屍骸から這い出る

 おやすみと言われて偽りの床に就いた後、寝室を抜け出して、2人のいる部屋の傍で身を潜める。この日のために隠しておいたICレコーダーのスイッチを入れて、彼らの音声を拾い上げる。これで、2人は破滅だ。の復讐を、が果たすのだ。


(あなた…リリィは本当に記憶を取り戻すのかしら…確かに、いずれ、記憶を取り戻すと、お医者様は言ってはいましたけれど…)


(う…ム…まあ、確かに…きみも少し疲れたろう。すまないな。ぼくが仕事に行っている間、辛かろう。でも根気強くあの子に寄り添うんだ。そうすれば、きっと記憶を取り戻すさ。)


(そうね…病院で、なぜかあの子は自分はリリィじゃないと言ったけれど、あの子は、間違いなくリリィよ。ちょっとした仕草、焼け爛れてしまったけれど、声の出し方、顔立ち、全てあの子の面影があるもの…。)


(そうさ。きっと、事故のショックで自分が自分であることを忘れてしまっただけだよ。ぼくたちがこんな顔していたら良くない。今日は少し記憶を取り戻した目出度い日じゃないか…。なあ。頑張ればきっともっといろんなことを思い出してくれるはずさ。さ、今日はもう寝よう。また明日から、かわいいリリィに世話を焼いてやらねばならないんだから。)


(ええ…ありがとう…あなた、おやすみなさい…。)


 そして、部屋の電気が消えた。いつでも、運命が動き出す時は唐突で、残酷な現実は目の前に差し迫って現れる。期待していたはずのことが一切起こらなかった。それは何故だろうと、頭の中に疑問符が浮かんでは消えていく。答えは明白だったけれど、私の脳が認めることを拒絶しているかのようだ。その時、背後から声がした。


「ねえ、なぜあの2人をころさないの?」


 心臓が口から飛び出そうになりながら、後ろを振り向くと、焼け爛れたが立っていた。ひゅっとか、ふひょっとか、そんな間抜けな音が喉から聞こえてきた。空気を呑み込んで、声が出ない。彼女は一歩、私に近づきながら再び口を開く。


「ねえ、なぜあの2人をころさないの?あなたはあの2人に騙されてるのよ」


 わたしは恐る恐る焼け爛れたその子に聞いてみた。


「あ、あ、あ、あ、あの…あの…あなた、あなたは…一体誰…」


「私?私はリリィ、リリィよ。リリィ。わかるでしょ。あなたの代わりに死んだのよ。だから私を騙した偽親たちをころしてもらわなくっちゃあ。だって、わたしたち、友達でしょ?」


 焼け爛れた女がまた一歩近づいてくる。違う、私の知ってる彼女はこんなこと…言わないはずだもの…。恐怖で腰が抜けてその場にへたり込む。何かにぶつかって、ガタンっと音が響く。


「リリィ!どうしたんだこんなところで!」


 驚いた父と母が、心配そうに私を見つめていた。焼け爛れた女はいつの間にか消えてなくなっていた。


***


 父と母は、時折謝りながら懸命に私がリリィであることを説明してくれた。お医者様が言うには、火事のショックで私は自分が焼けてしまった女の子だと思い込むことで、心の平穏を保っているのだと言っているらしい。

 そうして説明を受けている内に、あの日のことを思い出してきた。その日、父と母が外出していることを良いことに、私はこっそり資材小屋へ遊びに行った。そこで、あの子に出会った。私は…そして、彼女も初めての友達を手に入れた。しばらくして、彼女が今日は冷えるから焚火をするんだと言ってきた。私は危ないからやめようよと言った。案の定資材に燃え移って火事になった。あの子は私を守って死んでしまった。私のたった一人の友達…私が止められなかったから、父と母に叱られることを恐れて、あの子を家に連れて行こうとしなかったから…後悔は挙げたらキリがないほどにあった。私は彼女の代わりに死ねばよかったんだと何度も思った。思っている内すぐに、そうだったらどうなっていたか妄想した。いつの間にか妄想が、私の人格をあの子の人格に…それは私の想像の産物だけれど…挿げ替えてしまっていた。最後は妄想に憑りつかれて良くないことまでしてしまうところだった…。

 次の日、私はあの子のお墓に行った。花を添えて、彼女の冥福をお祈りした。たった一日だけだったけれど、私たちの絆は永遠だったのよ、と心の中で語り掛けた。それ以来、焼け爛れた女は見ていない。私は一言、独り言を残してお墓から立ち去った。


「助けてあげられなくて、ごめんね。」

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死出虫の娘 if... QAZ @QAZ1122121

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