4 油断

「・・・・・・すまん龍二君。すっかり忘れてた」

「いいよおっちゃん。もう、慣れたから」


 げんなりした龍二の左右と膝の上には、頬を真っ赤にしてすっかりできあがっている達子にカスガ、趙香がもたれ掛かっていた。

 来る対決に向けて細やかかな宴を設けたのだが、オオクニヌシはついうっかりと酒を出してしまった。当然の結果ながら、でろんでろんに酔っ払った三人は龍二にからんできたのだ。


「りゅ~り~」

「りゅ~りく~ん」

「たのひんれまふかぁ~」

───あぁ、可愛いなちくしょう!


 酔っ払って無防備な彼女達を色っぽく感じてしまった。何かこう、子猫のような可愛さだった。

「───・・・・・・ってちょっと待てぃ!」

 だが彼女達の手が色々とマズイ所に触れてきたので、我に返った龍二は抵抗を試みた。


 そんなところに意外な助け船がでた。

「ほらほら三人とも、龍二君が困っていらっしゃいますよ? それに何だか眠そうですし、もう寝たらどうですか?」


 美琴だった。彼女が静かな口調で言うと、回転が鈍っている三人はよく分からない返事をしてそのまま畳の上にダイブして静かな寝息を立てはじめた。


「ありがとうみこ・・・・・・と???」

 龍二は美琴の姿を見て違和感を覚えた。

 姿形は確かに美琴である。だけど髪の色が銀色で、瞳の色が紫色をしていた。それに口調も全く違っていた。


「そっか。龍二君に会うのは初めてだったかしらね」

と一人納得する美琴は彼と向かい合うように正座した。


「初めまして進藤龍二君。わたくしは神戸美琴の〝裏〟の人格。正確に言えば、伏龍様の力の一部が変化した人格、と言えばいいかしら?」


「う~ん、よく分かったような分からないような?」

「うふふ。無理をして理解しなくともよろしいですわ。〝裏〟美琴でも何とでも呼んでくださいな」


と彼女は平気で言った。しかし龍二という男は決してそれを受け入れることはできなかった。人の人格や何やら尊厳的な何かを無視するようなことを龍二は許せないのだ。


「───よしっ、今日からお前は『藍実』だ。異論は認めん」


と龍二はほんの少し考えた上でビシッと人差し指を彼女に向けて指しながらそう宣言した。


「あらあら、わたくしの名前を考えてくれましたの? 少々強引ですが、ありがとうございます。慎んで頂戴しますわ」


 龍二はジーっと藍実を見ていた。言葉遣いといい立ち振舞いといい、どこかの富豪のお嬢様かと思ったほどだ。


「うふふ。まぁよろしくお願いしますわ」

「うん、よろしく。因みに美琴はお前のこと知ってんのか?」

「えぇ。何度も夢の中で会ってますからね」


 何か俺と似てるなと呟きながら、龍二は藍実に酒を注いだ。


「あら、よろしいのですか? 龍二君、お酒に弱いはずでは?」

「───飲んでるうちに耐性ついた」


 フフっと笑いながら藍実はそれを一口に飲み干した。つられるように龍二も一杯飲んだ。細やかな宴は楽しいときを過ごしていった。

 翌朝起こる惨劇に気づく者は誰もいなかった。












「してやられたわっ!」


 龍造や関羽といった協力者を確保して戻ってきた青龍は、眼前に広がる惨状に己の不覚を恥じるように怒り吐き散らした。その惨状を彼らはただ茫然と見ているしかなかった。


「・・・・・・・・・」


 大破した屋敷はそのほとんどを焼き尽くされ所々燻っていて、以前の姿は最早ない。周囲の至る所に亡骸や怪我人が溢れていた。大量の血、もがれた翼、焦げ跡。それらがこの悲惨さを助長している。


 青龍が龍造や関羽といった協力者を連れて来る数時間前、スクネノミコトらによる奇襲攻撃を受けオオクニヌシらの被害は甚大だった。酒宴の翌日ということもあり、彼らの行動は既に後手に回ったのだ。


 500名程が集まっていた内、まずフツヌシノミコトを始めとする数百の者が戦死、アマテラス・スサノオ・カスガ・安徳・明美・麒麟・玄武・南雲・公煕・劉禅・関平・星彩以下半数が重傷となってしまった。


 龍二は黙ってその惨状を前に直立していた。

「・・・・・・・・・」

 彼は身体の中からふつふつと何かが沸き上がっていたのを感じていた。


 そこに、泰平が遣わしていた政義が戻ってきた。

「戻ったねマサさん。居場所、分かったかい?」

「あぁ。奴らこっから数キロ先のボロ屋にいるぜ。どうやら、内通者がいて俺達が油断していたのを伝えたらしいぞ」

 政義が戻るのとほぼ同時に、為憲と政義と一緒に尾行していた二人の神族の若者が戻ってきた。

「フツヌシノミコトの戦死を知らせたら、ほとんどの者が怒りよったわ。カガチノミコトとヤマトタケルノミコトは戦力を整え次第こっち来る言うとった」

 為憲が主に報告している最中、二人の神族の若者は王であるオオクニヌシに何かを耳打ちしていた。彼は、それを比較的無事な龍二達に伝えた。


 泰平はクイッと顎をしゃくった。

「じゃあ龍二。行こっか」

「おう。人間様がブチ切れたらどうなるかか見せてやろうじゃねぇか」


 それに応えるのは龍二だけではなかった。


「待って、私達も行くわ」

「わしらも行くぞ。もう我慢の限界じゃ」

 怒りが頂点に達している彼らを止める者はこの場にいなかった。


「オオクニヌシ。ここの守りは俺らに任せろ。奴らをブッ飛ばしてこい」

「おうよ」

「よく事情は分からないけど、任せてもらえるかしら?」

「必ず生きて帰ってきてください」


 イザナギや関羽がそう伝えると、オオクニヌシは力強く頷いて固い握手を交わした。守る必要性を感じられぬ程荒れ果てていたが、それでも彼らは分かっていた。ここが、自分達の居場所であることを。


 オオクニは比較的軽症な者達全員を向かわせることに決めた。今度はこちらから奇襲をかけるのだ。

「オオクニヌシ。タヲヤメのガキは俺に殺らせろ。引導を渡してくれる」

 出発前、龍彦がオオクニヌシにそう告げた。その眼は憤怒に燃えていた。

 断る理由はない。

「お任せします」

「そいじゃマサさん案内よろしく」

「任せろ」


 政義を案内にして動ける者の半数を率いて出発したオオクニヌシらを見送ったイザナギは皆に指示を飛ばし怪我人の手当を始める。


「姉貴。ごめん心配かけて」

「子細は青龍殿から聞いたわ。だから今は何も言わないで」

「姉さん」

「大丈夫か!? 星彩っ」

「へぇ、貴方でも不覚をとることがあるのね」

「私も一応人間ですからね。油断の一つや二つくらいしますよ」


 夏候惇に苦笑する安徳にイザナギのテレパシーが聞こえた。

(安徳君。君の右斜めの者が不審な行動をしている。指示を頼む)

 さりげなくそこを見れば、確かに辺りを気にしている挙動不審な神族がいた。

 小さく頷いてから彼は指示を出す。

(では、イザナギさんと青龍さんに朱雀さん。彼が逃げそうな場所に先回りして待ち伏せを)

 おう、と彼らは行動を開始する。

(龍造おじさんと晶泰おじさんはさりげなく彼らのフォローに回ってください)

(任せろ)

(それくらい朝飯前さ)

 その後も彼はそこにいた者全員に指示を与え、華奈未には自分を支えてくれるようお願いした。

(それと、南雲に奈良沢さんは、コウ君の護衛を。下手したら彼が人質になりかねません)

(いいよ。任せてくれ)

(は~い)

 安徳に抜かりはない。


 男は辺りをキョロキョロと見渡し、そそくさと逃げようとした。

 その時だった。

「どこに行くのです?」と安徳。

 一瞬身体を強張らせたその者は、顔がひきつらぬよう平静を保ちながら答えた。

「いや、ちょっとこの辺の見回りにいこうかと。またいつタヲヤメが来るか分からないので」と男。

 そんな〝しらじらしい〟嘘など、安徳はとうに知っていた。

 彼は鎌を掛けた。

「おやそうでしたか。私はてっきりそのタヲヤメの所へ密告に行くものかと思っていましたが?」


 今度は、はっきりと男の顔がひきつったのが分かった。

 したり顔で安徳は男を睨んだ。

「いやはやしてやられましたよ。獅子身中の虫とはよく言ったものですね」

 よく思い出してみれば、彼はオオクニヌシの側近の一人であった。

(やれやれ。私もまだまだですね~。ま、人は不完全で然るべきですがね)

 安徳は嘆息した。

 彼は愛刀長光を抜き、切っ先を彼に向けた。

 男は真っ青になり逃げようとした。が、その先には既に先回りしていた三人が待ち構えていた。

「悪いけど、アンタをこの先にやるわけにはいかないのよね」


「我らは貴様を逃がす気はない」

 さらに龍造に晶泰、彼の式神である佐野長門守時滿(さのながとのかみときみつ)と早瀬日向介徳資(はやせひゅうがのすけのりすけ)、が包囲網を敷いていた。

「それはどうかな」

 だが、その男が不敵に笑う。すると周りにいた神族の約半数が彼らに牙を剥いた。

「ほう・・・・・・・・・」

「───テメェらいい度胸じゃねぇか」

 破龍が、龍王が、殺気をみなぎらせ反乱者を睨み付ける。

 一人が勇んで龍王に襲い掛かった。龍王はそれをひょいと避けると、彼の頭を鷲掴みにした。

「爆せろ」

 刹那、彼は肉片を散らしてなくなった。


「俺はな。自分の欲望の為に仲間を平気で裏切る奴は大嫌いなんだよ」


 静かなる怒り。凍える殺気。それは、主である沙奈江も同じであった。


「私達も忘れてもらっちゃぁ困るわね」


 鳳凰と神亀が、龍王に連れてこられた龍、砕龍・豪龍・浄龍・焔龍がすぐさま現れて威嚇する。


「手出しするなよお前ら。こんな雑魚共にお前らの手を煩わせるわけにはいかないからな」

 破龍が言う。もとより彼らにその気はない。


「ほらどうした。さっさと来いよ神様モドキ共。それとも、ビビって怖じけづいたか?」

 侮辱された彼らは一斉に攻撃した。しかし、激昂した二龍の敵ではなかった。

「所詮この程度か」


 事切れた裏切り者達の骸を見下しながら破龍が吐き捨てた。

 そこに、息を乱したイザナギの側近の一人が彼に告げたことがあった。


「イザナギ様。こちらに敵が来ます。数二百。タヲヤメの配下かと思われます」

 どうやら他にも獅子身中の虫がいたらしい。

 イザナギはその方向へ眦を裂いた。


「おのれタヲヤメめ!」

「是非もない」


 龍造は槍の穂先を虚空に向けた。その槍は、出発前に龍二に置いていってもらった宝槍・龍爪である。

 晶泰は呪札を構えていた。


「ふん。あれくらいの雑魚なら、俺達二人で十分だな」

「だな。後こいつらもいりゃいいだろ」


 沙奈江と龍王達を指してそう言った。彼女達は当然と言わんばかりに頷いた。

「そう言うわけだ。安徳。お前らゆっくり休んでろ。煉。ご主人様達をしっかり守ってやれよ」

「はいですぅ!」

「雷達もしっかりな」

「承知した」


 彼らは主の待つコウフラハの部屋へ急いだ。

「破龍。『本気』、出してもよいぞ?」

『おーちゃん。いいよ私が許す。全力でアイツらを殺って』

 破龍の口がニッとつり上がる。

「分かってるじゃねぇか龍造」

 ふふんと伏龍が鼻を鳴らす。

「そうこなくっちゃな沙奈江」

 待ってましたと二人は肩をグルグル回して臨戦体勢を取る。


「久方振りにお主らの本気がみれるのじゃな」

「ホントね~何百年振りかしら?」

 四聖はそう暢気に言っているが、手には得意の得物をしっかりと握っていた。

「ま、わしも存分に暴れてやるがな」

「当然よ。アタシ大分前からドタマにきてるのよね」

「俺もだ」

「僕も!」

 四聖の殺気を肌に感じた安徳は身を震わせた。彼は四聖の本気を見たことがなかった。


「安徳君」

 その時、彼の身体を支えていた華奈美が話し掛けてきた。

「何でもかんでも一人で抱え込んじゃダメよ」

 こんなことを口にした。突然のことに安徳はきょとんとしている。

「眉間にこーんなに険しい皺なんて作ってたらあっという間にジジィになってぽっくり逝っちゃうわよ?」

 と彼の顔を再現して見せる。

「・・・・・・フフッ」

 顎に手をやり、参ったような顔をして長光を鞘に納める。


「貴方に分かってしまわれるとは」

「まあね。付き合いは短いけど、暫く傍にいればそれくらい分かるわよ」

 安徳はこの時、華奈未にある人物の面影を見た気がした。どことなく似ているその人に、彼は懐かしさを覚えた。


「ほらほら、指揮官さん。皆に指示指示」

 私はいつからここの指揮官になりましたかと聞きたいところだが、まんざらでもなかった。

「そうですね」

 安徳の切り替えは早い。


「圧倒的不利かつコンディションが最悪な状況では策は無意味でしょう。ですから、最低限の布陣を指示します。後は臨機応変に派手に暴れてもらって構いません」


 よっしゃとイザナギ達は勇ましい声で応えた。

 軽く咳ばらいしてから、安徳は布陣を発表した。

「まず美琴さんと公瑾さんに萌さん、それと明さんに神亀は私を含めた怪我人の守り

をお願いします」

「りょーかいっ」

「はいよ」

「イザナギさんと神族の方々、雲長さんは左翼、龍造おじさんと翼徳さん鳳凰は右翼、後方は残りの皆さんに、四聖は遊撃に回ってください」

 指示が終わると、彼は華奈美に支えられて立ち上がる。


「良介、いますか?」

「ここにいるよ」


 後ろにいた良介は、既に式神菊地志摩守滿就を召喚していて、臨戦体勢であった。


「奴らがここに現れたら、結界を張ってくれますか。飛び切り特大のやつ」

「うーん・・・・・・出来なくはないけど、僕の力じゃ、そんな持たないよ?」

 苦笑する彼に瞑龍が告げた。

「私と王が補佐するわ。いいでしょ?」

 構わないと龍王。

「いや、補佐は俺がする。お前達は遊撃に回ってくれ」

 そこに晶泰が名乗り出た。

「俺なら術の系統が同じだから良介の身体に負担はないだろうよ」

 瞑龍と龍王は納得したようだ。よく分からんが、術の系統が違うと身体に何からの負担がかかるらしい。


 その辺のことには疎い安徳は、総て彼に任せることにした。

「ではお願いします、おじさん」

「僕からもお願いします」

「おう。任せときな」

 晶泰は胸を叩いて応えた。


「晴明直伝の陰陽術の力、とくと見せてやるわ」


 安徳は大きく呼吸して皆に告げた。

「皆さん最後に一つ。今回、我々の勝利条件はこの屋敷の防衛並びにコウフラハ君の死守です。それ以外はすべて我々の敗北となります。指揮は私がとります。何が何でも守り抜きますよ」


全員が拳を突き上げて声をあげた。

 そこに、敵が来たとの報がもたらされた。

 安徳は抜刀し天に掲げた。

「さあ、我々の戦を始めますよ」

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