5 裏切者の末路

 タヲヤメノオオミコトの屋敷では宴会が催されていた。彼自身は大いに酔いしれていた。間もなくオオクニヌシ一族が滅び去り、この自分が次の新たなる王として君臨する、その前夜祭的なものだ。大いにどんちゃん騒ぎをして皆思い思いに酔っていた。



 その屋敷の門番の二人は、退屈そうに欠伸をしていた。だがしかし、その顔は喜びに満ちていた。

「いよいよタヲヤメ様が王になるのか」

「あぁ、ついに俺達の時代が来るんだな」

と暢気な会話を交わす。

 だが、それが彼らの最後の会話になってしまった。


「残念だが、タヲヤメの小僧ガキが王になることはないし、貴様らのようなゴミ共の時代も未来永劫来ることはない」

 門番が気づいた時には、彼らの細首は宙を回転していた。首を斬られた事を知ったのは、首が地に着いたわずかな時間だった。

「さあ、始めようか」

 男は閉ざされていた門を自慢の太刀で断ち切った。

 その男の後ろから、ゆらりと怒りに燃えたオオクニヌシが姿を現す。

「オオクニヌシ。後は任せる」

 男はササッと横に逸れた。

 オオクニヌシは大きく息を吸うと、ありったけの声で叫んだ。

「フツヌシ達のかたきを取る。かかれー!」



















「フツヌシ達のかたきを取れぇ!」

 大地が揺れた。大盛り上がりして楽しげな宴の空気をブッ壊すような無粋な雄叫びが木霊した。

 

「な、何事だ!?」

 突然の事に驚くタヲヤメノオオミコト。そこに、慌てて駆け込んできた下っぱが息を整えてから一気に告げた。


「大変です! オオクニヌシが攻めて参りました!!」

「な、何ぃぃ!?」

 タヲヤメノオオミコトは驚愕した。何が起きているのか信じられなかった。

 彼は、既にオオクニ達が先刻派遣した部隊によって滅ぼされていると思いこんでいたからだ。


「タヲヤメとヤマネガミ一味、一人たりとも逃すな!!」

「我らが怒りを思い知れ!!」

 そんな怒号があちこちから聞こえて来る。


 彼の頭は既に地獄絵図に染まっていた。本気で不味いことになったと感じていた。

───このままでは死ぬ

 何とかしなければならなないと思うほど、その対処が上手く思いつかなかった。


「早く迎え撃てっ」

 何とかひねり出した指示に、よしとヤマネガミがそれに応えて部屋を後にしてすぐであった。

 天井が音をたてて崩れ落ちた。しかも、絶対に切ることのできない物質で作られているのにも関わらずである。


「なあ?!」

 それは唖然とするのも当然である。

 タヲヤメの前に瓦礫と共に現れた男は、そんな非常識的なことをやってのけた怪物に見えた。

「よぉ小僧ガキ。約束通り、貴様に引導を渡しに来てやったぜ」

 男───進藤龍彦は不敵に口角を上げながら腰の太刀を抜いた。

 あっ、とタヲヤメの顔面から血の気がみるみる引いていった。男はかつて自分に圧倒的力を見せつけた人間に酷似していたからだ。

「仲間を裏切った罪、その身を持って償ってもらおうか」

 龍彦は抜刀した龍牙を青眼に構えた。




















 神の怒りは凄まじい。仲間を殺した相手が相手だけに、それはいっそう激しいものだった。

 そんな彼らに身内だから泣きつけば助けてくれるだろうなんてあまっちょろすぎる考えを持ったアホな裏切り者共は、逆に彼らの神経を逆なでるだけ逆なでて瞬く間に殺されていった。

 呆れるほど自己中極まりない連中の末路である。


「いるんだよな~。自分テメェのやった事を棚に上げて相手を非難するクソ野郎がよおっ!」

 灼熱の業火をまとわせた龍雲でそんなバカを両断した龍二の隻眼は怒りに燃えていた。

 深紫しんしの左眼は、しっかりとタヲヤメノオオミコトの息子スクネノミコトとヤマネガミを見据えていた。その眼は怒りに燃えながら氷点下まで下がった冷たい殺気に満ちていた。

 スクネとヤマネガミ一味は恐怖した。眼の前にいるのが人間に思えなかった。


 龍二スクネとヤマネガミの周りを一瞥し、ただ一言「失せろ」と手を水平に切った。すると、彼ら以外全員その身を八つ裂きにされて消えていった。

「さて、後はテメェらだけだぜ外道共」

 龍二の口から出た声は彼のものではない。

「お主らのような己が欲に貪欲である者が神を名乗るとは真の神を冒涜するも甚だしい。

───闇に堕ちし神は神に非ず。冥府にてこれまでの罪業の苦しみを味わうが良い」

 彼の持つ太刀に漆黒と紫の焔が纏わり始める。そしてその場から振り抜いた。

 刹那、彼らの身体は胴と下半身が離れ、瞬く間に焔に包まれて何も残すことなく消滅した。













 藤宮明ふじのみやあきら戸部萌とべめぐみは龍二と共にタヲヤメノオオミコト一味討伐に赴く気でいたのだが、その本人にここに残って安徳達を守ってくれと頼まれたので、美琴や池田成良らと協力しながら敵を排除する一方で総指揮官安徳ら〝一般人〟の守りに徹していた。

 彼らの相棒である曉龍きょうりゅう炮龍ほうりゅうのサポートも万全である。

「そらよっ!」

「戸部流薙刀術 大回天桜演舞」

 二人や、龍造たちの活躍によって被害の拡大を防ぐことができた。二人は日本屈指の実力者であり、時には宗家を凌駕するほどである。


 襲撃者達を退けた束の間のひと時。茶を啜りながら明がぼやき始めた。

「なあ萌」

「何よ」

「神様って俺らと変わんなくね?」

「そうね。今日それを見たら何かが私の中で壮絶な音をたてて崩れ落ちたわ」

「はぁ。何かさ、どっと疲れた」


 そこに、ツツッと龍造が寄ってきて小言を宣う。

「ほれほれ。愚痴ってないで働け小僧共。早くしねぇとお天道様が暮れちまうぞ」

 龍造は器用に龍爪を操りながら敵をばっさばっさ屠っていた。どうも残党が散発的に襲撃しているようだが、彼は二人を剝きながらそれをやっていた。

「ホント器用だよなおじさん」

「次元が違うのよ。龍造様と私達とじゃ」

「いや分かってるけどさぁ───」

「明。コイツら早く始末したら龍二の特製料理を堪能させてやるぞ?」

「よし萌さっさとコイツらブッ飛ばそうぜ!」

 明は眼をキラキラさせながら言った。

「・・・・・・アンタ本当に単純で扱いやすいわね」

 現金な奴と思いながらも、龍二の至高の料理を味わえるのは彼女もまんざらでもなかったのでやる気を漲らせるわけで。

「まあアタシも龍二の極上料理を食べたいから張り切っちゃうけどねっ!」

 それを見ながらよしよしと龍造は満足していた。



「扱いやすくて助かる」

「・・・・・・焚きつけるのが上手いですね?」

 冷静に安徳がツッコミを入れた。

「満足に戦えねぇ奴が何言ってやがる」

 痛い所を突かれたと思った。まさにその通りなので反論できなかった。

「さて、俺は〝ちょっと疲れた〟からな。休憩だ」

 そう言って彼は安徳の隣にどっかりと座った。別に彼が戦わなくても彼の甥と姪が俄然やる気を出して暴れまくっているので問題なかった。



「それはそうですが」

「何、あんな雑魚共が束でかかって来ようがお前らにはこの俺が指一本触れさせやしねぇよ。四の五の言わずにそこで怪我人と華奈未達とじっとしてろ」

 そう言うと彼は怪我人と〝一般人〟を集め、その前に仁王立ちした。

 甥と姪のすり抜けて襲い掛かる裏切り者を彼は楽々仕留めていた。

「龍造。我も参加するぞ」

「私達、暴れ足りないから良いでしょおじ様?」

 未奈と幻龍だった。

「好きにしな。そん代わり、しっかりコイツらを守れよ」

「当然! 教え子を守るのは教師の役目ですから」

「誰に物を言っている。我は貴様らより場数を踏んでいるのだぞ?」

 そりゃ失礼したと龍造は苦笑した。

「さぁ暴れるわよ~」

「腕がなるわ」

「ナメ腐ったバカを殺るにゃ、ちょうどいい〝準備運動〟だな」



(〝準備運動〟、ですか)

 まあ実際そうなんだろうなと思った。彼らくらいの実力ならむしろ準備運動になるかどうかである。

「華奈美。何ボサッとしてるんだ。お前も戦うんだよ」

「龍造様? さっき大人しくしてろって言ってませんでした?」

 ひきつった顔の華奈未に、龍造は一言「気が変わった」と真顔で告げた。華奈美は唖然とするしかなかった。

「俺が教えた炎術があんだろ? それで十分だ」

 華奈美はため息をついた。

「ホント、いい加減な人ですね。ま、いいですけど」

 そう言って華奈美は手の平に小さな炎を出した。

「まぁ私もやぶさかではないですけど」

 やる気満々だった。

「そういうわけだから、安徳君は大人しくしててね?」

 ニコッと彼女は微笑んだ。

「───そうさせてもらいます」

 安徳はそうすることにした。

 たまにはこんなこともいいかと正直に思った。



















 タヲヤメノオオミコトの身体を恐怖と言う名の黒い渦が支配する。周りには、自分を守ろうとして無惨にも散り去った部下の骸が散らばっていた。

「さぁ、残りは貴様だけだ。タヲヤメ」



 刀身を滴る血を拭いながら近づく化け物じみた人間は、服も破けることなく、息を乱すことなく、圧倒的力であの大人数を黄泉の世界へ葬ってやった。

 これを化け物と呼ばずにいられるだろうか。


「そんな、バカなぁ!!?」

 タヲヤメノオオミコトは叫んだ。眼の前の男は嘲笑する。

「裏切り者にはお似合いの面だな」

 輝く龍牙の刀身を指でゆっくりなぞりながら、龍彦は一歩ずつタヲヤメに近寄ってきた。

「そろそろご退場の時間だ」

「あ、あっ・・・・・・あっ」

 タヲヤメは口をぱくぱくするだけで反撃するという事ができないでいた。恐怖に支配され思考できなかった。

「進藤流剣術 居合之秘剣・・・・・・・・・」

 龍牙の刀身を黄金の焔が纏う。切っ先を下にして鞘の方へ。右足を引いて半身となる。

「魔断ノ太刀・神殺かみごろし

 タヲヤメはその太刀筋を目視することができず首と肢体を切断され、黄金の焔によって消滅した。

「己の罪をせいぜい悔いるが良いさ」

 龍彦は一瞥をくれることなくそこを立ち去った。














 龍二が龍牙を鞘に入れた。あらかたの掃除は完了したようだ。

「終わったな」

 オオクニヌシが呟いた。

「おっちゃん」

 龍二は一瞬笑ってすぐに何かを思い出した。

「ごめんおっちゃん。敵討ち───」

「あぁ気にすんな。弔いには十分だ」

 良かったと龍二。

「じゃあ後始末するかな。誰か、ヤマトタケルノミコト殿を呼んで来てくれ」

 オオクニヌシは近くにいた部下に言い渡した。

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