第6話

 愚かだとは思うのだけれど、私はマスターベーションをすることがすっかり日課になってしまっていた。加護くんと言葉を交わした日も、そうでない日も加護くんを思って一人でしていた。チヨやミサキと長いこと話した日はより一層それが酷くなった。手はただひたすら機械のように動いていて、頭の中は加護くんのいろんな姿がスライドショーのように流れていた。

 

 「ナナコさん」

 教室で次の授業の予習をしていた時、クラスメイトの安達くんに声をかけられた。

 「今日、委員会の仕事あるって」

 安達くんは人のいい笑顔で私にそう言った。私と安達くんは美化委員に所属していて、美化委員というのは恐らくこの学校で最も面倒な委員会だった。美化委員なんてやるのは物好きかお人好しくらいなものである。私も安達くんも恐らくお人好しに属する人間で、誰もやりたがらない美化委員会にチョロチョロと名乗り出てしまったのだ。

 「分かった。安達くんありがとう」

 私も多分相当に人の良い笑顔を安達くんに向けたと思う。しかしこの女、マスターベーションを日課としているのである。にしても美化委員、面倒くさいなあ。


 放課後、私は安達くんと共に校内のトイレの点検を行っていた。私たちの担当は第1校舎の1階から3階。全部点検が終わったら保健室に行くというだけの仕事だが、これがなかなか面倒だった。あまり仲良くない人間と学校のトイレおよそ8箇所を回ることを想像してほしい。まあまあな地獄である。

 「ナナコさん今日は部活とかあるの?」

 安達くんは優しいので私に話を振ってくれる。が、私は部活などやっていない。所詮安達くんの優しさもその程度である。内心では私に興味などないのだ。

 「ううん、私は帰宅部だからなんもないよ。安達くんは?」

 「僕はサッカー部の練習あるけど、まぁ大丈夫。むしろちょっとラッキーかも」

 「なんで?練習面倒?」

 「それもあるし、ずっとナナコさんと喋ってみたいと思っていたから」

 サラッとドギマギするようなことを言い放つ安達くんに、私は沸々と怒りが湧いてきた。


 なにを、言ってるの。この人は。


 そんな風に言えば人に好かれるって思ってるのかしら。やだ、気持ち悪い。安直な言葉で人への好意を示す安達くんが、気持ち悪い。笑顔で喋る安達くんの声が耳を通り抜けていって、安達くんの言葉に対して恐らくは適切な返答を、私の口は勝手に紡いでくれていた。頷いて、笑いながら、私の頭の中はずっと加護くんのことしか考えていなかった。早く、早く、加護くんに会いたい。私に笑顔を向けてくれるのも、私の隣を歩くのも、ドギマギするようなセリフを投げかけてくるのも、全部加護くんだけでいい。私の目は加護くんを見るためにあるし、私の口は加護くんの言葉に同意するためにあって、私の頭は加護くんのことを考えるためにあるの。だから、それ以外はいらない。

 加護くん。加護くん、私、あなたが好き。

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