第17話 千沙ちゃんは肇君のどんなところが好きなの?

部屋では否定したけれど、正直ひとりになれる時間があるのはありがたい。

ずっと春海さんと一緒にいられるのはめちゃくちゃ幸せだけど、べったりって言うのもなんか違う気がする。

ということで、俺は今、男湯でひとりのんびりと過ごしていた。


「……はぁ」


温泉っていいな。

体がほぐれていくというか、やっぱり気持ちいい。

思わずため息のひとつも漏れるというものだ。


「にしてもなぁ」


まさか千沙と美由紀が合流するとは思わなかった。

冷静に考えても意味が分からない。

まあ、それで言ったら春海さんに旅行に連れ出された時点で、そもそも意味がわからないんだけど。


「どうすんだろうな、あいつら」


さすがにここから先もずっと付いてくるつもりじゃないだろう。

春海さんがどういうつもりかは知らないけど、高校生がこんな無茶苦茶な旅についてこれるとは思わない。


「でもなぁ……」


温泉に入って気が緩んでいるからか、自然とひとり言が漏れてくる。

まあ、シャワーの音やら話し声やらで誰にも聞こえてないからいいんだけどさ。


で、まあ。何を考えるかと言われれば、千沙のことだ。

まさか告白されるとは思わなかった。

高校では普通に仲いいし、放課後に遊びに行ったりもしたから、友達だとは思ってたけど……。


「あいつ。俺のこと好きだったのか」


──ッ!!

言った瞬間恥ずかしくなり、思わず掬ったお湯を顔に叩きつけてしまった。

うっわ、ヤバ。

千沙と美由紀が来てびっくりしたり、春海さんが側にいたりしたから、なんか普通に話してたけど、俺、千沙に告られたのか。


「……マジかよ」


あの千沙が、俺に告白とか。

ヤバいな、それ。学校の男子連中に知られたらなんて言われるか。

もしかしたら殺されるかもな。千沙のことを好きな男子なんていくらだっているし。


そう。赤崎千沙はそれぐらい人気がある女子なのだ。

小さな顔に整った顔立ち。きれいな黒髪に、制服の似合う細身のスタイル。クラスどころか学年でも一、二を争う美少女。

俺が入学初日にあいつに目を惹かれたように、他にもあいつに惹かれた男子は大勢いる。


例の入学直後のオリエンテーションで男女別行動になった時、気になる女子の話題になった。その際に真っ先に名前が挙がったのが千沙なのだ。

そんな千沙が、俺に告白をしてきた。


「あいつ、俺のどこがいいんだ?」


これは自惚れなのかもしれない。

それでも気になってしまった。あいつは一体いつ、俺のことを好きなったのかと。


「聞くのってダメかなぁ」


どうなんだろうか。俺が好きなのは春海さんだとはっきり告げている以上、安易にそんな話題を振るべきじゃないとも思うけど……。


「いやでも、普通に気になるしな」


悩む。



「肌が若い。さすが十代」

「えー、槻木さんもきれいですよ」

「うん」

「ありがと~」


はて。もしかして私は今、若い子に絡むめんどうなおばさんと化しているのだろうか。

なんて一瞬思いはするけど、別にだからどうしたって話だ。

誰だって褒められて悪い気はしない。それも自分がちゃんと努力していることを褒められるのは気持ちがいい。


「化粧水とか何使ってるんですか?」

「あとで試してみる?」

「いいですか!?」

「いいよ~」


やった、と喜ぶ美由紀ちゃんの一方、千沙ちゃんの反応は薄い。

って、それもそうか。これだけ若くて可愛ければ、そこまで化粧に気を使わなくても十分だろうし。

それにしても可愛いな~、この子。そして肇君はこんな可愛い子に告白されるのか。……彼って、もしかしてものすごい優良物件だったりする?


「千沙ちゃんってやっぱりモテるの?」

「ああ、はあ」


え、反応、薄。

私、そんなに変なこと聞いた?


「あ、千沙って大体こんなテンションなんです。興味ないこととかは特に」

「いいね。そういうはっきりしてる子、私好きだよ」

「だから肇のことも好きなんですか?」

「え」


って、思わず固まっちゃったけど、いきなりそんなつっこみ方してくるの?

肇君のツッコミが目じゃないぐらい切れ味鋭くない?


「あ、それは私も聞きたいです。槻木さんは阿澄のどこが好きなんですか?」

「いや、どこって言われても~」

「ていうか、そもそも出会いってなんだったんですか?」

「なにって聞かれてもねぇ」

「教えてください」

「私も聞きたいです」


十代の真っ直ぐさが眩しい。

まあでもそうだよね。これぐらいの頃って、こういう恋バナをしてるだけで楽しいもね。


「私のは教えたのに、そっちが教えてくれないのはズルいです」

「そっかズルいか」


すご。わたしってば今、美少女女子高生に恋のライバル認定受けてる。

これはあれかな。私もまだまだイケるってことかな。


「肇君とのことは、あんまり他人に話したくないんだけどなぁ」

「ダメです」

「教えてくださいよ」

「いや、本当に。その、ね。色々あったし」

「色々あったんだ」

「それが知りたいんですってば。お願いしますよ、槻木さん」


うぅむ、どうしよう。

教えてあげてもいいんだろうけど、言いたくない自分がいる。

他人にズカズカ思い出に触れられるようで嫌だな。

でもなぁ、十代の女の子相手にそんなにムキになるのも大人として情けないしなぁ。


「そんなに言えないことなんですか?」


千沙ちゃんの真っ直ぐな姿を見てると、あんまり卑怯になりたくはないって思っちゃう。


「まあ、言えなくはないけど、言いにくくはあるかな。ほら、私と肇君って十歳も年が離れてるし」

「? それの何がいけないんですか?」

「いや、ほら。世間的にはあんまりじゃない。そういうのって」

「槻木さんもそういうの気にするんですね」


おっと美由紀ちゃん。それはどういう意味かな?

一応私だって大人としての体裁は気にするんだよ?


「今はお風呂です」

「うん」


千沙ちゃんってば、何でいきなりそんな当たり前のことを。


「裸の付き合い、です」

「あー」


まさかこんな美少女からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

でも、確かに言われてみればそうだ。裸の付き合いに、隠し事はなしって昔から言われている。


「そうですよ。私たち誰かに言いふらしたりしませんし」

「だけどねぇ……」

「なんでそんなに渋るんですか?」


いや、別に渋ってるわけじゃないんだよ。

だけどさ、ほら。聞かせてって言われると話したくなくなるじゃない。

天邪鬼だから、私。


「思い出がダメなら、肇のどんなところが好きかでもいいですよ」

「好きってそんな。私、肇君のことが好きなんて言ったことないよ」

「見てればわかります。私も、肇のことが好きだから」


わ、可愛い。

肇君のことが好きって言った瞬間、千沙ちゃんの顔が真っ赤に染まった。

さっきまでの勢いを見た後に、こんな初々しさを見ちゃうとギャップでやられちゃうなぁ。私までこの子のことを好きになっちゃいそう。


「ちなみに千沙ちゃんは肇君のどんなところが好きなの?」

「私が言ったら聞かせてくれますか?」

「私の話を?」

「はい」


当然か。そりゃそうだよね。こっちだけ一方的にって言うのは、それこそズルだよね。


「……。いいよ。私も話す」

「じゃあ、はい。いいですよ」


照れ臭そうに口を開こうとする千沙ちゃん。

これはなんだか長湯になりそうな予感。



のぼせた。

湯船に浸かりながら考え事なんかしちゃダメだな。

俺は内風呂から露天風呂に場所を移し、ぼんやりと夜空を見上げていた。

夏場とは言え、夜風は火照った体に気持ちいい。


結局、千沙が俺のどこを好きになったかなんてわかるはずもなかった。

課外オリエンテーションの他にも、体育祭や夏休み、文化祭など、一年の頃は色んなイベントを千沙とも共有した。

きっとどこかに何かがあると思いはしたものの、それが何なのかは俺にもわからなかった。


「まあ、いつか聞いてみよう」


そう呟いた声は、柔らかく吹く夜風に攫われていった。

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