第13話 そんな私に惚れたのは肇君だけどね

「なんか京都よりも賑やかですね」


京都から電車に揺られて30分。俺と春海さんは新大阪に着いた。

駅構内は京都駅よりもずっと賑やかで、さすが日本有数の都市といった印象。


「これからどうしようか。USJに行く?」

「いきなりですか。大阪にはどれくらい滞在する予定なんです?」

「決めてない」

「さようで」


さすがは思い付き旅行。予定なんてひとつたりともありはしない。


「できればUSJはちゃんと遊びたいです」

「じゃあ、明日かな。今日は普通に観光しようか」

「どこに行きます?」

「無難に見て回ろうよ。急ぐ旅でもないし」

「俺的には春海さんの財布が心配ですけど」

「それは心配しなくて大丈夫」


まあ、春海さんがそう言うなら何も気にしないけど。


「じゃあ、まずは──」


一息溜める必要、ある?


「腹ごしらえをしよう!」

「溜めた意味」


普通にお腹減ったって言えばよくない!?


「伏見稲荷で歩き過ぎたよね。パフェなんかとっくに消化されちゃった」

「それは分かります」

「普通に登山だったよね」

「鳥居はきれいでしたけど」


言われてみれば、というか俺自身さっきから腹が減っているのを我慢している。


「とりあえずどっか入りますか」

「んー、でもそれだともったいない気もする」

「まさか、ここからさらに道頓堀に行くとか言いませんよね? さっき電車の中で調べましたけど、結構かかりますよ」

「肇君だってお腹空いてるんじゃない」

「そりゃ、結構歩きましたし」


電車に揺られてるだけなのもあれだから、大阪の観光名所については適当に調べていた。

結果、今の俺は新大阪から道頓堀まで20~30分ぐらいかかることを知っている。

いや、別にドヤることではないけれど。


「だったらコンビニ行く?」

「あー、それありですね。とりあえず軽く食べてからであれば大丈夫です」

「じゃあ決まりね」

「はい」


言いつつ歩きだす春海さんの後ろをついて行く。

ていうか、こうしてるとあれだな。俺ももっと荷物を減らせばよかったかもしれない。

スーツケース邪魔。トートバッグどかでよかった感ある。


「春海さん」

「ん? 何?」

「今夜の宿って決めてるんですか?」

「ううん、まだ。どうして?」

「荷物が邪魔です」


コインロッカーに預けるか? とも思ったけど、それもそれで取りに来ないとダメだから面倒くさい。


「んー。じゃあ、先に宿取っちゃおうか」

「お願いします」

「任せてー」


宿すら現地調達。

改めてこの旅の思い付き具合を思い知らされる。


「どこがいいかなー」


春海さんが宿を探してくれてる間、俺も周囲を見渡して、そしてスマホを構える。

軽い電子音と共に撮った写真は、『新大阪』と大きく書かれた駅の案内板。

とりあえずこれをSNSにアップする。

観光名所についてはこれから回るから、そこで写真を撮ればいいだろう。


「肇君。宿取れたよ」

「早いですね」

「今日のホテルはちょっとすごいよー」

「そんなにいいところ取れたんですか?」

「一泊2万円」

「高くないですか!?」

「そこしか空いてなかった」

「そっか、夏休み」


いや、それにしてもマジでそんなところにしたの!?


「事前予約とかしてなかったからねー。じゃあ行こうか」

「あ、はい」


さらっとし過ぎじゃない!?

一泊2万円って……。いや、考えるのはやめよう。


「肇君ー?」

「あ、はい」


呼びかけてくる春海さんを追いかけ、近場のコンビニを目指し歩いていく。



「マジか……」

「んー! いい部屋ー!」


とりあえず荷物を預けるだけでも、と思いホテルに行った俺たちは、チェックインできるとのことなので、そのまま部屋に上がった、のはいいんだけど……。


「広っ」

「奮発した甲斐があったよ」

「京都で泊まった宿よりすごくないですか?」

「あっちは料理に奮発したからねー。値段的には変わらないよ」

「マジ……?」


財布事情が一般的男子高校生な俺には、それは衝撃的過ぎるんですが!?


「あ、もしかして肇君。お金のこと気にしてる」

「それはまあ、はい」

「いいよ、気にしなくて」

「って言われてもですね」


さすがに家族でもない人にここまで出してもらうのは気が引けるのだが……。


「だって春海さん言ってたじゃないですか。夏休みの宿題をやるから旅行に付き合ってって」

「そんなこと言ったっけ?」

「言いましたよ! 昨日ばっちり!!」

「あはは。ごめん、忘れてた」

「いやいや、そこは忘れないでくださいよ!」


思わずツッコんじゃったじゃないか。


「んー。まあ、それは肇君を連れ出す口実だし」

「まさか宿題は手伝わないつもりですか?」

「おっと、急に迫力のある顔をしたね」

「死活問題ですから」

「え、そんなに?」

「そりゃそうですよ! こんな旅に付き合わされてたら、いつ宿題なんてやるんですか!?」

「9月1日」


……はい?

今なんて言ったこの人。


「宿題なんて9月1日から始めるものでしょ?」

「マジで言ってます?」

「うん。私、そうしてたし」

「それを聞いて決心しました。俺はちゃんと宿題は夏休み中にやります」

「それ、どういう意味よー」

「言わなくてもわかってください」


春海さんみたいな大人にはなりたくないってことです。


「含みがあるね」

「含みはあるかもしれませんが、他意はありません」

「教えて?」

「嫌です」

「お姉さんからのお願い」


お互いにふざけてるのが明らかなイントネーションでのやりとり。だって言葉に笑みが含まれてるし。ていうか、顔がにやけてるし。


「で、どっから見て回ります?」

「お、宿題は諦めたの?」

「いえ、全然。荷物の中にいくつか入れてあるので、今夜から始めますよ」

「真面目過ぎない? 若いうちからあんまり真面目だと人生つまらないよ?」

「春海さんみたいに大人になってもちゃらんぽらんよりマシだと思いますけど」

「私のは垢ぬけてるって言うの」

「多少垢に塗れてるぐらいが、立派な大人になれるって親父が言ってました」


まあ、嘘だけど。うちの親父はどっちかっていうと春海さん寄りな人間だし。

でなきゃ、この旅にも秒でOK出すなんてありえない。


「旅行中ぐらい俗世のことは忘れようよー」

「俗世って……。むしろ俗世に塗れるためにするのが旅なんじゃないんですか?」

「自分探しの旅って言うのも世の中にはあるよ」

「今回の旅は自分探しなんですか?」

「ひとつの答えを出すって意味じゃ、自分探しかな。ほら、告白の答えを見つけなきゃいけないし」

「それは探すものじゃなくて、決めるものだと思います」

「む。生意気」

「事実です」


春海さんが俺と付き合うって決めてくれれば、それで全てが丸く収まるのに、何をこの人は悩んでいるんだか。


「それじゃあ、春海さんに早いとこ決めてもらうためにも街に繰り出しましょうか」

「先に見つけるのは告白の答えじゃなくて、今夜の夕飯だけどね」

「夕飯を決めるノリで告白をOKしてくれれば、それでいいんだけどなー」

「それは味気ないから、嫌」

「ワガママな人だ」


まあ、そんなワガママな人に惚れたのは俺なんだけどさ。


「そんな私に惚れたのは肇君だけどね」


本人から言われると腹立つな。

とまあ、何はともあれ大阪の街に繰り出す俺たちだった。

マジ、たこ焼きを食べながら「よし、付き合おうか」とか言ってくれないかなぁ。

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