第16話 引き千切れる糸

「『 見る?』って……紫月しづき、自分で何言ってるか分かってるか?」


 俺は回らない頭を精一杯無理やり回し、紫月にそう聞いた。

 お願いだから、変なことをするのはひなたちゃんまでにしてくれ……。


 しかし、俺の願いむなしく

「だって、嬉しいんでしょ?今朝のご褒美にでも、って」

 紫月は言葉を訂正する気配はなく、むしろ自覚してそうな言い回しだった。


「にしたって突然すぎるし、何もここでやらなくてもだなぁ」

「じゃあ、桜夜おうやの部屋でやればいい?でもみっちゃんにバレちゃうよ?また怒られるんじゃない?」

 どうやら、紫月はどうしても俺にパンツを見せたいようだ。

「フィギュアのパンツじゃなくてとうとうリアルなパンツを拝見しようとしたらそりゃ怒るだろうなぁ!?」

 今朝、透明な棚に並んでる美少女フィギュアを下から覗いてる姿を蜜に見られたのを思い出した。


『そんなの見て何が楽しいんだか』

 蜜からの冷たい目線とトゲのある言葉が突如としてフラッシュバックする。

 あぁ、ダメだこれ以上思い出したらお兄ちゃんズタボロになりそう……。


 そして、今朝そんなことがあったのに今度は放課後に学園の女神・碧海 紫月を部屋に連れ込んでパンツを拝見?


 あれ?俺捕まるんじゃね?

 捕まるどころか兄の威厳が0からマイナスになるじゃん!!!!それだけは避けないと!


 そんな俺の葛藤が顔か何かに出ていたのだろう。

「ならここでいいね!万事解決!」

 と、自信満々にお得意のピースサインを繰り出す紫月。

「解決してねぇんだよ……」

 楽観的すぎる紫月の様子に、俺はただただ項垂うなだれる。


 すると、まるで俺の悩みが分かっていないのか

「でも、少なくともここには私と桜夜しかいないわよ?なんで遠慮するの?遠慮なんてしなくていいのに」

 とこんなことを言ってくる。



 プツン。

 彼女の声と同時に、何かが切れた感じがした。


『 遠慮しなくていいのに 』……?

 ……本当にいいんだな?


「……いくら俺でも我慢出来る時とできない時ぐらいあるんだぞ」

 俺は警告の意味で、ポツリと紫月にそう言った。

「えっ……?ちょ、おう…っ!」

 紫月は異変に気づいたのだろう、慌てた様子で俺を止めようとする。


 が、その時には既に間に合う状態にはなく

「はぁっ……!はぁっ……!!」

 俺は息を荒立てながらも、一瞬のうちに紫月を押し倒していた。


 押し倒した瞬間は、普段は元気で明るい紫月の慌てる様子を見れたことによる、なんとも言えない征服感が満たされた。

 だが、それは一瞬のことだった。

 その瞬間が過ぎれば、頭の中には後悔しかなかった。


 俺は一体何をしているんだろうか……。


 紫月が抵抗し始めたら、押さえ込んでいる手を大人しく退けよう。きっと、これに懲りて少しは男心を煽るような行動は控えるだろう。


 そう考えていると

「……結構こういうところもあるんだね。桜夜に押し倒されるのはなんか新鮮だなぁ」

 俺が考えていたものとは違う反応をする紫月。

「俺でも驚いてるよ。こんなことしないと自分では思ってたのに」

「何それ。おかしいの」

 紫月は俺に押し倒されたままにも関わらず、どこか余裕な様子だった。

 俺が手を出さないのを知っているからなのか、それとも男として見られていないのだろうか。

 どちらにせよ、どこか悔しかった。俺だって……男なのに……。


 しかし、しばらく同じ姿勢のままお互いのことを見つめ合っているとお互いに恥ずかしくなってきたのか

「…………これ結構恥ずかしいね」

「……だな」

 と、そんな短いやり取りをする。

 それでも目線は逸らさないあたり、少しは意識してくれてるのだろうか、と俺は考え始めた。


 そこでふと、思い出したことがあった。



“ 返事、放課後に聞かせてもらうからね”

 と言う紫月本人からの言葉を。

 中休みでは陽ちゃんに根本からズタボロに否定されたが、お互いに見つめあって、それでいて目を逸らさないあたり期待してもいいんじゃないか、と思い始めた。


 もちろん、紫月は距離感が近いし男女分け隔てなく接するから俺にだけこんな反応をするというのは考えられないが、それでも期待するだけしてもいいんじゃないだろうか。


 やっぱり、俺の彼女は紫月なのか?



 そんなことを考えていると、紫月が口を開く。

「これで終わり?」

「……それって」

 どことなく、紫月の唇が震えてる感じがした。

 そして、何よりも紫月が普段の数倍輝いて見えた。


 追撃と言わんばかりに、紫月は瞳を潤ませこんなことも言い出した。

「私は……桜夜になら何されてもいいけど?」

「…………ッ!!!」

 思わず、彼女の両腕を抑え込んでる力を少しだけ強める。

 自分の理性を、抑え込むかのように。


 俺が腕を掴む力を強めたからか少し顔を顰めるが、嫌がる様子の無い紫月。

 その様子を見た俺は、徐々に自分の顔を紫月の顔へと近づけさせる。

 何をされるか悟った紫月はゆっくりと瞳を閉じ、それとは反対に唇を少しづつ開く。

 それにつられ、俺も唇を少し開ける。


 と、そんな時だった。

「あー……。お前ら、空き教室で何しようとしてんの?」

 教室のドアをコンコンと叩く音が聞こえると同時に、俺と紫月とは違う声が教室に響いた。


「「げっ、すずちゃん先生」」

 慌てて、体制を立て直し俺と紫月は、2人同時にその場に直立する。

「その呼び方やめろって言ってるだろ!せめてすず先生にしてくれ……」

 みんなから“ すずちゃん先生”と呼ばれる事をあまり気に入っていない梶原 鈴音すずね先生はグチグチと文句を言う。

「「はぁい、鈴先生」」

 俺と紫月は口を揃えて訂正された方の呼び方で先生の名前を呼ぶ。


 すると、満足そうな表情をする鈴ちゃん先生は

「うむ、それでよし。それじゃあ次からは気をつけろ」

 スムーズに教室の外へと出ていった。




 まぁ、すぐ戻ってきたのだけど。

「って、違った!おい、お前らさっき何してた!?」

 本来の目的を思い出した先生は、慌てて俺たちに問い質す。


 その場を見られてしまっている為、俺たちは特に隠すことも無く

「えっと、紫月を押し倒してました」

「桜夜に押し倒されてました」

 正直に答えた。


「よし、お前ら今からちょっと職員室こい。正直に答えたことで軽めの説教で許してやる」


 許してくれるのなら、せめて怒りオーラは隠して欲しかった……。この後の説教が超怖いんだけど。




 鈴ちゃん先生に止められてなかったら、きっと……。

 そんなことを考えながら俺は紫月と鈴ちゃん先生の後に続いて職員室へと向かったのだった。


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