百人乗りのエアバスで南大島へ向かい、そこからシャトルヘリに乗り換えた。

 蒼い海原を見下ろし、近づいて来る往ヶ島の全景をとらえた。

 往ヶ島おうがしまは周囲が約十キロメートルの火山島である。島は海からそびえ立つ断崖絶壁にぐるりと囲まれていて、出入りは南西にある小さな港とヘリポートしかない。最新の調査では、人口は二百人程度。手つかずの自然を求めて、観光シーズンには多くの客が訪れるらしい。

 電話の男、田村はそこから私に連絡をよこしたのだった。

「こちらに来ていただけませんか、慶子さんが待っています」

 いや、慶子は死んだんだ。

 何があろうとも、その死は覆らない。

 だが、あの電話口の声は慶子のものだった。耳に染みついた声だ。確信がなければ、強引に仕事に休みを入れて、こんなゆかりもない島に出向いたりしなかった。

 慶子はまだ、三十二歳だった。

 私はハンカチに包まれた傷だらけの指輪を取り上げた。慶子の結婚指輪。自転車で横断歩道を渡っているところを、大型トラックに巻き込まれた。この指輪は痛々しい遺体から、抜き取られたものだ。手のひらに包み、頬に当てる。

 シャトルヘリのローター音が高く大きくなっていった。

 九人乗りの機内に私を含め六人が搭乗していた。私以外は皆、観光目当ての客だろう。中年のカップルに家族連れだ。窓際の子供が窓の外を指差した。

 緑に包まれた往ヶ島はもう目と鼻の先に迫っていた。上空から、丸い輪が描かれたヘリポートが確認出来る。シャトルヘリはそこへ向かって高度を落としていった。

 操縦士からの合図があり、シャトルヘリの扉が開けられた。吹き込んできた風で髪が乱れる。ほかの客に続いて私も降りた。係員の指示でヘリポートの待合所へ誘導される。

 私はカートを引きながら、オレンジラインで区切られた歩道を進んだ。田村が出迎えに来ているはずだが。……辺りを見回すと、駐車場からこちらへ視線を送る人影があった。

 ワゴン車の隣に、長身の男と子供が立っていた。

 何かを感じ、ワゴン車に向かっていった。

「田村さんですか?」

 長身の男に声をかけてみる。

「坂本さんですね。田村です。わざわざ遠くから、お疲れ様です」

 田村は神妙な面持ちで、頭を下げた。ぼさぼさの髪を真ん中で分け、洗いざらしのボタンダウンシャツを身に着けている。どちらかと言えば覇気のない目をしていたが、妙な人懐っこさを感じた。おそらく私と同じ、三十代半ばくらいだろうか。

 田村の隣には男の子がいた。上目づかいで、私の様子をうかがっている。子供の年齢には疎いが、五、六歳に見えた。

「この子は祐太です」

 田村がそう言うと、祐太は手話をつかって、たぶん挨拶をした。サッカーボールを小脇に抱えているので、ジェスチャーが斜めになっている。小さめの緑のTシャツが愛らしかった。

「耳が不自由で、いろいろあって僕が面倒を見ています。どうぞ車へ」

 骨ばった手でドアをスライドさせ、田村は私を導いた。

 背中を丸めて乗り込み、カートを寝かした。大きく息をつき、窓越しに視線を投げると、田村と祐太が、手話で何かやり取りをしているのが目に入った。

 ばいばいと手を振りあったあと、田村は運転席に乗り込んできた。

「祐太は学校のグラウンドで遊ぶそうです。……行きましょうか」

 田村はエンジンをかけ、シートベルトを締めた。

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