第17話 お仕置は雑談の後に

「さて、桃乃ももの。言い訳は?」


 紫月しづきに軽い注意を済ませ、彼女を先に教室に帰らせると、本番とばかりに残った俺をじーーっと睨む梶原 鈴音すずね先生。


 現場を鈴音先生本人に見られているので、俺は誤魔化すことなく事実を述べることにした。

「無いです。紫月の仕草にムラっとしました」

 俺はキメ顔でそう言った。



「うん、なんでも正直にいえばいいってものじゃないぞ。てか、私が女ってこと忘れてない?」

「忘れてないですよ。ただ、“ 普通の”先生ならなんてことないですよね?」

「うっ……」

“ 普通の”って強調されて動揺する先生はこれ如何に。


 まぁ、ブツブツと

『 あー……もういっその事、ここの男子生徒に手を出して既成事実作ってしまおうか』

 と教室の移動中に呟いてるこの先生に普通なんて言葉は似合わないだろう。

 というか本当に手を出しそうで怖い。


「……まぁいいや。それで罰の事なんだがな」

「あ、すいませんその前に1ついいですか?」

「なんだ?言ってみろ」

 落ち着きを取り戻した先生が話を進めようとしたのを、俺は急いで止めた。

 今のうちに言っておかなければならないことを思い出したからだ。

 それが何かと言うと

「文芸部の出し物の件、決まりました。今年も参加します」

 中休みの最中にひなたちゃんに指摘されてた報告の件だった。

 この先生、こんな強気な口調の割にいじけやすいので結構気をつけないといけなかったりする。


 そんないじけやすい鈴音先生は、俺からの報告を受けると

「おー、結局参加するのな。でも檸檬れもんと2人じゃ厳しいんじゃないか?」

 案の定と言うべきか、顎に手を当て心配そうな様子で俺を見る。


 きっと聞かれるだろうと想定してたので

「臨時メンバー確保出来たので大丈夫です」

 スムーズに鈴音先生の疑問に俺は答えた。

 すると

「一応、誰なのか聞いていいか?ほぼ放置してるとはいえ、私に管理責任があるからさ」

 文芸部の顧問らしい事を久々にやろうとする鈴音先生。

 しかし、あまりにも普段とは違う様子の鈴音先生に俺はつい口を滑らせてしまった。


「あぁ、いつもは放課後色んな男子生徒に声掛けてますもんね」

「そのトゲのある言い方止めなさい……。大丈夫よ、もうするつもりは無いから」

 普段の行いもあるのか、特に強く言い返せさない鈴音先生が、少し新鮮だった。


 ただ、『 もうするつもりは無いから』という言葉ほど説得力の無い言葉は思いつかず

「は、はぁ……」

 生返事しか出来なかった。


 そんな微妙な空気が流れる中、鈴音先生は気を取り直すようにパンッ!!と手のひらを叩くと

「それで、臨時メンバーって誰なんだ?」

 話を再開させた。


 やっぱりこういうとこは、さすが教師と思った。

 男子生徒漁りが無かったら尊敬出来る先生なんだけどなぁ……。


 俺がそんなことを考えてるとは、鈴音先生が知る由もなく

「やっぱり普段から仲のいい碧海あおみか?」

 話を続ける。

「はい。それと、墨谷先輩です」

 そして俺もそれに続いた。


 すると墨谷先輩の名前を聞いた鈴音先生が少し固まった。

「……はい?誰って?」

「オカルト研の墨谷 優那ゆな先輩です」

「正気か?墨谷って、お前……」

 やはり、教師間でも墨谷先輩は手が付けられないらしく、名前を聞いた周りの教師もザワつくレベルである。


 いや、ほんと墨谷先輩って色んな意味ですごいよなぁ……。


 しかし、それでも俺は墨谷先輩をメンバーに入れようと思った。

 紫月のコスプレの件を黙ってもらうのもそうだが、なんで墨谷先輩が俺に興味を持ったのかを知りたいのだ。

 だからこそ教師すら手を焼く危険人物だからといって、今更断るわけにはいかなかった。


「まぁ、多分大丈夫ですよ。いざと言う時は、俺だけが被害を被ればいいだけなんで」


 それに、被害が俺だけなら誰も苦しまないだろう……。


「それは大丈夫と言えるのか?……まぁ、桃乃が納得してるならいいや」

 基本的にはお互い自己責任で、と言うのが鈴音先生の教育方針で、俺が納得してるのを知るとあっさりと引き下がった。

 いいのか悪いのかは分からないが、この時は深く追求されなくて助かった。

「てことで、報告終わったので教室戻りますね〜」

「おーう気をつけてなー」

 一通り報告が終わり俺が職員室から出ようとするのを、ヒラヒラと自分の席に座ったまま見送る鈴音先生。


 そしてあと一歩で廊下、という所で

「って、ならないんだよ!さらっと、罰から逃れようとしたな?」

 がっしりと鈴音先生に右腕を掴まれるのだった。


 そして、あまりにも油断していた為か

「……鈴ちゃん先生ならバレないと思ったのに」

 ポロッと心の声を漏らす。


「あまり舐めてると罰を重くするぞ?あと鈴ちゃん先生って呼ぶな!」

「すいません!気をつけます!」

 勢いよく俺は頭を下げる。

 さっきまでの様子とは違い、いつもの調子の鈴音先生に、どこか俺はホッとした。


 やっぱり鈴音先生はこうでなくっちゃな。


「おう。分かればいいんだ。てことで、とりあえず教材運び手伝ってもらうぞ」

「えーーっ」

 嫌がる反応を見せつつも、俺はさほど嫌いなわけじゃなかった。むしろ、教材運び程度で許してもらえるのなら安いものだ、とさえ思う。


「文句言うな。文句言うんだったら碧海を押し倒した自分に言え」


 鈴音先生の言葉を聞いた俺は、むしろもっと重い罰でもいい気がしてきた。


 よく考えなくても俺、女子である紫月を押し倒したんだよな……。

 そしてそのまま……キスしようとして……。


 そう考えると、教材運びがものすごい緩い罰にしか感じなくなった。


「てことで、ちょっと待ってろ教材向こうから取ってくるから」

「あぁ……はい」

 俺が惚けてると、いつの間にか鈴音先生は駆け足で職員室の奥の方へと向かっていったのであった。


 さてどうするか、と鈴音先生の机の前で待っていると

「……ん?これって……アレだよな?」

 ハートマークのシールが貼られた便箋が机の隅に置いてあるのに気づいた。



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