第30話:運命のいたずら

「大丈夫かな……」


 詩織はソウに指定された公園のベンチに腰掛けて言った。

 ソウがたてた作戦はこうだった。


 カード集めをしているクロウ達をソウが呼んでくる。

 今晩、海翔はラインに狙われる可能性が高い。

 ピンチの海翔をソウが助けて公園に誘導する。


 公園で、詩織が海翔を説得する。

 クロウは当然拒否するだろうが、カードを渡すと言ったら必ず乗ってくる。

 後は自分がサポートするから頑張れ。


 以上がソウがたてた作戦だ。

 深いような浅いような。

 そもそもクロウは本当にカードを渡すって言ったら乗ってくるのだろうか。

 様々な疑問というか不安点が浮かんでくる。

 それとソウはもう一つ爆弾発言を残していった。


「あ、あと交渉が成功したらお互い名前で呼び合っては? その方が親交も深まると思いますよ」


「な、なななにを言ってるのよあんた!」とソウの前では言ったものの、確かにその方がより関係が進展するかもしれない。


(べ、別にそれ以上深い理由なんてないんだけれども?)


 うんうんと、腕を組み自分を納得させる。


「どうやら来たみたいね」


 遠くからソウ達の声が聞こえてくる。

 もしラインの襲撃に合っていた場合ソウは何かしらのサインをこちらに出してくるはずだ。


「さ、気合いれるわよ!」


 頬をパチンと叩き、気合を入れる。

 自分はは交渉の達人と自分にそう言い聞かせる。


(よし、いける気がしてきた!)


 イメージは交渉人の仮面を被る感じ。

 交渉は必ず成功する。

 なぜなら私は凄腕の交渉人なのだから。


 詩織はあの事件以降、仮面を被るのが上手くなった。

 あのストレスから自分を守るには仮面を被って強い自分を偽るしかなかった。

 というのが正しいのかもしれないが……。



 交渉は無事成功した。

 クロウは小娘に言い負かされたと悔しそうな表情をしていたが、後は海翔がどうにかしてくれるだろう。


「お疲れ様です、詩織。お見事でした」

「へへっ、そうでしょ。案外向いてるかもね」


 詩織はご機嫌な様子でピースサインをした。

 共同戦線も決定したし、お互い名前で呼ぶ事もできるようになった。

 それに明日も会えるようになった。

 こんなに良いことが一日で起こってもいいのだろうか。


「詩織、浮かれるのは結構ですが明日は真面目な会議ですからね」

「分かってるよ。海翔君……か。うふふ」

「詩織……」


 ニヤつきが止まらない。

 どれだけ力を込めても頬が緩む。

 ソウが可哀そうな顔でこちらを見ているが許せる。

 今日はそんな一日だった。



 翌朝、詩織がリビングへ降りるとソウが一枚の紙切れを見て険しい顔をしていた。


「どうしたの?」


 ソウが難しい顔をしているのは珍しい。

 そんなソウを悩ませる程の事とはいったいなんなのだろうか。


「挑戦状ですよ、ラインからの。全く、やってくれましたね」


 ソウは悔しそうに唇を噛んだ。

 悔しそうなソウも珍しい表情だ。


「やってくれた? ただ手紙が来ただけでしょ?」


 挑戦状と言ってもただ手紙が一通来ただけである。

 ソウがそこまで悩む事なのだろうか。


「挑戦状が我々に送られてきた。それだけで十分なんですよ。クロウを焚きつけるにはね」


 あ、そういう事か。

 確かにこんな、なめた事をされたらクロウは今夜にも乗り込むと言いかねないだろう。


「まぁこうなったらそれ相応の手を打つだけです。詩織、今夜海翔と落ち合う算段を整えておいてもらえますか? ちゃっとあぷりとやらで」


「分かった。ところでそれ相応の手って何かあるの?」


 詩織はラインについて知らないので何とも言えないが、ソウには既に作戦が浮かんでいるのかもしれない。


「いえ、何も。これから考えます」


 いつもの素敵な笑顔でソウは言った。


「……そう。じゃあお願いね」


 詩織は海翔に連絡をするため、自室へ戻った。



 文面を考える事三十分。

 とびっきりの力作を海翔に送信する。

 送信を押す指は手汗でびっしょりだ。ここまで手汗をかくのも珍しい。


「はぁ、疲れた……」


 文章を少し送信するだけでこの疲労感である。

 我ながらこの先が思いやられる。

 重力に身を任せベッドに背中から倒れこんだ。


「返信……来るかな」


 業務的な事しか書いていないので普通は返ってくるはずだが、それでも心配になる。


「あー。何もやる気が起きないわ」


 携帯が気になり過ぎて何もやる気が起きない。

 詩織はそのまま次第に襲って来た眠気に抵抗もせず眠りに落ちた。




 あの後、海翔からはきちんと返信が返ってきて、廃ビルの近くにある公園に集合する事になった。


 待ち合わせ場所に向かっている時、ソウに作戦は決まったのかと聞くと、用心しながらトラップを潜り抜けつつ、屋上のラインまでたどり着くしかないと言っていた。


 それは正面突破じゃないかと詩織は思ったが代案を出せと言われても思いつかなかったので特にに反対はしなかった。


 そして集合時刻。

 海翔の直角に腰を曲げた謝罪には驚いたが、それ以外は特に異常はなかった。

 公園から約十分で廃ビル前に到着した。


「おい、聞こえたか、ソウ」

「ええ、勿論」


 詩織達は分からなかったがソウと、クロウにだけラインから何かメッセージが届いたようだった。

 既に苛立っているクロウを若干心配に思いつつ、詩織たちは廃ビルに突入した。



 無数のトラップを何とか潜り抜け、詩織たちは屋上までたどり着いた。


「作戦会議は終わったかな? それじゃあそろそろ始めようか。僕たちの殺し合いを!」


 ラインの宣言と共に戦闘が始まる。

 クロウはラインと、ソウは今西力の相手をしている。


 双方一歩も譲らない互角の戦いが繰り広げられる。

 特筆すべきなのは人間離れした今西力の戦闘力だ。

 さっきからソウと互角にやりあっている。


「流石、天使だ。骨のある奴とやり合えて嬉しいぜ!」


 力がソウの斬撃を避けつつ強烈なキックを放つ。


「お褒め頂き光栄ですが、あなた本当に人間ですか?」


 キックを避けて、また剣を振り下ろす。

 しかしまた簡単に避けられてしまった。


「残念ながらなッ!」


 実力は両者ほぼ互角。

 差がつくとすれば、それは最終的なパワーの差だろう。




 リミットー解除。ラインが放った奥の手だ。

 この技はソウだけでも、クロウだけでも防ぐ事は出来なかっただろう。

 この二人が協力したからこその結果である。


 廃ビルが崩壊するかもしれないと思った程の大激闘を終わらせたのは、クロウによる上空からの奇襲というラインへの意趣返しだった。


 詩織たちは無事勝利した。

 詩織は記念すべく一戦目を。海翔は二戦目を。


 この先こんな激しい戦いがあと四回も続くなんて頭が痛くなるが、最初の一歩を無事つまずく事無く踏み出すことが出来た。

 これは大いなる第一歩だ。


「ソウ、お疲れ。勝ったね」


 剣を杖代わりにして、何とか立っているソウの方へ歩み寄る。


「はい。無様な姿ですが。我ながら呆れます」


 ソウは肩をすくめて言った。

 こんなにも傷だらけなのに、ソウはいつもの調子で笑った。


「ううん、ソウ。素晴らしかった。格好良かったよ」


 詩織は本心。

 心の底から思っている事を包み隠さず言った。

 普段は恥ずかしくて言えないが、お互い頑張ったのだ。

 これくらい良いだろう。


「ええ。ところであちらは大丈夫ですか?」


 ソウは指をさしながら言った。

 その指さした方を見ると、丁度倒れた海翔がクロウに受け止められている所だった。


「海翔君!」


 詩織は反射的に駆けだしたが、足がもつれてその場に倒れこんでしまう。


「詩織、あなたも魔力の使い過ぎです。急な動きは止めといた方がいいですよ」

「もっと早く言ってよ……」


 詩織は若干擦りむいた膝小僧を庇いながら立ち上がる。

 ふとソウの方へ目をやると、ソウは今にも倒れそうな程衰弱している。

 詩織が見ても分かるのだ。

 きっと見た目以上にダメージを受けているのだろう。


「ソウ、一緒に」


 詩織はソウの肩を抱き、クロウの方へ歩き始めた。


「し、詩織。私は大丈夫です。お構いなく」


 ソウは口では止めろと言うが、体は抵抗しない。

 抵抗する力も残っていないのだろう。


「今日のお礼よ、気にしないで。って案外重いのね……」


 詩織は足を引きずりながらソウと共に歩く。

 ソウも最初は抵抗していたが、お礼なんて言われたら断り切れなかったのだろう。

 次第に詩織に体を任せる様になった。

 なので詩織にかかる力は一段と重たくなっていた。


 信頼とは重たいものなのだ。

 詩織はそれを身をもって体感した。


「ハッ、良いざまだな」

「お互い様ですよ」


 傍から見たらただの罵り合いだがこれが二人なりの健闘を称え合う言葉なのだ。

 詩織はそんな気がした。


「あ、それよりクロウ! 海翔君は!?」


 クロウの腕に抱かれている海翔は一見問題は無さそうに見える。

 だがもし魔力の使い過ぎで危険な状態だったとしたら……。


「問題ねえよ。一気に魔力を使って体が驚いてるだけだ。じきに目も覚ます」


 詩織は「良かったぁ」と肩を撫でおろす。

 もし海翔に何かあったら詩織は行き場の無い怒りと悲しみに襲われる所であっただろう。


「ねぇ、クロウ。一つ聞いてもいい?」


 この際だ。

 詩織は気になる事は聞いておこうと思った。

 ずっと気になっていた事だ。


「なんだ」


 クロウは素っ気なく返す。

 だが断られなかったという事は聞いてもいいという事だろう。

 そう理解した。


「クロウは何で海翔君を契約者に選んだの?」


 今更クロウに契約者を変えろ、なんていう気はない。

 だが何故クロウが海翔を選んだのか。

 その理由がずっと気になっていたのだ。


「理由? お互い都合が良かったってだけだ。俺は魔力の供給先が欲しかった、こいつは命を助けて欲しかったてな」

「本当にそれだけ?」


 数回会っただけでも分かる、クロウはとんでもなく自己中でわがままな奴だ。

 だが、たまたま居合わせただけで仕方なく契約した、とは思えなかったのだ。

 

 何かそれ以上に大切な理由があるのでは。

 詩織はなぜだか分からないがこの二人の関係性を見ていてそう思った。


「変な話、なんだけどな。何となくだが、俺はこいつと契約する段取りになっている。そんな気がしただけだ。海翔には言うなよ」


 クロウは照れているのかそっぽを向いて言った。

 しばらく待っても海翔は目を覚まさなかったので、今日はここで解散とした。

 クロウは海翔を引きずって連れて帰るそうだ。



 帰り道、さっきのことをソウに聞いてみた。


「ねぇ、ソウ。疑ってる訳では無いんだけど、さっきのクロウの話本当だと思う?」


 クロウが言った、何となく海翔と契約する段取りになっているという話。

 クロウが嘘をついている様には思えなかったが何かが引っかかるのだ。


「そうですね、もしかしたら運命のいたずらという奴かもしれませんね」

「ふっ、そうね」


 運命。普段はそんな事信じないのだが、今日はなんだかそれも良いと思った。

 詩織とソウ、お互い肩を預けながら歩く夜の路地。

 そんな二人を、月明かりが優しく照らしていた。

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