株人《かぶびと》の島

ピーター・モリソン

 鏡の前で、黒いネクタイを結ぶが、うまくいかない。

 長すぎたり、短すぎたり、もどかしい。虚ろな表情のまま、もう一度最初からやり直す。

 ひらひらとそれをくねらすと、焼香の匂いがした。どうにかこうにか結んだネクタイをタイピンで挟み、上着を羽織る。壁の時計で時間を確認すると、携帯電話が鳴った。

 画面に見知らぬ電話番号が表示されている。

 妙な胸騒ぎを感じつつ、私はそれに出た。

「……はい、坂本です」

「もしもし……」

 聞き覚えのない男の声が応えた。

「田村と申します」

 ……そんな名の知り合いはいないはずだ。

「どちらの田村さんで?」

「あの……」

 田村と名乗った男は、言い淀んだ。

「坂本さんの奥さんのことで、伝えなければならないことがあります……」

 その言葉を聞いて、私はダイニングの椅子に腰を下ろした。

「妻とはどんな関係で……」

「……ちょっと待ってください」

 田村の気配が電話の向こうで遠ざかった。がさがさと擦れる音。携帯電話を当て直し、田村の声を待った。

「……慶子さん、喋れますか?」

 微かに聞こえた田村の囁きで、気が動転した。

 なぜ、妻の名前を知っている。いや、その前に慶子が電話に出られるはずがない。

「……雅史……?」

 いきなり名前を呼ばれ、愕然とした。

「あたし。あたし、どうしたら……いい……」

「慶子?」

「助けて」

 その声は慶子のものにしか聞こえない。

 が、そんなことがあってはならない。

 今日が四十九日。

 慶子はもう、この世にはいないのだから……。

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