第29話:屋上で起こっていたこと

「はい、皆さんではこれから自由時間となりますが節度をもって……」


 詩織の担任が今日これからの注意をカンペを確認しながら話している。

本来ならきちんと耳を傾ける詩織だったが今日はそれどころではなかった。


 さっきからポケットに入れて常に持ち歩いている指輪が激しく点滅を繰り返していたからだ。

 ソウから何かあった時のために、ともらった指輪だったがこんな時に光られたらとても困る。

むしろ今がその、何かあった時である。


 詩織は机の下で、指輪が潰れてしまうのではないかと言う程の力でギュッと握りしめていた。


(早くして――!)


 詩織は担任に向かって強く祈った。

当たり前だが効果は表れなかったが。


「はい、それでは充実した一日を過ごしてください。以上です」


 担任が、学校の先生がよく持っている黒い奴を持って教室を出て行く。


(よし、やっと終わった!)


 詩織は一目散

で教室を飛び出した。



 少し歩いて、学祭中は物置になっているエリアまで来た。


「もう、一体なんなのよ」


 ゆっくりと固く握りしめていた指を開いていく。

 指輪の輝きは少し収まっていた。


「そういえば何で光ったんだろう?」


 なぜ指輪が光っていたのか腕を組んで考えてみる。


(う~ん。ソウが何か言ってた気がするんだよね)


「ま、いっか。教室戻ろ」


 考えても思いつかなかったので詩織は教室に戻る事にした。

 もしかしたらまだ海翔がいるかもしれない。

 ささやかな希望を胸に詩織は教室に向かった。



「はぁ」


 教室には海翔はいなかった。

 どこかへ出かけてしまったのだろう。


 さぁこれから私はどうしようか。海翔を探すにもこの人だかりじゃあなぁ、と詩織は思いながら廊下をあるく。

 目の前に展開されている人混みを見ていると、自然とため息がこぼれてくる。


「教室も忙しそうだし、屋上かな……」


 人混みのなさそうな安住の地を目指して、詩織は人混みに突入していった。



「はぁ、はぁ。やっと着いた……!」


 去年振りの人混みをなんとかクリアした詩織は息を切らしながらも何とか人混みを通過する事ができた。

 屋上の近辺は物置になっているので人は少ない。


「あれ?」


 階段を登り切り、屋上への廊下を歩いていると遠くに海翔と、海翔に一定の距離を保ちながらついていく少年がいた。

 海翔の知り合いだろうか。

 いや、その割にはこの距離感はおかしい。


(これはどちらかというと……尾行?)


 あの足取りと、海翔に気づかれない様に一定の距離感をたもっている感じはサスペンスなどで見る尾行の動きそのものだった。

 不審に思った詩織もまた、少年を尾行する。


「うん? この感じどこかで……」


 あの少年からはどこかで感じた事のある不思議な雰囲気が感じられた。


「ええと、なんだったけ。あ」


 ポケットを見ると、あの指輪がまた煌々と光っていた。

 教室で光っていた時とは段違いで、ずっと直視していると目が痛くなってくる。


「あ、思い出した。この指輪は魔力に反応するって言ってたっけ」


 言われてみれば少年からはソウと似た雰囲気を感じる。

(という事は……まさか!)


 嫌な可能性に気づいて慌てて階段の方を見る。

 海翔と少年はそこにはおらず、屋上へ続くドアは開かれたままだった。


 詩織は階段を駆け登る。

 あの少年はソウと同じ天使かもしれない。

 もしそうだったとしたら海翔の命が危ない。


「海翔君!」


 飛び込むように屋上へ入ると、海翔はベンチに腰掛けて眠っている。

 そして海翔を尾行していた少年が、海翔に銃口を向けていた。


「ありゃ、お姉さん運がないね。ちょっとそこで待っててよ、すぐに殺してあげるから」


 少年は年相応の人懐っこい笑顔で詩織に言った。

 

「すぐに殺してあげる」

 なんて物騒な言葉が出てきた事が信じられないような気さえする。


「ちょ、ちょっと待って! なんでその人を殺すの!?」


 詩織は少しでも時間を稼ぐべく話しかけてみた。

 もしかしたら気を逸らせるかもしれない。

 少年は「う~ん」と少し悩む仕草を見せてから言った。


「このお兄さんは契約者って奴でね。僕が殺さないといけないんだ」


 少年は朗らかな笑顔で言った。


「じゃ、僕も暇じゃないんでね」


 少年は再び銃を構えなおした。


「待って!」

 

 詩織が駆けだして少年を止めようとしたその瞬間、空から声が響いてきた。


「契約者を狙うなんて感心しませんね」

「チッ!」


 少年が空から突っ込んできた物体を反射的に避ける。その物体とは……


「ソウ!」


 ソウだった。

 こんな良いタイミングで駆けつけてきてくれて夢かと思ったが、しっかり目を凝らしてみるとちゃんと現実だった。


「お待たせしました、詩織。あなたの声、しっかり届きましたよ」


 ソウに駆け寄り、詩織は聞いた。


「私の声? どういう事?」


 詩織にはソウを呼んだ覚えは無かった。

 心の中では強く願ったかもしれないが。


「渡したでしょう、指輪を。詩織のそばで異常な魔力を感じたら、私に伝わるように仕掛けしていたんですよ」


 お守り代わりと言われた指輪がそんな重要な物だったとは。

 これからもうちょっと大事に扱おう。

 少なくとも握りつぶそうとはしないようにしよう。

 そう思った詩織だった。


「感心出来ないのは君の方なんじゃないのかい? 契約者を二人も抱えているなんて非常識だ」


 少年はうまくいかなかった事に腹を立てているのか若干不機嫌そうだ。


「勘違いしているようですが、この少年は私の契約者ではありませんよ」

「何だって? じゃあ他の誰かか……。まぁどっちでもいいさ」


 少年はそう言うと背中に黒い翼を出現させた。


「ソウ。僕は狙ったターゲットは絶対に逃さない。勿論そのお姉さんもね」


 少年は手で銃を作り詩織を撃つ仕草を取った。

 そしてどこかへ飛び立っていった。


「全く、息つく暇もないですね」


 ソウはため息を吐いて言った。

 もっとも、詩織も同意見だったが。


「ねぇ、ソウ。あれって天使よね。誰?」


 詩織は気になっていた事を聞いてみた。

 海翔と詩織を狙ってきた天使。

 マカイズとはまたタイプが違う天使なのだろう。


「あれはラインですね。全く面倒な事になりました」


 ソウが珍しく頭を抱えている。

 ソウがこんなに悩んでいるのは珍しいのでそのラインという天使は結構強いのかもしれない。


「あちらが仕掛けてきたのでしたらこちらも対応を急がないといけませんね」

「何か作戦でもあるの?」


 詩織が聞くと、ソウはにっこりと微笑んで言った。


「ええ、私に任せて下さい。それでは」


 ソウは短く言い残して飛び立ってしまった。

 さっきのラインとかいう少年は大丈夫なのだろうか。


 ふとさっき、大事に扱おうって思った指輪を見てみると、普段通りの輝きだった。

 どうやら目前の脅威は去ったようだ。


 その瞬間詩織の頭にはまた別の問題が発生していた。

 目の前のベンチで寝ている海翔をどうするのか問題だ。

 チョコンと、とりあえず隣に座ってみる。


「スゥ、スゥ」


 海翔の静かな寝息が聞こえてきた。

 それだけで、さっき勇気を振り絞ってよかったと思える。


「—―!?」

 声の出ない悲鳴をあげる。

 海翔が突然倒れて来たのだ。

 詩織は不可抗力的に海翔を膝枕する形となった。

 ただまぁ嬉しい悲鳴だったが。


「ま、まぁ仕方ないよね。中川君が倒れて来たんだし? 決して私が膝枕をしてあげたいとかじゃないし?」


 うんうん。と激しい鼓動をきざむ心臓を落ち着かせるように自分に言い聞かせる。

 ゆっくりと目を開けると、海翔は自分のモモの上でぐっすり眠っている。

 詩織は初めて母性というのが分かった気がする。


「はぁ、幸せ……」


 詩織は腿の痺れが気にならない程の幸せに包まれながら、秋の暖かい風を感じていた。


 ちなみに恥ずかしさに耐えられなかったので、詩織は海翔が起きそうになる瞬間にベンチに寝かせ、証拠を隠滅していた。




 その後詩織は海翔と学祭を回ることができ、天にも昇る気持ちだった。


「手も繋げたしね!」


 思わずスキップをしてしまう。

 しかしすぐに周囲の目線が気になって何事もなかったかの様に歩き出す。


 歩行は平静を装えた。

 しかしどう頑張っても口元がニヤついてしまう。 


 きっと今の詩織はとても気持ちの悪い奴だっただろう。

 だが詩織はそんな事はどうでもよかった。

 そう、まさに恋は盲目なのだ。


「ただいま」

 上機嫌なままドアを開ける。


「お帰りなさい、詩織。学校で良い事でもあったのですか?」


 いつもの通りソウが玄関で詩織の帰りを待っていた。

 前はやめて欲しいと思ったが今日はそんなことでさえもどうでもいい。


「まぁね。はい、これ」


 いつもの通り弁当箱を渡して自室へ向かう。

 この流れも最早習慣化してきた。


「詩織!」


 階段をのぼる詩織にソウが声をかける。

 詩織は「うん?」と振り向いた。


「後でお話があります。ライン、そして共同戦線について」

「分かったわ。待ってる」


 詩織は未だルンルンな様子で階段をのぼっていく。

 どれくらい上機嫌かというと短い階段を一段飛ばしでのぼっていく程だった。


「はぁ。大丈夫でしょうか。あんなに浮かれて……」


 学校でなにがあったかは知らないが恋する乙女というのはあんなにも盲目的なのだろうか。

 これから死地へ向かうかもしれないという自覚を持って欲しいものだと、ソウは小さくため息をついた。


「やれやれ、手のかかるお姫様ですね」


 ソウはやれやれと肩をすくめ、家事の続きへ戻った。

 掃除と夕食の下ごしらえ、やる事はまだまだある。

 詩織が学校での出来事を思い出し自室で悶えている間、ソウは物凄いスピードで家事をこなしていた。




 しばらくして、詩織はやっと心を落ちつかせることができた。


「疲れた……」


 ずっと興奮状態だったので精神的というよりは身体的な疲労が大きかった。

 眠たくはないがもう何もしたくないって感じの疲労感が詩織を襲っている。


 コンコン。

 ドアをノックする音が聞こえる。


「はい、どーぞー」


 どうせソウだろう。

 特に相手を確認することなく通す。

 ゆっくりとドアが開いた。


「失礼します……ってどうしたんですか」


 ソウは詩織の様子を見て驚いている。

 それもそうだろう。

 さっきまであれ程上機嫌だったのに今は制服を着替えもせず、けだるそうにベッドに寝転がっていたのだから。


「え、ああ、うん。夢の世界から現実に引き戻されるってこんなにもつらい事なのね……」


 詩織は明後日の方を見て言った。

 その目は全てを悟った様な遠い目をしていた。


「ま、まあいいでしょう。詩織、お時間よろしいですか?」

「お時間? 構わないけど、どうしたの」


 詩織は顔だけソウに向けた。

 ソウは「だらしないですよ」と頭を抱えた。


「今夜なんですがね。クロウ達に共同戦線を持ちかけようと思います。その作戦を伝えておこうと思いまして」

「作戦?」


 詩織はゆっくりと起き上がり、ベッドに腰掛ける。

 同じ姿勢だったので少し痛む首をほぐしながら、ソウを見る。


「ええ、相手はクロウですから。半端な作戦ではあれを説得する事は難しいですからね」


 ソウはため息交じりで言った。


(ああ……確かに)


 一筋縄ではいかなさそうな性格をしていた気がする。

 校門の前で会った時の事を思い出した。

 よく初対面であんな対応を出来るなとは正直思った。

 あれと契約している海翔は大変そうだ。


「それでは早速説明しますね」


 ソウは昼間練ったらしい作戦の説明を始めた。

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