奇才


 十月を迎え新体制となり、里菜と由梨香の一年生コンビの部長と副部長、それを翔子が支える体制となって、この時期にめずらしく新入部員が入った。


「よろしくお願いします」


 大人しそうな雰囲気の小清水萌々香ももかである。


「お姉さんとはちょっと違うね」


 しっかり者な姉の綾香は、前に生徒会長をしていた。


 綾香は濡羽色をした恵まれた髪質の持ち主であったが、萌々香はどちらかといえば癖っ毛で、それをツインテールにまとめている。


「何かまどマギのまどかちゃんとか白井黒子みたいな髪型じゃね」


 アニメ好きな優子が言った。


「なかなか入部する勇気がなくて…」


 一年生の萌々香は六月はじめのリラ祭のあとから、毎日のように部室に来てはいたのだが、なかなか入るまでの決心がつかず、四ヶ月近く過ぎてしまったのである。


 そこへ優子が声をかけ、二学期の体験レッスンを経て十月からメンバーとなった。


「萌々香ちゃんロリータ服似合いそうじゃけ、うちの貸しちゃる」


 そういうと数日後、優子は寮からカートに詰めた私服のロリータ服を、何着か携えてきた。


「そこに更衣スペースあるけぇ着てみんさい」


 優子はサイズを見立てて服と一緒に、萌々香を着替えスペースへ押し込んだ。


 着替え終えて出てくると、


「あら…まるでお人形さんみたい」


 果たして優子の見立て通り、海外の人形のような可愛らしい雰囲気である。


「萌々香ちゃん、裁縫とか出来る?」


「ミシンは使えます」


「ほいじゃあ、うちが服の縫い方教えちゃるけぇ」


「ありがとうございます」


 礼儀正しさは、姉の綾香と変わらなかった。



 萌々香は歌唱力が意外に高かった。


 体験レッスンのボイトレで試しに家入レオを歌わせてみたら上手だったので、


「萌々香ちゃん、ボーカルやってみる?」


「はい」


 素直な性格の萌々香は、先輩の言うことを真剣に聞く。


「前から萌々香はアイドル部向きだって思ってた」


 クラスメイトでもある菜穂子が言った。


「でも物凄く大人しいし、とんでもなく人見知りだし…大丈夫かなって」


 入学して半年は過ぎたのに、まだ萌々香と話したことがないクラスメイトすらいるのである。


「うちも北海道来て半年ぐらいクラスじゃ喋らんかった」


「それは単に広島弁だと、話しかけづらかっただけなんじゃない?」


 ツッコミの早いだりあが言った。


 さらに萌々香には、刺繍という才能があった。


 暇さえあればずっとチクチク縫っていて、普通のカーディガンに苺柄の刺繍を入れ、何と背中まで苺柄にしてある。


「だって背中に柄がないと寂しいから」


 と萌々香はいう。


 部室のミシンで衣装を直すのはお手の物で、過去の衣装でサイズが合わないものをリメイクしたり、ときにはシャツを何枚か片身変わりに縫い合わせ、不思議な衣装にしてみせたりする。


 歴代受け継がれているイメージカラーも、


「どの素材の生地も安いから、チョコレート色にします」


 と萌々香は、誰も選んでいなかったチョコレート色を選んだ。


 確かに。


 イメージカラーがチョコレート色のアイドルなんて存在は、見たことも聞いたこともない。


 ところがチョコレートカラーのワンピースに白で刺繍を入れたりするだけで、まるでシックなアンティーク調の人形のようになる。


「うちも刺繍習おうかなぁ」


 優子が思わず口に出すほどであった。



 数日して萌々香が昼休みにチマチマ刺繍を縫っていると、


「萌々香、お願いしていい?」


 菜穂子が寄って来た。


「ん?」


「私の衣装に刺繍、入れてもらっていい?」


「いいよ。何がいい?」


「揚羽蝶って頼んで大丈夫?」


「どこに入れるの? 色とサイズは?」


 すると菜穂子は手にしていた紙袋から衣装に使うグレーのスカートを取り出し、


「裾に、ちらっと見える感じでお願いしていい?」


「分かった。急ぐ?」


「急がないけど、それ年末のお台場の音楽番組の衣装だから、十一月末までかな」


「分かったよー」


 早速小型の枠を仮当てし、


「ここに来るけどいい?」


「了解」


 すると萌々香は裁縫箱の下から銀糸を取り出して当てがい、


「この色は?」


「任せる」


 決まるや早速、萌々香は下書きなしで縫い始め、帰り際のホームルームの頃には仕上がっていたのである。


「菜穂子ちゃん、出来たよ」


 見るとスカートの裾、ちょうど左の腿の辺りに来る近辺に、銀糸で二頭の揚羽蝶が、つがいで飛ぶ姿が縫い取られていたのである。


「わぁ…めっちゃオシャレ!」


 下描きなしとは思えない出来栄えである。



 この噂が部内で広まると、萌々香の前には衣装に刺繍を依頼するメンバーが集まった。


 由梨香のスカートの裾にはぐるりとイチゴの蔓をめぐらせ、里菜の衣装のブレザーにはエンブレムの縁取りで金糸をあしらい、ひかるの袖にはイニシャルを縫った。


 圧巻だったのは、だりあのために一日がかりで縫った、イメージカラーの黄色のダリアの花が縫い取られた肩掛け式のポーチバッグで、


「こんなに可愛いと使うのもったいない」


 だりあの喜ぶ顔を見て、萌々香も嬉しそうに慈愛の表情を浮かべた。


 優子から受け継いだロリータ服も、萌々香はみずから野バラや桜桃の柄を入れたりして、どんどん可愛らしくしている。


 それを着た姿を見た優子は、


「なんかローゼンメイデンみたいに変わりよったね」


 少し驚いたようではあったが、


「まぁ可愛らしくなっとるけぇ、えぇじゃろ」


 最後は喜んでくれた。



 萌々香にスカートを可愛くしてもらった由梨香は、制服に着るカーディガンの刺繍も頼んでみた。


「時間かかるけど…」


 そう言いつつ、実際は三日で仕上げた。


 由梨香の長い髪で隠れないように、野バラと小鳥があしらわれたカーディガンは人目を引いた。


 しかも由梨香は小学校六年生のとき、高校生と間違われてスカウトされたことがある…という逸話があるほどのスラリとした美貌の持ち主で、


「アイドル部始まって以来の美少女」


 とまで、のちに澪に言わしめたほどである。


 ところが由梨香には抜けているポンコツなところがあって、練習用のシャツを裏返しに着たまま、帰りに着替えるまで気が付かず、その後はシャツにステンシルを施して、裏表が分かるようにした…という、少しドジっ娘な面があった。



 そうした天然娘な由梨香を、理数系で冷静な里菜がときに手綱をさばいたりする。


 いつしかしっかり者の里菜、天然な由梨香、要領の良い菜穂子、妹キャラの萌々香は「アイドル部の四姉妹」と呼ばれるようになり、


「この四姉妹でユニット組んで売り出したらウケるんちゃう?」


 という翔子の思い付きから実際に活動することになり、頭文字を採った「RIMOKANA」というグループ内ユニットで、のちにデビューを果たすことになるのだが、それはさらに先の話である。


 人見知りの激しかった萌々香だが、しばらくするといつも由梨香の陰にいて、チクチク刺繍を縫っている。


「私、同学年だよね?!」


 そう言いながら、だがしかし萌々香が休んで来ていなかったりすると、


「あの子、具合い悪いのかな?」


 とついLINEで萌々香の安否を確認し、返信が遅いと気が気でなくなったりもする。


 結局刺繍で集中して気づいてなかったり、或いは目が疲れて寝ていたり…ということがあって、由梨香は心配のし損で、


「あの子はほんとに世話が焼けるんだから」


 そう言いながらも、悪い気はしていないようであった。



 萌々香は実際のところ、チョコレートは食べない。


「チョコレートよりクッキー派です」


 という萌々香はお菓子作りが趣味らしく、部室へクッキーを大量に焼いて持ってきたり、マドレーヌを焼いて職員室で配ったりする。


「あれは賄賂や」


 口の悪い翔子なんぞは毒づくのだが、そうすると萌々香は毒キノコ型のクッキーを焼いて、


「しょこたん先輩、どうぞ」


 と、子供じみた可愛らしい仕返しをする。


 これには翔子も参ったらしく、


「あれじゃ迂闊に毒も吐かれへんわ」


 とぼやいた。


 萌々香の進路は決まっていて、


「歌って踊れるパティシエールになりたい」


 その日のために、とパティシエール用の調理服にあちこちフルーツ柄を縫い入れ、可愛らしくしている。


「うちの部にはいなかったタイプだなあ」


 そう話す、たまに来る澪は、来年度から母校の教師となることが内定している。


 その澪に言わせると、


「生まれながらのアイドル」


 まさにアイドル部に入るために生を受けたような、たまにそうした人物が出てくる場合があるのだという。


「すみれや雪穂とも、何か違うんだよね」


 澪は萌々香に、何か今までのメンバーにはない何かを感じてはいたらしい。



 十二月の国立競技場ライブが近づいた十月、来年度から顧問が内定した澪への引き継ぎ作業が始まった。


「この時期からやらんと、入試とかで間に合わんくなる」


 頭の痛いところではある。


 この数年間、教科担任は持っていたがクラス担任はほとんど持たず、ほぼアイドル部につきっきりに近い形で過ごしてきた。


「茉莉江を旅行に連れてってあげることも中々出来んくて」


 清正は澪にだけもらした。


「先生、恐らくだけど茉莉江は、普通の人が経験できない世界を裏側から見ることが出来て、もしかしたら案外楽しかったりするんじゃないですか」


 確かにツアーも同行してもらい、音楽番組の際には夫婦でテレビ局の入構証を作って入ったまでは良かったが、廊下で迷子になったことすらあった。


「そんなもんなんかなぁ…」


「きっと、ですけどね」


 澪は部長の頃と変わらない笑顔を見せた。


 その頃、新しく加わった萌々香はボイストレーニングの甲斐もあって、リードボーカルのレパートリーを少しづつ増やし始めてきていた。


「ひまりちゃん、ライブ立ちたかっただろうなぁ…」


 たまに翔子は、ひまりの顔が浮かんで泣きそうになる日がある。


「まぁ迷惑はかけたかも知れないけど、ひまりちゃんは普通にしあわせになりたかったのかなぁ」


 最初の頃は萌々香のようにおとなしく、しかも声が小さかった。


「ほら、ちゃんと声張って!」


 そうやって、すみれに叱られていたことを思い出していた。


「そのすみれ先輩のレッスンを受け継ぐまでになったんだから、ひまりちゃんってスゴかったんだよ」


 連絡を取り合うるなによると、近々定期検診があるらしい。


「お腹の子は女の子らしいって」


「大きくなったらアイドルになるのかな」


 それだけは、誰にも分からないままであった。




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