第16話 私はドキドキしてるよ

「こんなにいい部屋に泊まれるの……?」

「広い」

「すごいでしょ? ほらほら、千沙ちゃんも美由紀ちゃんも遠慮せずに上がってよ」


喜色満面な春海さんがいる一方、内心で頭を抱えている俺がいる。


「ん? どうしたの肇君。二日酔いの朝みたいな顔をして」

「俺は未成年です! って、そうじゃなくて! 本気ですか?」

「何が?」

「千沙と美由紀もこの部屋に泊まるって」

「うん。2人もそれでいいって言ってたし」


そんなあっさりと……。

もうちょっと男子高校生へのデリカシーを配慮してくれないかなぁ!?


「部屋は広いし大丈夫だよね」

「部屋の問題ではないです。俺が悩んでるのは」

「? 他に何か気になることなんてあるの?」

「ありますよ、そりゃ。男1人に女3人で泊まるんですよ!?」


まずいだろう、それは。なんて言うか、世間的に。


「気にし過ぎだよ、肇君は。大学に入った時の予行演習だと思えばいいじゃない」

「大学ってそんなに夢いっぱいな場所なんですか!?」

「テキトーに飲み会とかやると、割とあるよ」

「すげぇな、大学……ッ」


思わずゴクリと喉を鳴らしてしまったが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。


「俺だけ部屋を変えてもらうとか出来ませんか?」

「え、やだ」

「やだって、そんな子どもみたいな……」


何? 何なの? なんでそんなにきっぱり否定するの?


「……肇君だけ別の部屋にしたら千沙ちゃんが夜這いするかもしれないでしょ」

「最低だな、あんたッ!!」


いきなり囁いてきたと思ったら、人の友達で何てこと考えてるんだ!!


「恋する少女を舐めちゃダメだゾ」

「言い方がむかつく」


ウインクをする意味が全くわからないんですが!?


「なに話してるの?」

「あー、いや、何でもない」

「本当?」


ち、近い。え、千沙お前。なんか近くね?

なんていうかこう、めっちゃいい匂いがするよ。


「肇君はみんな一緒じゃない方がいいんだってさ」

「そんな言い方してませんよね!?」

「意味は一緒じゃん」

「伝わり方が全然違うからっ!」

「だって、『俺はひとりでいたいんだ』って言うから」

「そんなスカした言い方してないですから!!」


誰だよ!!

ていうか春海さん、絶対わかってて言ってるでしょ!?


「やっぱり阿澄ってスケベね」

「美由紀。疲れるからこれ以上ツッコミ要素を増やさないでくれない?」

「だって阿澄ってば、せっかく槻木さんと二人きりなのに、私たちが邪魔してるって言いたいんでしょ?」

「1mmたりともそんなこと思ってませんが!?」


俺がいつそんなこと言ったッ!?


「はー、やだやだ。これだから男子は」

「そうやって言いがかりをする女子も大概だぞ」


印象で物を言うんじゃない。


「私たちがいなきゃ、槻木さんと何をするつもりだったんだか」

「そういう発想をしてる美由紀の方が、よっぽどスケベじゃないか」

「阿澄。セクハラよ、それ」

「理不尽だろ、それは」

「えー、肇君ってセクハラするような子だったの?」

「春海さんも軽率にノらないでくれません!?」


ああもう、部屋に戻ってからツッコミばかりだな!!

と、クイクイと服の裾が引っ張られる感触が。

見ると千沙がこちらを見上げていた。……うん。この距離に千沙の顔があるとどうしたって緊張するな。美少女過ぎる。


「なんだよ?」


努めて平静を装う。可愛さと言う暴力に俺は簡単には屈しないのだ。


「肇は私と一緒じゃ嫌なの?」

「──ッ!?」


屈しません。絶対に。

例え甘えるような仕草がどれだけ可愛くても。


「私は肇と一緒がいいな」

「──う」


だから屈しないって!

俺は千沙に話しかけられただけで一喜一憂するクラスの男子とは違うんだッ!!


「肇は?」


なんで一歩詰めてきた!?

頼むよ、千沙。距離感考えようぜ。

お前の美少女っぷりで、そんな近くから見つめてくるのは反則だから──、


「やっぱり揺らぐんだねぇ」

「そんなんじゃないですからッ!! 好きと可愛いは別物だって、いい加減わかってくれませんッ!? 美少女は男子にとっては暴力なんですよッ!!!」


女子だってイケメンに迫られたらテンパるだろ!?

同じことだって誰か気づいてくれ!!

ていうか、ボケ3人にツッコミ1人は追いつかないので何とかしてくれません!?


「肇が私のことを好きって言ってくれない」

「そこで拗ねられてもどうしようもないからねッ!?」

「肇のいじわる」

「素直な好意を現して何が悪い」

「私は肇のことが好きなのに」

「俺は春海さんが好きだって言ってるだろ」

「わーお」


だから春海さんがそういう反応するから、めんどくさいことになってるんでしょ!?

好き嫌いをはっきり言ってくれたら、全てが解決するんですよ!!

……まあ、嫌いって言われたらガチで凹むけど。


「なんかさぁ、イメージと違うよね」

「何が?」

「や、告白とかってもっとイベント感あると思ってたけど、随分軽率にするなぁって思って。阿澄もそうだけど、千沙も」

「私はドキドキしてるよ。肇、確かめてみる?」

「何を!?」

「胸の鼓動」

「どうやって!?」


あ、ノせられた、と思った時には、千沙がただでさえ近かった距離をさらに詰めてきた。

そして俺にだけ見せるように服の襟元を引っ張って──、


「直接」


おおっと、千沙さん? あなた今とんでもないこと言いましたね?

なんですか、直接って。どういう意味ですか?

ボク、ニホンゴ、ワカラナイ。


「なんか、すごいね。最近の子って。こんなにストレートに行くんだ」

「いや、あれは千沙だけです。ていうか、どこで覚えたのよ、あんな手法。阿澄がすごい顔してるじゃん」

「まあ、肇君は色仕掛けに弱いからねぇ」


外野ァアッ!! うるさいぞッ!!!


「肇。どうするの?」

「どうもしません。俺はこれから速やかに温泉に行きます」


千沙のせいで変な汗をかいてるしな!!

なんだよ、この緊張感!!


「逃げるんだ」

「逃げるみたいですね」

「だからうるさいよ外野ッ!!」


じゃあ、どうしろって!?

一昨日まで普通に友達として接してた女子からいきなりこんなアプローチされて、一体どうしろって!?

感情の整理をする時間ぐらいくれたっていいだろ!?


「肇君はもっと男らしいと思ってたんだけどなぁ」

「結局男ってこんなものですよね」


そこの2人は謎の意気投合をするなよ!


「あ、ちなみにさ」

「これ以上余計なことは言わないでくださいね?」

「この部屋って、貸し切りの部屋風呂が付いてるんだよね。しかも露店」

「制止した意味」


春海さん。頼むからちょっとは人の話を聞いてくれません?


「どうしよっか、肇君」

「俺は大浴場に行きます。好きなんです、広い風呂」

「つまんないよ、それは」

「そこを広げるつもりはサラサラないですから」


どう考えても地雷を踏みぬくようなもんじゃないか。

ていうか、クソ。部屋風呂あったのか。千沙と美由紀が来なきゃ、春海さんと入れたかもしれなかったのに。


「あー、私もさすがにお風呂が一緒とかは、ちょっと……」

「ほら、美由紀もこう言ってますよ」

「えー。千沙ちゃんは?」

「肇と一緒にお風呂……? え?」


あ、テンパってる。ていうか何を想像してる?


「ほら、春海さん。バカなこと言ってないで大浴場に行きましょう」

「ちぇー、つまんないなぁ」

「俺たちはあなたを楽しませるためにいるわけじゃないですから」

「それじゃあ、私は物足りないよ」

「せめて千沙と美由紀にワガママ言うのは控えてください」

「肇君にはいいの?」

「それは好きなだけどうぞ」


へぇって何その感心した顔。

今更春海さんのワガママを無視するわけないでしょうが。


「そっかそっか。さすがは肇君だね」

「なんすか、それ」

「ううん。何でもない」


嬉しそうな顔してて、何でもないも何もないだろうに。

本当に何でこの人は俺と付き合うって言わないんだろうな。言ってくれればいいのに。


「よし! それじゃあ温泉に行こう!」


そんな春海さんの号令のもと、俺たちは温泉に向かうことになった。

……疲れたし、ゆっくり浸かろう。



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