第12話 ……今夜はキスまでしかしない
春海さんは俺のことを好きだと言った。でも、付き合うのはちょっと違う、とも。
正直、その言葉に納得できたかと言われれば、全然そんなことはない。
だって考えてもみろよ。
夏休みに二人きりで旅をして、一緒の部屋に泊まってヤることはヤッた。そのうえで、お互いに好き合っているということも確かめ合った。
それで、なんで付き合うことにはならないんだ!?
意味わかんなくないか!?
春海さんは『付き合う』ってことを何か特別なことのように考えているのかもしれないけど、俺は今の俺たちの関係性を『付き合う』って、そう呼べるようになりたいだけなんだよなぁ……。
「やっぱり日陰はちょっと涼しいね」
とかなんとか俺が悶々と悩む横では、春海さんが清々しい声を上げる。
あんな会話をした後にいつまでも駄弁るのはなんか違ったし、春海さんが冷房が寒いと言い出したのもあり、俺たちは喫茶店を後にしてそのまま八坂神社に来ていた。
のはいんだけど……。
「見て見て。玉砂利がジャリジャリしてる」
「はぁ」
納得いかねぇ。
そりゃ春海さんは自分の言いたいことを言ってすっきりしたかもしれないけど、言ってしまえば俺は『おあずけ』状態なんだぞ!?
告白した相手におあずけ食らって、そんな小学生みたいに玉砂利ではしゃげると思ってるのか!?
「肇君?」
「なんスか」
「玉砂利」
「はい」
「楽しくない?」
「小学生じゃないんですから、そんなことではしゃげないですよ」
「私は今でも子供心を大事にしてるからね」
「幼いってことですね」
「む。ちょっと生意気だよ、肇君」
今の状況で観光を楽しめるほど器用じゃないですからね。
とは、さすがに嫌味すぎるので言わずにとどめた。
俺、偉くない?
「このまま清水寺に行けば修学旅行と同じコースなんですよね」
とは言え、このままくさくさしていても旅行がつまらなくなるだけだ。
せっかく春海さんと二人きりなんだから、それはそれで楽しんだ方がいいのは間違いない。
……ちょっと頑張って切り替えるか。
「定番のコースだ」
「学校行事ですから」
「おー」
「なんですか?」
こっちを見つめてくる春海さんの表情がわざとらしいくらいニヤニヤしている。
「男子高校生っぽいカッコつけだね」
「なんですか、それ」
「なんとなくそう思った。こんな感じ? ──『学校行事ですから』」
「真似しないでください!」
似てねぇし!!
「キリッてしてたよ、キリッって」
「からかわないでください!」
「いいじゃんいいじゃん。高校生なんてそれぐらい可愛げがある方がいいよ」
くそ、楽しそうにして。
でもちょうどいいや。このノリに乗れば楽しくもなるだろう。
「やっぱり肇君も高校生なんだね」
「がっつり男子高校生ですよ。逆に俺のことを何だと思ってたんですか」
「何ってものはないけど、しっかりしてるなー、とは思ってるよ」
「本当にしっかりしてるなら、春海さんに旅行に誘われた時点で『行かない』って言ってると思いますよ」
「確かに」
ケタケタと笑う春海さんを見ていると、悩んでいるのもバカらしくなってくる。
『夏休み中には決める』
彼女は確かにそう言った。だったら後は頑張って、春海さんを早いところその気にさせればいいだけの話だ。
「よし」
「?」
口の中で小さく気合を入れると、春海さんが不思議そうにこちらを見上げてくる。
それに何でもないと返す頃には気持ちも切り替わっていた。
「この後に清水寺に行くのは芸がないですし、どっか違うところに行きたいです」
「うーん。この辺だと他にどこかが有名なんだろう?」
「あそこはどうですか。あの、鳥居がたくさんあるところ」
「あー、伏見稲荷? 千本鳥居の」
「あ、そこです。そこは行ったことないです」
「じゃあ、行こうか」
言うが早いか、春海さんはサクサクとスマホで行き方を調べ始める。
「京都駅から電車だって」
「じゃあ、一回京都駅に戻りますか」
実は今朝も旅館を後にしてすぐに祇園へは向かわずに、一度京都駅を経由している。
スーツケースを持ったまま移動するのは面倒くさかったから、一回駅のロッカーに預けようという話になったのだ。
「うーん。ねえ、肇君」
「なんですか?」
「今夜も京都に泊まりたい?」
「? いえ、別に」
特に京都に目的があって来たわけじゃないし、そんなに思い入れはない。
「じゃあさ、伏見稲荷に行ったら、そのまま大阪に行かない?」
「春海さんこそ、京都観光はもういいんですか?」
「うん。とりあえず来ただけだし」
さすがの自由人。
まあ、そうじゃなきゃこんな旅行を企画すらしないだろうけど。
「よし! じゃあ、決まり。京都の後は大阪だ」
「そしてその後は北海道ですか?」
「うん。飛行機に乗るよ」
「逆にそれ以外の手段で北海道に行くって言われたら引きます」
春海さんなら思い付きで『車で行くよ!』なんて言い出してもおかしくないからな。
「さすがにそんなことは言わないよ。あ、なんだったら肇君にファーストクラスを体験させてあげよっか?」
「春海さん、どんだけお金を持ってるんですか……」
「ん? 言ったでしょ。いっぱいだって」
それにしたって限度があるよね!?
もういっそのこと宝くじに当たったとでも言ってくれれば気休めになるのに。
「肇君。何してるの? 鳥居を見に行くよ」
「あ、はい」
先を行く春海さんについていく頃には、すっかりいつもの距離感に戻っている俺たちだった。
▼
「本当に鳥居がずーっと続いてたね」
「あそこまでとは思わなかったです」
「あれだけの鳥居を集めるのってどれぐらい大変なんだろうね」
「一朝一夕にはいかないのだけは確かですね」
伏見稲荷を堪能した俺たちは、一路大阪を目指していた。
ていうか、京都から新大阪って普通に電車で行けるんだ。なんか勝手に新幹線に乗るもんだと思ってたからびっくりした。
「次は大阪かー」
「俺、大阪は初めてです」
「修学旅行じゃ京都奈良だもんね」
「はい。でも、行ったことないけど何があるかとかは知ってるんですよね」
「まあ、有名だからねー。どこに行きたいとかある?」
ふむ、大阪か。
通天閣に道頓堀、大阪城にあべのハルカス。
有名どころはたくさんあるけど……。
「あ、USJに行ってみたいです」
「おー……」
「なんすか、その反応」
「なんかちょっと意外だったから」
USJってそんなに意外な発想か?
千沙たち高校の同級生に聞けば、普通に出てくる選択肢だとは思うけど。
「通天閣とか大阪城って言うと思ってました?」
「そっちの方が鉄板かな、とは思った」
「春海さんのセンスって地味ですね」
「え!?」
「あはは」
ショックを受けた春海さんの顔がおかしくて、思わず笑いが漏れる。
「肇君。今のどういう意味!?」
「他意はないですよ」
「嘘でしょ。ちょっと若いからってひどくない?」
「10歳はちょっとじゃないですよ」
17歳と27歳。普通だったらあり得ない組み合わせ。
でも、俺たちからすれば当たり前。一度は恋人同士にだってなったことがある関係。
「あんまり意地悪を言うと、私にも考えがあるよ」
「へえ、なんですか?」
「……今夜はキスまでしかしない」
「──!?」
「ふふん」
いや。いやいやいや!
え、何それ? つまり今夜もキス以上をするつもりだったってこと?
本気で言ってるのそれ!?
「あれ、肇君?」
うなだれる俺の反応が予想外だったのか、春海さんがこちらをのぞき込んでくる。
そのきれいな顔を見て思う。
今この場でキスしてやろうか、と。
「あ、やっぱりショックだったんでしょー。スケベ」
「そんなわけないでしょう」
「え、違うの?」
「違います」
もう、圧倒的に違う。
俺が思ったのは──、
「それでなんで付き合わないのかってことですよ」
「うーん。……なんでだろうね?」
こっちが聞きたいわ──ッ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます