第20話 肇君はケチだなぁ

「……遅い」


俺が部屋に戻ってきてからすでに30分は経過している。

女子の風呂は長いんだろうな、とは思っていたけど、ここまで長いとはさすがに思わなかった。全然戻ってこないじゃないか。

さすがにひとりでいるのにも飽きてきた。


「?」


と、思ったところでスマホが着信音を鳴らした。


『アイス買ってくけど、肇君は何がいい?』


そんなメッセージと共に送られてくる写真には、春海さんと千沙、そして美由紀が写っている。

……画面内の顔面偏差値、高くね?


『どんなのがあります?』


画像を保存してからメッセージを送ると、すぐにスマホが震えだす。


「まさかのビデオ通話」


しかも、かかってきたのは千沙からだ。


『肇が好きなやつもあるよ』

「アイスのこと?」

『そう』


そう言って千沙が顔の前に掲げたのは、そこら辺のコンビニでもよく見かけるアイス最中だ。確かに学校帰りとか、皆でアイスを買うときはそればっかり食べてるな。


『これでいい?』

「あー、うん──」


それでいい、と続けようとした瞬間だ。


『見て見て肇君。京都限定だって』

『──!?』

「春海さん?」


画面外から春海さんの声が聞こえてきたと思ったら、画面の端からニュッとアイスキャンディーが伸びてきた。


『槻木さん。急に割り込んでこないでください』

『えー、割り込んできたのは千沙ちゃんじゃん』

『そんなことない。私は肇にどんなアイスがあるか教えてあげただけ』

『ふーん?』


……何やってんの? 彼女たちは。

途端に蚊帳の外に出された気がするんだけど。


『阿澄。さっさと決めて』


画面上に表示された通知は、美由紀からのそんなメッセージが届いたことを教えてくれる。


『何してんだよ、あの2人は』

『阿澄が悪い』


なんで!?

いきなりビデオ通話が始まったと思ったら、何で俺が悪者にされてるの!?


『肇。いつものでいい?』

『肇君。限定のやつにしようよ。美味しそうだよ』


で、なんでこの2人は変に張り合ってるんだよ。

温泉に入ってる間に何があったし……。


「じゃあ、二つとも買ってきてください。両方食べます」


ぶっちゃけアイスにそんなこだわりないし、どっちでもいいし。

そう思ったらまたも美由紀からのメッセージが届く。


『バカ』


バカとはなんだバカとは。そっちのわけわかんないノリに付き合わされてるのは俺だぞ!?

とまあ、いまいち釈然としないままにビデオ通話を終えしばらくすると、三人が部屋に帰ってきた。


「阿澄ってバカだよね」

「開口一番ケンカ売ってるのかお前は」

「事実だし」


春海さんたちの風呂上り姿を楽しむより早く、俺の心は美由紀の一言でささくれ立つ。

せっかく目の前にクラスの男子ども垂涎の光景が広がってるのに、何だってこんな気分にならなきゃいけないんだ。


「肇」

「何?」

「これ」

「あ、うん」


アイスねアイス最中。


「サンキュー」

「ううん。肇はいつもこれ食べてるから」

「まあ、そうだな」


何でそんなに俺がいつも食ってることにこだわってるんだ、千沙は?

まあ、でも何ていうか、そんなことよりも、今目の前にいる千沙の湯上り姿の方が遥かに気になるけど。

今更だけど、こいつってすっげぇ美少女。普通に浴衣を着てるだけなのに、なんでこんなに得した気分になるんだ?


「……どうしたの?」

「いや。浴衣来てるのなんて初めて見たから」

「!?」


あ、茹だった。耳まで真っ赤。


「肇なら、もっと見てもいいよ」

「……あざっす」


いや、急に恥ずかしくなったな!?

こっちまで赤くなりそうだぞ!?


「いやぁ、青春だねぇ」

「なんすかそれ」

「ん? 感想」

「春海さん、とうとう枯れました?」

「しっつれいな! まだまだ現役よ、私は!!」

「その言い方がもうね」

「バカにするな小僧―!!」

「ちょ!?」


ケラケラ笑いながらのしかかってくるとか、どういうテンション!?

あ、湯上りだから髪が湿ってるのがエロいって、そういう場合じゃないから!!


「春海さん。いい加減にしてくださいって」

「お風呂に入ったからダラダラしたーい」

「俺の上でする必要はないでしょう!?」

「昨夜は上に乗ったけどね」

「下ネタかよ、アラサー!!」

「年齢のことを言う口はこれかー」

「ふがっ!?」

「あはははは」


ああ、千沙と美由紀が唖然としてる!!

そうだよな。普通そういう反応になるよな!?

アラサーの女性が年下男子の頬を引っ張ってはしゃいでるんだからッ!!


「ちょ、いい加減に──ッ」

「もうちょっとー」

「いい年して子どもみたいなことしないでください」

「肇君はケチだなぁ」

「俺、だいぶ心は広いつもりなんですが!?」

「知ってるー。肇君は優しいよねぇ」


いや、だからさぁ!!

いるじゃん、千沙と美由紀が!!

あのふたりの前で俺の胸を枕にする理由がどこにあるんですか!?


「離れろ、っての!!」

「きゃぁ」


無理矢理体を起こし、春海さんを引きはがす。

全く。なんでこの人はこう子どもじみたことをするんだ。


「肇君はいけずだなぁ」

「無理矢理方言を使おうとしなくていいですから」


せっかく温泉に入ってきたのに、汗をかいたじゃないか。


「は、肇!」

「千沙。何してんだ、お前は……?」

「うぅ……」

「千沙。あれはあんたには無理だから」

「美由紀ぃ」


そっちはそっちで千沙を美由紀が慰め始めるし、なんなんだ一体。


「肇君ー。アイス食べよー」

「つくづく春海さんのマイペースっぷりはすごいと思いますよ」


何事もなかったかのようにアイスの包装破いてるし。


「おいしいー」


って、もう食べてるし。


「肇君も食べなよ。はい」

「あ、はい」


あ。

前の前に差し出されてたからつい食べてしまった。


「おいしいでしょ」

「ですね。美味いです」


抹茶の味がいい感じで、風呂あがった直後に食べなかったのが悔やまれる美味さだ。


「んーッ!!」

「え、何!?」


アイスを堪能していたら同級生が唸り声を上げていた件。

って、いや。千沙の奴、マジでどうした?


「阿澄。やっぱりあんたはバカだ」

「なんでだよ!?」

「察して」

「無理だから」


思ってることはちゃんと言葉にしてください。


「肇」

「はい」


なんで怒られてる気分になるんだ。


「食べて」

「はい」


そしてなんでこんなにアイス最中を押し付けられてるんだ。


「早く」

「はい」


急かされてる意味。何このシチュエーション……。困惑しかない。


「食べました」

「ん」

「あ」

「え」

「お」


断じて発音練習中ではない。

ただ、俺が食べたことを証明するようにアイス最中を千沙の方へ向けたら、千沙がかじりついてきたのだ。


「いやいや。何してんの」

「んー」

「そんなに頬張るから」


普段ちまちまと食う奴が、そんなかぶりつくようにしたら、そりゃそうなる。


「食べたいならあげるから」

「んーッ!!!」

「え、何。違うの?」

「ん」

「どうしろと……」

「んむ」


わかんねぇから。

せめて首を横に振るなりしてくれ。


「阿澄はそのまま持ってればいいの」

「なんでだよ。食いにくいだろ」

「食べやすさより大事なことがあんの」

「わけわかんねぇって、何で美由紀は写真なんか撮ってんだ!」

「思い出よ。思い出」

「もっとマシな写真を撮れよ……」


なんだってこんなシュールな画を……。


「ん!」

「ああ、食べれたのか?」

「ぅん」


なんだろうなぁ。今夜だけで千沙のイメージがだいぶ変わったわ。

こんな一面あったんだな、こいつ。


「おいし。ね、肇」

「あ、ああ。そうだな。美味いな」


と、思いきやいつも美少女面ではにかむんだから、たまらない。

なんだそのギャップ。何アピールだよ。

……可愛いアピールか。告られたもんな、俺。千沙に。


「じゃあ、次は私だね! はい、肇君。アーンしてるからアイス頂戴」

「誰がやるか!」


大人が子供じみたことをするのは、ギャップでも何でもないことを今日学んだ。

せっかく温泉入ってまったりした気分になったのに、台無しだよ!!

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10歳差のふたりは、匂わせ以上ワケあり未満? 藤宮カズキ @fujimiyakazuki

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