幕間2 素直じゃない親友を持つ女子高生の苦労
「千沙。あんたいつまでそうしてるわけ?」
「んー」
「ラインぐらいさっさと送ればいいじゃない」
「んー……」
どうにも煮え切らない返答を受け、美由紀は小さくため息を吐く。
ダメだこりゃ、と思いつつ視線を向ける先、フードコートのガヤガヤした雰囲気の中で、千沙だけが唇を尖らせ唸っている。
それもこれもあいつのせいだ、と美由紀は思う。
「代わりに聞いてあげようか。『阿澄、今何してんの?』って」
「えー、でも」
「気になるんなら聞いた方がいいって」
「そうだけどさぁ」
一体何回目だろうか、こんな不毛なやりとりは。
時計を見れば30分もこうしている。
美由紀はまた小さくため息を吐く。
困ったものだ。
目の前の親友も、そしてその元凶となっている男子にも。
自分に一体どうしろと言うのだろうか。
「阿澄のバカ野郎」
千沙には聞かれないよう、口の中で小さく呟く。
そう、全ての原因は阿澄肇という男子にある。
阿澄が『新大阪』なんてコメント付きの写真をSNSに上げなきゃ、こんなことにはならず、さっきまでと同じ楽しい時間を過ごせていたのだ。
家に泊まった千沙と一緒に夜更かしをして、ダラダラと昼前まで寝て、そして今は近所のショッピングモールへ来ている。
せっかくフードコートでお喋りを楽しんでいたのに、これでは台無しだ。
「美由紀ー」
「何よ」
「肇、何してると思う?」
いや、本人に聞けよ、という言葉をすんでのところで飲み込む。
千沙だってそれぐらいは分かっている。分かってるけど、それが出来ない。
理由は簡単。知られたくないからだ。自分が阿澄のことが好きだということを、阿澄に。
「大丈夫だって」
「質問の答えじゃない」
「別にライン一個送るぐらいでバレないって」
「何の話」
「千沙が阿澄を好きだけど、素直になれないって話」
あ、こっち見た。と思った瞬間、美由紀の見ている前で千沙の顔が赤く染まる。
「……わかりやす」
「美由紀」
聞こえないようにつぶやいたつもりが、しっかりと聞かれていた。
失敗した、と思いつつ。でも、ホントのことだしな、と開き直る自分がいる。
「なんで阿澄は気づかないんだろね」
「気づかれても困るし」
「なんでよ」
「恥ずかしいし」
千沙は本気で照れている。
こういうとき、千沙のことが羨ましくなる。本当に阿澄のことが好きなんだろうなって思うから。
「阿澄って鈍いよね」
「それ」
「そこは察して欲しいわよねー」
「バレるのは困るけど」
「でも、それで阿澄から告白されたら嬉しいでしょ?」
「それは、まあ。うん」
女子がここまで言ってるんだから、男子も甲斐性を見せて欲しい。
それが無理な話だっていうのもわかっているが、美由紀はそう思う。
まあ、千沙の気持ちを阿澄が本当にわかっていたら、それはそれで怖いと思うけれど。
何しろ千沙は素直になれない。
一年のバレンタインの時だって、うまいこと二人きりにしてあげたのに、結局チョコを渡すことなく終わってしまったのだから。
理由を聞くと一言だけ、『恥ずかしいから』と言っていた。
そしてそれから半年近く。季節が真逆になってもまだ、千沙は素直になれないでいた。
「阿澄、誰と行ってるんだろうね」
「わかんない」
「親かな」
「親じゃないって言ってた」
「へぇ、そうなんだ」
「うん」
小さく嬉しそうな笑みを浮かべる千沙を見て、やっぱり美由紀はため息を吐く。
阿澄のことで自分だけが知っているものがある。そこに小さな幸せを見つけている暇があるなら、もっと大きな幸せを掴みに行けばいいのに。
さすがにバレンタイン以降、こんな風に思うことが多くなった。
ドラマにしろ少女漫画にしろ、煮え切らないヒロインよりは告白して頑張るヒロインの方が応援したくなるものだ。
「阿澄が彼女と旅行してたらどうする?」
「ヤバい」
「あるかもよ」
「それは、ヤバい」
「そっか」
「うん」
今度はしょんぼりとした『うん』だった。
その姿を見ていると、美由紀は何かしてあげたいと思う。
こんなにも一途なのだ。何かをしてあげたい。
でも、どうしようと悩む。自分には何が出来るだろうかと。
スマホを見て悩む千沙とそんな千沙を見て悩む美由紀。
先に悩みが晴れたのは美由紀だった。
「千沙。私たちも行ってみない?」
「え」
「大阪。阿澄のとこに」
「は?」
千沙のそれは、当然の反応だろう。
いきなり大阪に行こうと言われて、普通は頷いたりしないだろう。
でも、美由紀にはこれが名案に思えて仕方なかったのだ。
「ここで悩んでるぐらいならさ。阿澄に会いに行いこうよ。でさ、確かめてやるの。阿澄が誰といるかって。よくない?」
「いいも、何も。本気……?」
「もちろん。ついでに旅行しようよ。せっかく夏休みなんだから」
話せば話すほど、これが名案に思えて仕方なくなってくる。
もちろん気になることがたくさんあるのは分かる。ホテルとか新幹線とか、色々と。
でも、そんなものは動いてからでもどうとでもなる。
美由紀としては、ここでこうして悩み続けることの方が嫌なのだ。
「ほら、千沙も言ってたじゃん。夏休みに予定ないって。ないなら作ろうよ。大阪に阿澄に会いに行こう」
「でも、肇が明日も大阪にいるとは限らないよ」
「だから今日行こう。今から行けばさすがに会えるでしょ」
「……本気?」
「もちろん!」
なぜだろか。美由紀自身にも根拠はないが、なぜだかうまくいく気しかしないのだ。
大阪に行けばきっと阿澄会えるだろうし、きっと千沙との旅行は楽しいもになる。だから美由紀は今すぐにでも行きたいのだ。
「でも、お母さんがなんて言うかな」
「大丈夫じゃない? 千沙のお母さんなら」
「…………確かに」
「でしょ?」
「うん。うちのお母さん、結構そのへん適当だし。なんなら美由紀の家にもうちょっと泊まることにする」
「お互い放任主義な親を持って幸せだよね」
「……うん。いいよ、行こう」
こういうところが千沙のいいところだ。
悩んだり迷ったり頭を使うのは苦手だけど、行動するのは得意。
だから美由紀とも気が合うし、2人が親友でいられるのも、結局は悩むより動く方がいいって心のどこかで思っているからだろう。
そしてそれは、きっと阿澄も同じだ。あの鈍感男子とつるんでいて楽しいのは、きっとそういうところが似ているからだろう。
「美由紀。大阪までの新幹線だけど、18時過ぎのやつに乗ろう」
「え、じゃあ準備とか急がなきゃ」
「私は平気。美由紀の家にお泊りセットあるし。服も持ってきてるから」
「オーケー。じゃあ、一回家に帰ろう」
そうして女子高生2人は立ち上がる。
半端に飲みかけだったドリンクを飲み干し、空になった容器をゴミ箱に放り込み、一緒に悩みも捨てたとばかりにショッピングモールを後にする。
向かうは大阪。
むせかえるような夏の空気の中、美由紀と千沙の夏休みもこれからまだまだ楽しくなっていく。
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