第7話

 自分でも可笑しくなるくらいに、何がそんなに私を滾らせるのかも分からないのに、私は加護くんの事ばかり考えていた。いつの間にか私のささやかな日常には全部加護くんがいた。朝、登校するときにスニッカーズと豆乳を口にする密やかな楽しみの時間さえ、「加護くんは豆乳はスキかしら」「いつか加護くんと一緒に学校に来たいな」と考えることに頭を使ってしまって、スニッカーズも豆乳も無意識のうちに胃におさめてしまっていた。放課後の物理実験室で、深海のような安らかな時間を過ごすときだって、加護くんのことを考えては胸が熱くなるばかりでちっとも落ち着くことが出来なかった。家に帰れば加護くんを思ってマスターベーションをした。何度も何度も何度も何度もそんな日を繰り返した。私はほとんど自分を見失っていたし、加護くんと出会う前の自分が何を思って過ごして、何を楽しんでいたのかなんてちっとも分かりやしなかった。チヨとミサキは近頃上の空でいる私を心配してくれたけれど、それも私は適当にあしらっていた。二人が話しているのをなんとなく聞き流しながらずっと加護くんのことを考えていた。


「加護くんなら何て言うかしら」「加護くんはこういう女の子たちが好きなのかな」「加護くんは」「加護くんが」「加護くんに」「加護くんの」「加護くんも」


 私の視界に映り込む加護くんは、誰よりも輝いている。誰よりも自由に振舞っていて、誰よりも飄々としている。加護くんを見るたびに全身が甘い疼きを覚えてたまらなかった。加護くんが好き。加護くんの笑顔が好き。すらりとした指先が好き。少しだけ猫背な背中が好き。スッと伸びた首筋が好き。二つあるつむじが好き。横に流した前髪が好き。形の良い耳が好き。綺麗な形をした足首が好き。目の下にあるほくろが好き。犬が苦手なところが好き。熱心に学校行事に参加するところが好き。友達が多いところが好き。いつもハンカチを持ち歩いているところが好き。お日様みたいな香りの体操服が好き。ペン回しが上手なところが好き。運動が出来るところが好き。ピアノが弾けるところがすき。誰にでも分け隔てないところが好き。面倒見が良いところが好き。怒ると鼻の穴が膨らむところが好き。先生によく怒鳴られて文句を言っているところが好き。お母さんと仲が良いところが好き。話を聞くときに相手の目を見て頷いてくれるのが好き。笑い声が大きいのが好き。爪をいつも短く切っているのが好き。授業中の退屈そうな顔が好き。気の利いた冗談を言うのが好き。本を全然読まないのが好き。音楽の趣味が大衆的なのが好き。アーモンドの形をした目がぎゅっと細くなるのが好き。あくびをした顔が好き。SNSで毎日眠いしか言わないところが好き。ギターを買って三日で飽きちゃうのが好き。「を」を書くときに蛇みたいになるのが好き。つまらないアプリをずっとやっちゃうのが好き。毎朝新聞を読んでるけど全然分かってないのが好き。歩いているのが好き。立っているのが好き。息遣いが好き。目が開いたり閉じたりするのが好き。声を出すのが好き。加護くんだから好き。好き、大好き。

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