六月十二日

 その日は結局、痛み止めといくつかの薬を処方してもらって、経過観察という名目のもと帰ることになった。薬が切れるころに次回の診察予約をして、帰りのタクシーの中では、ふたりとも無言だった。

 恐らく普段の彼女だったら、もったいないからバスで帰ろうとか言ったんだろうな、と、右隣に座る彼女の、座席に投げ出された左手にそっと自分の右手を重ねた。

 窓から外を眺めていた彼女は、驚いたようにこちらに顔を向けた。

 考えなしに触れてしまっていたたまれなくなった俺は、今更手を離すこともできず、彼女と入れ替わるように窓の外へと視線を逃がす。

 彼女は家に着くまで何も言わなかった。



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