

「で、でも、ボク、は、花袋のこと、を、思って」

 声がぶるぶると震える。歯の根が鳴った。

「なにが、なにが私のことを思ってだ。知らないって言ったのに、隠してたのに、それを暴きたてて……。君は! 自分が満足したかったから、私にほめられたかったからやったんだろ! 自分のためだけに、私を……っ!」

 ぼうぜんとした。ボクは、花袋のために動いたんじゃなかったのだ。

 花袋の言うとおりだ。

 承認欲求のためだけに、事情を隠してきた花袋のことを考えずに動いたんだ。

「ボク、ボク……」

「……もう、いい」

 その声は、あまりにもかわいてた。

 失望とか、軽蔑とか、そういうものを全部混ぜたみたいな。

「君の顔を、もう見たくない」

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