第11話 私はきっとダメな大人だから
「俺はやっぱり、春海さんのことが好きです」
肇君がそう言ってきたとき私が思ったのは、『言わせちゃった』だった。
自分でも冷めてるなー、とは思うけど、でもしょうがない。それが正直な感想なんだから。
でも、とうとう言わせちゃったかー。あーあ。
これまでは極力そういうことを言わせないように距離感を測ってきたんだけどな。
肇君からそういう雰囲気を感じたときは、茶化して、流して、はぐらかして、極力こうならないようにしてきたんだよ。
何のためにって?
そんなの簡単。私が自由でいられる関係が、肇君との一番いい距離感だと思ったし、結局のところ、肇君と一緒にいようと思ったら、こういう関係が一番いいと思っていたから。
でも、肇君は『もう一度』って言った。
『もう一度付き合うのはダメですか?』って。
そう、言ってくれた。だから──。
「付き合うって、どういうことか分かってる?」
「はい」
「付き合って、一回失敗したのも、覚えてる?」
「はい」
「そっかぁ」
「はい」
どこまで真っ直ぐに肇君は私のことを見つめてくる。
そうだった。あの時も彼は、こうしって真っ直ぐに私を見つめてくれてた。
カッコつけずに、ストレートに。その清々しい気持ちよさが嬉しくて、私は彼の告白を受け入れたんだ。
「私も肇君のことは好きだよ。特別だと思ってる」
「じゃあ──!」
「でもごめん。付き合うのはちょっと違うなって思っちゃう」
「は?」
あ、うん。そうだよね、そういう反応になるよね。
だって意味わかんないし、好きだけど付き合わないって。
どういうこと? ってなるよね。
「どういうことですか?」
うん。そりゃ説明して欲しいよね。
さて、うまく伝えられるかな。
ううん、違う。伝えなきゃいけないんだ。
肇君には、今の関係で私の側にいて欲しいから。
「私さ、肇君と恋人同士って枠に収まるのは嫌なんだよね」
「? ちょっとよくわからないです」
「何ていうのかな。世間が『恋人はこうするべき』とか『恋人ならこうする』って言ってることがあるじゃない? 私は肇君とはそいうことをしたくないの」
「はい」
「私と肇君だからこういうことをした、こういう風になったって言う、そういう納得感がある関係を築きたいと思っているの」
「はい」
「ちなみにこれ、一回目の反省でもあるからね」
「はい」
肇君は真剣だ。
ちゃんと私の話を聞いてくれてる。
それが分かるから、私も安心して話すことが出来る。
「よくなかったなって思ってるんだ。ちょっと気張り過ぎちゃったって言うか、見栄を張ろうとしたって言うか、肇君の、その、初めての恋人が私なら、ちゃんとした恋愛をしてあげたいなって思って、無理をした」
「はい、知ってます。あの時の春海さん、普段と違いましたし」
「バレてた?」
「バッチリ」
うん。それはそうだろう。
何しろ、付き合い始めた途端にいつもと違う距離感で接し始めたし。
「それまでは気まぐれに送ってきてたラインを、毎朝送ってくるようになりましたよね。しかも、絵文字やら色々と使った長文で」
「あははー。それについては忘れてくれると嬉しいかなぁ……」
「春海さんが俺と付き合ってこんなにはしゃいでるって、嬉しくなりましたよ」
「私的には、必死に若い子に合わせようとしてるイタい大人って感じなんだよね……」
なぜだかは分からない。
ただ、肇君と付き合った時は、それまでにあったテキトーな恋愛と違って、ちゃんとしなきゃって思ったんだ。
大人として、10歳年上としてリードしなきゃって。
そして、テンパった。
「俺はそれまで通りの春海さんでよかったんですけどね」
「はい。私が勝手に気負いました。反省してます」
「で、三週間で別れ話を切り出してきた、と」
「……はい」
あれ!?
なんか変な感じになってない!?
今、私って肇君に告白されてるんだよね!?
なんでこんなに恥ずかしい展開になってるの!?
「めちゃくちゃショックでしたよ。『別れたい』って言われた時のことは」
「……ええ、はい。そうでしょうね」
うう、罪悪感が……。
「しかも続けて『元の関係に戻りたい。今まで通り仲良くしてたい』って言われた時の絶望感ったらね」
「あー、うん。はい。……すみませんでした」
そうだよね。さすがの肇君でも、そうなるよね。
いやもう、本当に当時の私何やってたんだろう……。
「まあ、さすがにその時の春海さんが何かおかしいとは思っていたので、承諾しましたけど」
「年下の男の子に気を使われる私って」
「ただのダメな大人ですね」
「そこまではっきり言わなくてもよくない?」
「春海さんは言わないとわからないじゃないですか」
「そうだけどさぁ」
生意気! 生意気だよ、肇君!!
「で、一回目の失敗があるから付き合うのは嫌だと」
「そうだけど、言い方」
「いや、言ってきたの春海さんだし」
「都合よすぎる?」
「正直、そう思います」
「だよねぇ」
自分でも思う。
好きだけど失敗するのが怖いから付き合いたくない。でも、今の距離感での関係性は続けていきたい。
「ダメな大人だよね、私って」
「今更ですか? 人の夏休みを独占しておいて」
「それは合意」
「ズルい大人だ」
まあでも、確かに肇君の言う通りだ。
彼の気持ちを無視して自分の都合だけを押し付けるのは、よくないし、こんなことをしてたら肇君に見放されてしまう。
「だったらさ、こうしない?」
「なんです?」
「肇君の夏休みが終わるまでに、答えを出す」
「あと一ヶ月以上あるんですが」
「うん。だから、それまで待って」
あ、肇君が『マジか』って顔をした。
でもしょうがないでしょ。今すぐイエスかノーかの答えなんて出せないんだから。
「はあ、しょうがないですね、春海さんは」
「そう言って許してくれる肇君のことが好きだよ」
「だったら付き合ってくださいよ」
「それとこれとは別」
「わっけわかんねぇ」
「一気に食べるとのどに詰まるよ?」
「食べないとやってられないですよ」
ま、それに関しては『だよね』って思う。
本当に我ながら都合がいい。そしてそんな都合のいい私を許してくれるんだから、肇君は甘いんだよなぁ。
その甘さが心地いいんだけどさ。
「そうしたらですよ」
「うん?」
あれ、なんか肇君が緊張してる。
どうしたんだろうか。
「昨夜みたいなことは、その、どうします……?」
「あー」
納得。
肇君がどうして告白してきたのか。
つまりは、まあ、そういうことか。
でも、思い返せばしょうがない。
私が仕事を辞めて、肇君が夏休みで、自由な時間がたくさんあって、もっと一緒にいられる時間があるって思っちゃったから、旅に誘ってしまった。
そして、しなれけばいいだけの話なのに、昨夜は肇君と繋がってしまった。
そりゃまあ、こうなるよね。
きっと肇君にはたくさん我慢させてきただろうから。
「あれは、まあ。また別、かな」
「もう意味わかんないですよ、春海さん」
「うーん、でも正直その時の気分次第って言うか、昨夜はそういう気分だったから」
「つまり、好きだけど付き合わない。だけど、昨夜みたいなことはオーケーってこと?」
「うん。ついでにキスとかも気分次第」
「それ、セフレって言いません?」
「でも、体だけの関係じゃないよ。ちゃんと肇君のことは好きだし」
「付き合わないけどセックスはするんですか?」
「うん、する」
「わっけわかんねぇ」
そう言った肇君は、何かを諦めたように椅子の背中にもたれかかる。
「肇君」
「なんスか」
「これが私なんだよ」
「いや、それはウザい」
「でも、そんなウザい女に惚れたのは、君だよ」
「難儀すぎる」
「諦めないでね」
「自分勝手の権化だ」
「これからもよろしく」
「あんまりあれだと、俺も違う女に行きますよ」
「今のところそんな様子はなさそうだし、大丈夫。だって君、私のことが好きでしょ?」
「……はい」
頷く肇君の顔は、それはそれは微妙なものだったけど、私は満足した。
「さっきの言葉、忘れないでくださいよ」
「大丈夫。肇君の夏休みが終わるまでには、答えを出すから」
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