第14話 私は肇君の好きな人

「あ、いたいた。阿澄ーッ!」


場所は大阪道頓堀。時間はもうすぐ20時を迎えようかと言うところ。

ホテルを出てから食べ歩きは食い倒れ、もう夕飯なんていらないんじゃない? と春海さんと言いつつブラブラしていたら、そこにはいないはずの人物の声が俺の名前を呼んだ。


「肇君。呼ばれた?」

「……人違いじゃないですかね」


どうかこれで乗り切らせて欲しい。

いや、分かってる。分かってるさ。

目の前から歩いてくる2人組の姿がばっちり視界に入っているし、そのうち1人は手を振ってくるし。

いや、でもなんで!?


「阿澄ってばー! おーい!!」


そんなに叫ばなくても聞こえてるから。


「やっぱり肇君を呼んでるよ」

「……ですね。すみません、ちょっと行ってきます」

「あ」


さすがに春海さんが側にいるところで話したくはない。

俺は彼女を置いてこちらに向かってくるその2人組のところへ歩いて行った。


「何してんだよ、こんなところで」

「いやー、本当に会えたよ。すごいよね、私たち」

「久しぶり、肇」


久しぶりも何も一昨日教室で会ったけどなぁ!?


「マジ。何してんだよ、千沙も美由紀も」


心からの疑問。

東京にいるはずの2人がなんで大阪にいるんだよ。


「何って。言わせる気? わかってよ」

「いつもの茶番なら付き合わないぞ、美由紀」

「つれないわねぇ」

「るせ」


ここは教室じゃないんだ。そうそうおふざけに付き合ってられるわけないだろ。


「肇」


と、名前を呼ばれる。

見れば千沙がこちらをジッと見上げている。

……どういう表情だ。これは。こいつの場合、美由紀と違って基本が無表情だからわかりにくいんだよ。夜だから暗いし。


「久しぶりだな、千沙」

「一昨日教室で会った」

「そうだな」

「うん」


あー、うん。そうだったな、こいつはこういう奴だ。

表情が少なくて言葉も少ないくせに、顔が整っているせいか妙にオーラがあるんだ。それが余計に難しい。もっと喋ってくれー。


「何してんだよ、こんなとこで」

「肇こそ」

「俺は旅行中。京都から大阪って割と定番だろ」

「1人で?」

「昨日言った通りだな」

「嘘」


だから一言で言い切るのをやめてくれ。

逃げ道なくなるだろうが。


「あの人と一緒なんでしょ」

「……」


逃げ道も何も、最初から補足されてましたか。

スッと千沙が指さした先を見れば、手持ち無沙汰にスマホを弄っているように見せかけて、チラチラとこっちを見ている春海さんがいた。


「あの人と一緒なんでしょ」

「あー、まあ。そうだな」

「誰?」


……なんて説明しよう。え、マジでなんて説明しよう。


「あ」


とかなんとか俺が焦っていたら、一人で立つ春海さんの元に近寄る2人組の人影がって、ナンパか? ナンパだな!? ふざけんなよッ?


「肇?」

「ちょっと悪い」

「あ、阿澄!」


背後で声を上げる千沙と美由紀を置いて俺は春海さんの方へと駆け寄る。

次第に聞こえてくる声が他の雑踏を押しのけて耳へと届く。


「お姉さん、1人なの」

「ううん。違うよ」

「俺ら暇してるんだよね」

「よかったね。道頓堀には暇つぶしできるとこがたくさんあるよ」

「じゃあ、お姉さんも一緒に行こうよ。1人で暇でしょ?」

「だから1人じゃないって」

「ダウトー。相手がどこにもいないじゃん」


それは違うんだよなぁ──ッ。


「本当に1人じゃないッスよ」

「あ?」

「お?」

「ね、1人じゃないでしょ」


男2人の前に割り込むようにして春海さんを背に庇う。

どさくさに紛れて手を握ったのは、役得ってことで。


「デートの邪魔をしないでくれません?」


ナンパってもっと軽薄そうな奴がするもんだと思ってた。

そんな感想を抱くぐらい、目の前にいる2人組の男は何て言うか普通だった。普通の大学生。そんな感じ。


「なんだ」

「行こうぜ」


白けたように立ち去る2人組を見送ったところで、ようやっと握った手が握り返されているのに気付いた。

そして背中に感じる感触。春海さんが背に頭を預けているのだとわかった瞬間、途端に愛おしさが溢れてくる。

怖かっただろうか、不安だっただろうか。

なんと言って振り返ろうか。そう考える俺の耳に聞こえてくるのはしかし、クツクツという笑い声だった。


「春海さん?」

「ふっ、ふふふっ。すご、すごいねぇ。ドラマで見たことあるよ、こういうの……ッ。ふふ、あははっ」

「そう言うならドラマっぽく振る舞ってくれません?」

「『怖かった……っ』とか涙声で抱き着けばいい?」

「そこまでしろとは言いませんけど、せめて笑うのは違うかな、と」


カッコよくね俺、とか思ってたのがバカらしくなってくる。

くっそー。せっかく春海さんの前でカッコつけられたと思ったのに。


「うん、うん。大丈夫、カッコよかったよ。さすが肇君」

「バカにされてるようにしか聞こえないですよ」


まあ、春海さんがいつもの調子なら、それはそれで安心だからいいんだけどさ。

なんて思っているのも束の間。ナンパよりも数十倍厄介な存在が側にいるのを、俺はすっかり忘れていた。


「誰、その人?」

「わー。阿澄って……。え、そういうことなの?」


……さーて。なんて言って誤魔化そうかな。

ていうか、こっから言い逃れる方法ってあるの?


「あ、ごめんね肇君、邪魔して。話し中だったんだよね。いいよ、私はここで聞いてるから」

「邪魔はされてないですし、なんで物分かりがいい風なのか意味がわかんないんですが」

「なんかその方が面白そうだなーって思って」


この人は──ッ!!

なんでこの状況を楽しんでるんだ!? あんたも当事者だぞ!?


「で、誰なのよ。その人は」

「美人」


美人だと何かいけないんですかねぇ!?

ていうか、そういう千沙だって十分に美人だけどな!? お前、学校で自分がどれだけ人気か知らないだろッ!!


「あー、えっと何ていうか。この人は槻木春海さんって言って」

「初めまして、槻木春海です」

「赤崎千沙です」

「柊美由紀(ヒイラギ ミユキ)です」

「……まさかの自己紹介」


そのままうまく打ち解けてくれないかなぁ!?


「肇君。今はツッコミを入れてる場合じゃないよ」

「横やりを入れてきた人に言われたくないです」


どういうテンションでいればいいのかが、全然わからない──ッ!!


「それで? 槻木さんと阿澄はどういう関係なの?」

「どういうって言われてもなぁ……。普通に親戚の──、」

「──お姉さん、とかではないからね」

「──!?」


思わず春海さんを振り向いてしまった。なんで一番無難な関係性を否定する!?

えへって、お茶目にウインクされても困りますけど!?


「本当のことを教えて」

「……わかったよ」


千沙に真っ直ぐ言われると、これ以上誤魔化す方がバカらしくなってくる。


「春海さんは近所に住んでる人で、うちの両親とも仲良くしてるんだ」

「うん。それで?」

「それだけ」

「ダメ」

「何が!?」


正直に話したのにまさかの『ダメ』って……。何それ!?


「うんうん。今のはダメだよね。わかるわかる」

「春海さんはどっち側の人間なんですか」

「? どっち側でもないよ。私は私」

「さいですか」


そうだよな。そういう人だ。


「私は肇君の好きな人。昔付き合ってて、今は違って、そして今日また告白されたんだ」

「ちょ、待ッ!?」


何を突然言い出してんだ、この人は──ッ!!


「ちなみに今は私の返事待ち。ね、肇君」

「いやいやいや! 何が『ね、肇君』ですか!? 何言ってるんですか!?」

「うん? この子たちが一番知りたいことを教えてあげただけだよ」

「冗談だろ!?」


言う? 普通、言う?

え、この人やっぱりバカなんじゃないのか!?


「……あちゃー」


美由紀。それは俺のセリフだって、じゃなくて──ッ。そんなツッコミをしてる場合じゃなくて──ッ!!

と、春海さんが楽しそうにして、俺がパニックに陥ってる中、美由紀が何とも言えない表情で見つめた先には千沙がいて──。


「肇。私、肇が好き。私と付き合って」


そして千沙は、俺に告白をしてきた。

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