第10話 色々あって今の関係だもんね
「せーの」
「はい!」
掛け声と同時に手にしたおみくじを開く。
「お、中吉」
「末吉ってどうなんだっけ?」
「え、どうでしたっけ」
朝、目を覚まして汗を流すついでに朝風呂を堪能し、朝食に舌鼓を打った俺と春海さんは、さっさとホテルをチェックアウトして京都の街に繰り出していた。
今日の予想最高気温も連日と変わらない猛暑。おかげでせっかく温泉に入ったにも関わらず、俺も春海さんもすっかり汗だくだ。
「春海さん。末吉は凶の一歩手前です」
「え、そうなの?」
「ネットに書いてありました。ほら」
「わ、本当だ」
しかしさすがは京都。適当に歩いているだけなのに神社に行き当たる。名前すら知らないそこで何となく参拝をし、これまたなんとなく、流れでおみくじを引いている。
こんな気持ちの参拝って、神様に怒られたりするんだろうか?
「へー、吉って結構いいんだね。中吉とかの方が上だと思ってた」
「俺もです。ぬか喜びでした」
「私よりはいいじゃん」
「日ごろの行いの差ですね」
「どういう意味ー?」
「自分の胸に聞いてください」
おみくじに書いてあることを熱心に読む春海さんを倣い、俺も自分で引いたものに目を落とす。
全体的に可もなく不可もなく、といった内容だけれど、ひとつだけ目を引いたところがある。
『待ち人 粘り強く待て』
さて、これはどう捉えるのがいいんだろうか。
「なんて書いてあった?」
「んー、全体的に可もなく不可もなくって感じでした」
「見せて」
「はい」
言いつつ春海さんにおみくじを渡す。
あれ、こういうのって他の人に見せない方がいいんだっけ?
まあいいか。会話のネタにはなるし。
「なんか、パッとしないね」
「つまんなそうに言わないでください」
「だって本当に可もなく不可もなく、だったから」
「そう言う春海さんはどうだったんですか?」
「ちょい悪」
「ミドル向け男性ファッション誌の特集ですか」
「そうそう。ちょい悪みくじ」
ツボに入ったのか、けらけらと笑いながら春海さんがおみくじを見せてくれた。
「『健康 怠ることなかれ』って書いてありますよ?」
「失礼しちゃうよね。元気いっぱいなのに」
「『願い事 高望みは禁物』」
「あ、それは叶ってるからもういいや」
「そうなんですか?」
「うん。旅に来れてる」
「あー、そういう」
というか、春海さんはそんなことを願っていたのか。結構、毎日楽しそうにしてると思ってたけど、案外そうでもないのかもしれない。
「さて、と。じゃあ、結んでこよう」
「ですね」
ちなみに春海さんの『待ち人』のところには、『良縁あり ただし気づかねば来ず』って書いてあった。
まあ、だからなんだって話なんだけどな!
「これでよし、と。それじゃあ次はどこに行こうか」
「このまま寺社仏閣巡りをしましょうよ」
「やだ。暑い。涼しいところがいい。喫茶店とか」
「せっかく京都まで来たのに?」
「祇園に抹茶が有名なところがあるから、そこに行こう」
「結局、食欲じゃないですか」
「そうだよ。悪い?」
「いいえ」
何しろ今回の旅は春海さんが費用を負担してくれているのだ。俺がワガママを言えようはずもない。
「それじゃあ、まずはタクシーだね」
「そんなに暑いのが嫌なら北海道に行きます?」
「ありだね。大阪の次は飛行機で北海道だ」
「マジか」
思い付きで行動するにしては、随分だな。
まあ、最初は海外に行こうとしてたことを考えればまだマシか。
▼
「お待たせいたしました。こちら、宇治抹茶パフェになります」
「来た来た」
「すっご。え、こんなに大きいんですか?」
「最高でしょ」
祇園まで移動してきた俺たちの前に運ばれてきたのは特大の抹茶パフェ。
学校帰りにファミレスなんかで食べるものとは全然違う。めちゃくちゃデカい。
「とりあえず写真撮っとこう」
「じゃあ、私がリプしてあげるね」
「やめてください」
「いいじゃん」
「友達に聞かれたら説明がめんどくさいんですよ」
「そのまま言えば?」
「なんて?」
今の春海さんと俺の関係は言葉にしづらい。
どう言ったところでうまく伝わる気がしない。
「確かに。なんて言おうね」
「そうなりますよね」
「色々あって今の関係だもんね」
「さすがにそこまで話したくないです」
「うん。……そうだね」
まあ、つまりはそういうことだ。
聞かれても答えられる言葉を持ってないわけじゃ……、とは思う。
それでも言葉にしづらいと思っているのは、きっと俺が言葉にしたくないと思っているから。
だって、他の誰かに伝えようとすれば、俺と春海さんは過去に何かがあっただけの、ただの他人になってしまう。
俺はまだ、それを受け入れられずにいる。
「写真撮れた? それじゃあ、食べようよ」
「ですね。いただきます」
「いただきます」
抹茶パフェを一口含めば、口いっぱいに抹茶の味が広がる。
ただ苦いだけじゃない。ほんのりとした甘さもあって、普通に美味しい。
「ん~、美味しい~」
「めっちゃ幸せそうですね」
「パフェだからね」
「今どきはパンケーキじゃないんですか?」
「あ、それどういう意味~?」
「さあ、他意はないですよ」
なんて適当な会話を交わしつつ、パフェを食べ進める。
運ばれてきたときは、こんなに食べられるわけないって思ったけど、案外スルスルと食べられる。
「美味しい?」
「美味いです。甘すぎなくて好きですよ」
「だから言ったでしょ? 来てよかったじゃない」
「確かに」
「年上の言うことは聞くものだよ、君ぃ」
「なんですか、それ」
「この間見たドラマの真似。嫌味な上司役」
「そんな人って本当にいるんですか?」
SNSでもたまに、そういう『社会人大変系』の投稿がバズってるけど、本当なんだろうか。
「いない、とは言い切れないかな」
「春海さんの会社にも?」
「肇君。私がいた、『元』会社ね」
「こだわりますね」
「だって、楽しいんだもん。昨日は自由、今日も自由。これから先はずっと自由。最高」
「それだけ聞くとすごいダメな人のように思えてしまう」
世の中には真面目に働いている人もいるというのに。
「ダメじゃない人間なんていないよ」
「そういうものですか」
「うん。私も学生の頃は年を取ればまともな大人になれると思ったけど、全然そんなことなかった。ほら、証拠に今こうしてるし」
「確かに」
春海さんが言うと説得力が違う。
でも、だからこそ思うこともある。
「春海さんは楽しそうですよ」
「そう?」
「はい。いいなって思います。春海さんみたいな大人になれたら、人生が楽しそう」
「好き勝手やってるだけだからねー」
あはは、と笑う春海さん。
きっと謙遜でも何でもなく、本当にそう思っているんだろう。
この人は出会った時からずっとそうだ。自由で楽しそうで、自分の気持ちに素直で、だからこそたくさん傷つくこともあって。
そんな春海さんを知ったからこそ、俺は彼女を好きになったんだ。
色々あって、ここまでダラダラと続いてしまった関係があって、それでも女々しく彼女のことを好きなままの俺がいる。
「春海さん」
「ん?」
「ダメですか?」
「パフェのおかわり? 食べれるなら、別にいいよ」
メニューを取る彼女の手を抑える。握る。その方が伝わる気がしたから。
目を見る。
緊張と興奮で目を逸らしそうになるけど、真っ直ぐに春海さんの目を見る。
そして思う。
ああ、やっぱりキレイな人だな、と。
真っ直ぐと通った鼻筋。つるんとしたオデコ。艶のある唇。昨夜は暗くてぼやけていたそれらが、今は確かな輪郭を持って目の前にある。
それが嬉しくてたまらない。
目の前にいる彼女のことが、こんなににも愛おしい。
「もう一度付き合いたいって言ったら、それはダメですか?」
「──」
昨夜も隣にいた彼女へ伝えた言葉を、また伝える。
昨夜ははぐらかされてしまった言葉を、また伝える。
昨夜のようにはいかない。今度は逃がさない。手を取り、目を見て、はっきり伝える。
「俺はやっぱり、春海さんのことが好きです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます