七月十七日

 そんなに珍しい大病ってわけでもないんだから、と彼女に笑われながらも、俺は彼女の通院には極力付き合った。

 彼女は運がよければ仕事帰りや休日に病院を予約したが、そこそこ名のあるらしい担当医師は予約もいつも争奪戦で、俺はあっという間に有休を使い切ってしまった。給料が減るのも構わず仕事を休む俺に、奥さんはそんなに難病なのかと上司に心配された。そうでもない、と答えるとますます怪訝な顔をされた。給料は減ったが、外食が減ったことによって支出も減ったので今のところ困ってはいない。

 水道光熱費の負担を不平等にしたままだな、とふと気づいて、今月の給料日にでも、先月分も含めて清算してもらおう、と、彼女の作り置いた総菜に俺が温めた冷凍食品を忍ばせた弁当を頬張る。今頃彼女も同じものを食べているだろうか。俺は日持ちとか作り置きとか難しいことが分からないので、朝起きて彼女の指定した冷食とミニトマトと総菜と焼きたての卵焼きを、弁当に詰める係に完全に役割分担されてしまった。

 明日の通院で、彼女は意思決定を医師に告げるつもりのようだった。通院は、もう何度目か分からなくなった。少しずつ変化する薬を彼女は律義に水で飲んで、あの晩のように倒れて動けないというようなことはあれから一度もなかった。

「迷惑、じゃ、ないのに」

 ぽろりと口から零れた言葉は、幸い誰にも聞かれていなかった。



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