第5話

 加護くんと過ごした放課後の時間は私にとって革命みたいなもので、帰宅してからもその熱に浮かされっぱなしだった。あんなに近くで加護くんを見たのも、あんなに長く加護くんと時間を過ごしたのも初めてだったから、私の興奮はちょっと度を越えていた。

 「加護くん、素敵だな……」

 加護くんのこちらに向けた視線だとか、チョークを握る指先だとか、幅の広い肩とか、全部が綺麗で、好きで、欲情の対象だった。何度も何度も思い返しているうちに、気が付けば私はマスターベーションをしていた。加護くんの姿を思い浮かべて、他のこと、例えば授業の事とか家の事とかやらくちゃいけない事、そういうのを全部頭の片隅に追いやってただただ没頭した。終わった後はドッといろんなものが押し寄せた。ふわふわとどこか遠くへ飛んで行った私を地球の重力が強い力で引き戻し、加護くんのことでいっぱいだった頭の中に、俗世間のことがスルスルと戻ってきた。何やってんだろ、私。その虚無感さえ心地よくて、私はしばらく目を閉じて湧きおこる脱力感と静かな興奮に身を委ねた。する前よりも、世の中への気怠さや嫌悪感がだいぶ増していた。それでも加護くんのことは相変わらず好きだった。


 あの放課後の時間は加護くんにとってはほんの気まぐれだったのだと思う。その日から、二人で放課後を過ごすような時間は訪れなかった。それでもクラスメイトかつ隣の席の特権で、加護くんのいろいろな表情を見ることは出来ていた。授業中に眠りこけて怒られていたり、クラスメイトに唐突にちょっかいをかけては笑っていたり、休み時間に菓子パンを食べ始めたり、急にベランダに出て歌いだしたり、どの加護くんも魅力的だった。

 「ナナコ、最近よく笑うよね」

 加護くんと放課後を過ごしてから1週間ほど経ったある日、ミサキが私にそんなことを言ってきた。

 「そうかな」

 「私も思った!なんか良いことあった?」

 チヨもそれに同調する。キラキラした真っ直ぐな目でこちらを見てくる二人に私は、なんもないよ、と笑っただけだった。良い子たちだな、と思う。本当にそう思う。どうして私はそれ以上を思えないのだろう。加護くんと話している時に感じるような喜びや愛おしさ、同じものではなくてもせめて似たような何かを、どうして私はこの子たちに感じられないんだろう。どうして。

 「そっかぁ~。あ、ねえねえ今度三人で遊び行こ!この間可愛いカフェ見つけて……」

 チヨの言葉を聞きながら、私はやっぱり加護くんのことを考えてしまっていたのだった。

 

 

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