六月十八日

 次の通院までの数日、彼女は何事もなかったかのように過ごした。

 朝食を作って食べ、お弁当を作って仕事に行き、帰宅して夕飯を作り、食器を洗って浴室を洗って風呂に入り、二日おきに洗濯をした。

「最近帰ってくるの早いねえ」

 夕飯だけ適当に済ませて帰り、洗い物をする彼女の背中にただいまと声を掛けると、彼女は茶化すようにそう言った。俺はそれには答えなかった。

「風呂、俺も浸かりたいからお湯張るならそのままにしといて」

 彼女は一瞬きょとんとして、それから答えた。

「だったら、先に入りなよ。お湯汚れちゃうし、私、最後に軽く掃除してから出るから」

「掃除するなら俺がする」

 彩人の掃除のしかたなんて、信用できないなあ、とけたけた笑う彼女は、俺が最近初心者向けの料理本を買ったことをまだ知らない。

 台所、使いたいんだけどな。包丁も俎板もフライパンも鍋も、彼女の持ってきたものなので勝手に使うのは気が引ける――彼女がそんなこと言う人間ではないとは分かっているけれど。だが、ガス台をこまめに掃除している彼女のお気に召す台所の使い方ができる自信はなかった。恐らく鍋を焦がしたり、スープを吹き零したりするのだろう。

「お湯沸かしとくから、沸いたら先に入れよ」

 気前のいいことを言って浴室に向かったものの、お湯の張り方が分からなくて、ついでに使っていいタオルも分からなくて、結局台所に彼女を呼びに行く情けない俺だった。

 せめて洗い物とトレードといきたかったが、私しか使ってない食器でしょ、と彼女は頑として譲らなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る